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 宮脇俊三さんに聞いた話
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 いつか書いたことがありますが、「小説新潮」編集部に在籍していたころ、宮脇俊三さんの担当をしていました。鉄道にはほとんど興味がなく、お恥ずかしいことに、宮脇さんの中央公論社時代、編集者として「中公新書」を企画、創刊したことなど、輝かしい仕事の数々もほとんど知らないまま、ただ漫然と取材旅行に同行していただけの、絵に描いたような無能な若手編集者でした。

 雪のなかを鉄道で旅した思い出もあります。厳冬期の北海道を各駅停車でゆく旅でした。夕方遅くに上野駅を出て、真夜中に青森着、それからあの懐かしい青函連絡船に乗って、夜明け前にやっと函館に着く、という旅でした。今となってはもう追体験もできません。猛烈な寒さのなか、デッキにたって見下ろした海の、黒い生きもののようなうねりは、変わらず脳裏に焼きついています。

 車窓からの雪景色もさることながら、忘れられないのは「音」です。雪が音を吸収してしまうので、晴れた日に「ガタンゴトン」と聞こえる音が、ピアノでいえば弱音ペダルを踏んだときのような、「モコンモコン」に変わってしまう。雪深いところはただでさえ閉ざされた感覚に包まれるのに、こもった音は白い大きな箱に閉じこめられたような感じをいっそう強くします。

 列車の編成も小さく、車内には数人の老人が乗っているだけ。雪の反射もあって、車内はまぶしいほどに明るい。いつしかまたしんしんと雪が降るエリアにはいってゆくと、今度は白と灰色に青みがかった鈍い光が混じり合い、車内は幻想的な光につつまれてゆきます。わたしはいつもそうだったのですが、すぐに居眠りしてしまのです。しかし雪の列車のなかでの居眠りは、底なしに深い。半分死んでいるような眠りだったような気がします。

 厳冬期は氷点下30度、40度まで下がるという幌加内でも途中下車しました。町全体が雪におおわれていましたが、思っていたほどは寒くなく(それでも氷点下10度はあったと思います)、なんとなく拍子抜けしたのですが、町内で開業している医師を訪ね、一緒に鍋を食べ、幌加内での雪国らしい話をうかがったりしました。

 たとえば、夜中に突然、樹木が大きな音を立てて裂けてしまう話。樹木に小さな裂け目があり、そこから水が入って中にたまり、夜中にその水が凍ってしまうと、水抜きを忘れた水道管が氷点下で破裂してしまうように、大きな音を立てて木が裂けてしまうことがある、その音は何かの爆発音のようで、戦争のときの音を思い出させる……というような話です。

 その時に強烈な印象が残ったのは、医師の家に向かう道すがら宮脇さんから聞いた列車の人身事故の話です。ある雪の町に、ひとりの酒飲みがいた。彼がある晩、いつも以上に深酒をして、さて家に帰ろうとしたところ、もうすっかり出来上がっていたため、雪の道を歩いているうちに道路の真ん中で昏倒し、居眠りをはじめてしまった。ところが、道路の真ん中だとばかり思っていたところが、そうではなく、しんしんと降り続ける雪に埋もれかかった線路だった。

 男は「道路」の上に仰向けになって横たわり、深い眠りにはいる。そこへ遠くからモコンモコンと列車が近づく音がし始める。泥酔し、昏倒した男は、まったくその音に気づくことがない。横たわった男はしんしんと降り積もる雪のカバーがかけられたようになっているので、列車の運転手も気づかない。スピードを緩めることもなく、列車は男の上を通過してゆく。

 宮脇さんは悪戯っぽい表情で私の顔を見ながら言いました。「それで男はどうなったと思います?」「眠ったまま、一瞬にして轢死した、んですか?」「ふふふ。いやね、命だけは助かったんです」「……命だけは?」「命だけは助かったけど、まっすぐ仰向けで眠っていたせいで、鼻だけ列車に持って行かれてしまった」「え?」「大怪我だったそうですけどね、命に別状はなかったそうですよ。よっぽど鼻の高い男だったんですねえ」

 宮脇さんの低い小さな声で聞くと、いっそうおそろしく痛い話に聞こえました。今このようにして書いていると、宮脇さんの冗談のようですが、たしかにその時は、実際にあった話として聞かされている感じだったのです。

 さて、本ではどのようにこの話が登場したかと思い、『途中下車の味』を引っぱり出して「冬の旅なら北海道」の章をササッと読み直してみたのですが……あれ? 鼻の話はどこにも登場していません。おかしいな。あれだけ強い印象に残っている話で、宮脇さんも旅のなかでは一番目を輝かせて話してくださったものなのに。

 私はいつも、宮脇さんとの列車旅で居眠りばかりしていましたが、まさか、居眠りしながら見た夢だった……はずはありません。あるいは宮脇さんが、ちょっと私をからかおうと思い話し始めたものの、あまりにも呆気なく私がだまされてしまったので、なんとなく興をそがれてしまい、原稿には書かないことにされたのか……不思議です。

 宮脇さんと旅した函館本線、幌加内を含む深名線、名寄線、網走へ向かう湧網線と、雪深い鉄道は、函館本線をのぞいていまはすべて廃線です。私が宮脇さんと一緒に乗って旅をしたのは1987年。もう20年も前の話です。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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