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 焚き火
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 先週の日曜日、田舎で落ち葉焚きをしました。うすく散らばりひろがっている落ち葉を箒で掃き集めるだけでも結構な労働です。植木の上にのっているものを払い落としたり、木の根元に入り込んでいるものを掻き出したりしているうちに、すぐに小さな落ち葉の山ができます。右腕を大きくひいて左へ掃き出す動作ばかり繰り返していると、腕と腰の疲れが片側ばかりに偏ってくる。だからときどき体を反対向きにし、今度は左から右へ掃き出すようにします。その動作を繰り返していると、頭も心も「シャー、シャー、シャー」というリズムと音ばかりになってくる。

 十メートルおきぐらいに落ち葉の小山ができるので、今度はそれを猫車を使って堆肥置き場へと運びます。ところが、ここはまもなくいっぱいになってしまい、残りは焚き火にしようということになりました。昔は、今ほどゴミが出なかったのだと思います。だから「捨てる」というよりは「焼く」。しかし生活スタイルが大きく変化し不燃ゴミが増えてくると、各家庭で焼いていたら環境汚染をひきおこしてしまう。今では東京よりも不燃ゴミが細分化されていて、なんでも焼いてしまうスタイルは廃れつつあります。

 庭の片隅に茶色く錆びたまま放置されている大きなドラム缶も、昔はそんな焼却用に使われていたもののようです。完全に底が抜けているドラム缶を砂利道のところまで運んでゆき、そこに枯れ葉を入れ点火します。あんなに乾いているように見えたので、あっという間に火が点くかと思ったらそうでもない。しぶしぶ赤くなったかと思うと一枚か二枚だけ焼けて終わってしまい、回りには引火してくれません。簡単には火は点かないものなんですね。

 ところがなんのはずみか、積み上がった枯れ葉の上層部がボッという音とともにめらめらと燃え広がると、もうもうと立つ白い煙とともに、ドラム缶の枯れ葉が盛大に燃え始めました。いったん火が点いてしまうと、今度はもう水でもかけない限り、オートマチックにどんどん燃えひろがってゆく。点火する前に用心のためバケツ一杯の水を用意していたのですが、火の勢いになんとなく不安になり、散水用のホースをドラム缶のそばまで引っぱってきて、いつでも消火作業ができるようにします。

 枯れ葉の小山はたくさんあります。次から次へ、とにかく燃やしてゆく。単調作業ですが、なんだか飽きません。ふだん見慣れない火は、目を釘付けにします。ドラム缶に新規の枯れ葉を投入してしばらく追加の必要がないときは、ただただ燃える枯れ葉を見ています。新しい枯れ葉を投入すると白い煙がもうもうと立ち上る。白い煙の奥からだいだい色の炎が少し見えて、一気に形勢が逆転すると白い煙が一瞬にして消えて全部が炎になる。また枯れ葉を投入して……このくり返しです。

 小一時間経った頃、少し風が強くなってきました。底の抜けているドラム缶の下にも外から風が吹き込んで、白と黒のまだらの灰がカーッとおこったように赤くなり、そこから火の粉が舞い上がるようになってきました。「火の粉がどこかに飛び移って、火事になったら大変だ」、カリフォルニアの山火事の映像が頭をよぎります。風の吹いてくる方角を見やりながら枯れ葉の投入ペースをぐっとスローダウンします。

「焚き火」という歌には「北風ピープー吹いている」という一節が入っていました。冬の典型的な光景を描いたものだと思いますが、これは「焚き火道」からするととてもよろしくない状況であることがわかります。焚いているのは太くて重い材木ではありません。薄くて軽い枯れ葉です。火をつけたまま強い風にのって飛んでいけばあっという間に火事になってしまう。焚き火とは風のない日に行うべきものである、ということが身にしみてわかってきます。

 焼いてゆくうちに、ドラム缶にたまってゆく灰はどことなく重いズシッとした手応えを持ったものに変わります。恐れを知らず大量投入を続けていたときの層にはまだ枯れ葉のかたちを残した生焼けのものも含まれているので、長い棒を持ってきて、奥の生焼け部分に火がまわるように少し掘り起こします。そうすると奥にも空気が届いて、赤々となりさらに火勢が強くなる。だんだん落ち葉焚きのベテランのような気分になっていきます。

 その掘り起こし作業のさなか、ボッという音がして、差し込んでいた棒をたどって奥のほうから私の顔に向けて大きな炎がかけのぼってきました。一瞬の出来事です。ウワッと声が出ました。しかし時すでに遅し。私の顔を炎が一瞬撫でていました。タンパク質かなにかが焦げるような嫌な匂い。あーやっちゃった。どうやらまつげとか前髪とかを焦がしてしまったようです。

 そばで手伝っていた娘が私の顔をまじまじと見て、微妙な表情でいいました。「すごいよ、まつげ。まっしろでちりちり」。「だいじょうぶだよ。焦げただけだから」「……でも、その顔で会社に行くの?」

 すべての作業を終えて、消火もして、トイレで自分の顔を見たら、たしかにすごい顔でした。まつげが白く焦げて、樹氷をつけた枯れ枝のようになっています。やれやれ。顔を洗うとその白い部分が少しずつとれて、なんとも嫌な匂いがします。昔の美容院のパーマのような匂い。なんどか顔を洗って、まつげのダメになった部分をとってしまうと、まつげが途中で切れた情けない顔になっていました。まあ会社でまじまじと見られる顔でもなし、まあいいや。

 案の定、会社で誰に指摘されるでもなく、無事今週は過ぎてゆきました。

 みなさん、焚き火はくれぐれも「北風ピープー」吹かない日に。「火の用心」の冬が始まりました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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