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 はくべきかはかざるべきか、それが問題だ
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 夜型編集者と昼型編集者を見分ける方法がひとつあります。会社に出社すると、何年も取り出されたことのない年代ものの手提げ袋がぎゅうぎゅうといくつも押し込んである机の下に、ひからびた動物の皮のようにペタンと用意してあるサンダルを、足先で引き出しておもむろに履き替える人。彼はおそらく、夜型です。そのような光景は、どちらかと言えば書籍編集者より雑誌編集者に、より多く見られるようです。

 他社に勤めている、私よりも十歳ぐらい年上の、出版界ではかなりお洒落な男性編集者がいました(いまでも活躍していらっしゃるので過去形はヘンなのですが、しばらくお目にかかる機会がなかったので)。作家とのつきあいばかりではなく、世をときめく最先端の人と一緒に話題作を編集して、テレビにとりあげられたりすることもあり、カメラの前でも知的なほほえみを絶やさず、声も良く、なんだか格好いいのです。でもまったく偉ぶらない人なので、私のような年下編集者にも気軽に声をかけてくださり、くだらない与太話や業界的うわさ話ではない、どこで仕入れていらしたのかと思うような面白い話を聞かせてくれる。尊敬すべき編集者のひとりです。

 あるとき、仕事のことで何か資料のようなものをお借りすることになり、はじめてその方の働く会社を訪ねたことがありました。新潮社よりちょっと近代的なオフィスは広々としていて、うーん、さすがAさんの勤める会社は違う、と緊張しつつ編集部を訪ねると、大きな明るいガラス窓を背景にして座っていたAさんは、上司の座る「お誕生席」の机から顔をあげて「こっちこっち」といつもどおりの笑顔で手招きしてくれました。

 Aさんの机の隣にある、打ち合わせ用のソファに座ってお待ちしていると、A
さんが背後のキャビネットをガラガラとあけて、封筒を取り出しこちらに歩いて
きます。拍子抜けするような軽やかな足音とともに。サンダルでした。お洒落な
Aさんが、いつものようにお洒落でいるのにもかかわらず、足もとはサンダル。
それも普通の。Aさんはその頃、雑誌の編集長をしていました。その日も夕方か
ら夜へと待ち受けていたのであろう「夜業」が、Aさんの見事なお洒落の足もと
を突き崩していたのでしょう。Aさんにサンダルのことを言えば、きっと鮮やか
な反応があったにちがいないのですが、残念ながら私には指摘する勇気がありま
せんでした。何となく、気がついていないような顔をよそおい、Aさんと世間話
を続けていました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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