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 ハッピーエンド通信
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 先週の金曜日、次号特集「海外の長篇小説ベスト100」の座談会がありました。出席してくださったのは、青山南さん、豊崎由美さん、そして加藤典洋さんの三人。最終的に確定した出来たてほやほやのベスト100のリストを机の上に置き、それを横目で見ながらの座談会は、長篇小説をめぐってのあれやこれやの話から、日本における翻訳出版をめぐる余話にまでひろがって、興味の尽きないものでした。

 ベスト100の集計作業を担当してくれた出版部アルバイトのM君、そして出版部の翻訳担当編集者のS君もちょっと離れた席で座談会を「傍聴」していたのですが、翌日ふたりから同じように「面白かったですねえ!」と笑顔で声をかけられ、「そうでしょ、面白かったでしょ?」と少し自慢したくなるような気分になりました。

 座談会や対談は、インタビューなどとちがって、編集者の果たす役割は微々たるものです。だからこそ、始まる前はどうしても緊張します。「うまくいかなかったらどうしよう」。とくに今回の座談会の顔ぶれは、特集担当者のSさんと相談して瞬く間に決まってしまったのですが、それぞれの方々に電話で連絡をとると、全員が初対面であることが判明。そして三者三様の微妙なニュアンスで「私?」という若干のとまどいの気配が電話の向こうから漂ってきたのです。

 豊崎由美さんは岡野宏文さんとの共著『百年の誤読 海外文学篇』が刊行されたばかり(まだ一部しか読んでいませんが、抜群に面白い)。古典から現代まで、もっとも海外文学を読んでいる書評家のお一人です。青山南さんは河出書房新社の世界文学全集で第一回配本のジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』の新訳をされ、すでに3万部にもおよぶ読者を獲得しています。青山さんは70年代前半からドス・パソスやフィリップ・ロスの翻訳書を出されていますから、日本の翻訳出版の全体的な流れを鳥瞰する視点をお持ちですし、路地裏のゴシップ的な面白いこぼれ話もきっとご存知に違いない。

 加藤典洋さんは「考える人」にとっては小林秀雄賞の選考委員としての印象が強いのですが、しかし編集部としてはそれだけではもちろんなくて、折々にさまざまなことで相談を持ちかける頼れる兄貴分のような存在。海外文学の読み手としての蓄積は、ご本人の著作にそれほど直接的には現れてこないものの、雑談のおりに出て来る翻訳書についての話は印象的なものが少なくなかったので、いつかきちんとお話をうかがってみたいと思っていたのです。今回の座談会で初めて知ったのですが(面目ない!)、加藤さんは20年ほど前、『モネ・イズ・マネー』というフランスの推理小説を訳されていたこともあるのでした。

 その座談会の余談で、1979年に創刊された「ハッピーエンド通信」(ニューミュージック・マガジン社)という薄手の月刊誌が話題になりました(残念ながら今はもう刊行されていません)。当時の翻訳文化、とりわけアメリカ文学、アメリカのジャーナリズムの紹介に少なからぬ役割を果たした雑誌です。青山南さんは執筆陣サイドの中心的な人物のひとりで、おそらく編集部の相談にも乗りながら、送り手のひとりともなって誌面を活性化させていたのだと思います。

 当時大学生だった私は、「ハッピーエンド通信」でレイモンド・カーヴァーという作家がいることを知り(紹介したのは青山さんでした。私が記憶する限りでは、日本で初めてカーヴァーを紹介したのが青山さんのこの原稿だったのではないかと思います)、ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』というとてつもなく面白そうな長篇小説を知り(記事を書いたのは村上春樹さんです。もちろん翻訳が出る遥か前の話)、樹村みのりさんがカーソン・マッカラーズについて、荒川洋治さんがアイザック・B・シンガーについて、青山さんがティム・オブライエンの『カチアートを追跡して』について……とアメリカ文学をこれほど積極的に取り上げていた雑誌は他には見あたりませんでした。  なかでも忘れがたい原稿は、群像新人文学賞でデビューしたばかりの村上春樹さんが『アメリカの鱒釣り』(リチャード・ブローティガン)をめぐって書いていたエッセイです。「静かな箱根のホテルに一週間ばかり泊まって一日じゅう山道を歩きまわり」渓流で足を冷やしながら、「箱根の鱒釣り」を見物したりする、小説家としてデビューする以前のプライヴェートな旅のエピソードをおりこみながら、ブローティガンという希有な作家の最高傑作について語り、ヴォネガットやチャンドラー、ロス・マクドナルドの小説の魅力についても触れている、ほんとうにみずみずしい原稿でした(今読み返しても、どこも古びていないことに驚きます。村上春樹という作家の揺るぎない骨格がすでにこのときには完成していたのだな、と思わせるものがあり、ため息がでるようです)。

 執筆陣には他に、小説家としてデビューする以前の池澤夏樹さん、私が新潮社に入社した後でトマス・ピンチョンの『ヴァインランド』の翻訳者としておつきあいさせていただくことになる佐藤良明さん、川本三郎さん、清水哲男さん、富山太佳夫さん……といった錚々たる顔ぶれが並んでいます。「ハッピーエンド通信」に紹介されているアメリカの雑誌は当時まぶしいほど輝いていて、私は自分の英語能力を棚にあげて、「ヴィレッジヴォイス」を定期購読するようになったり(インクと紙の匂いがまだ脳裏に甦ります)、洋書店に足繁く通って原書を買ってみたり、大学の4年生のときに初めて海外旅行をした行き先がニューヨークになったのも、今思えば「ハッピーエンド通信」の影響だったのかもしれません。

 座談会を聞きながら、自分が会社に入る前の読書体験の興奮をこうしてひそかに思い起こしたりしていたのですが、ちょっと意外でびっくりしたのは、新潮社から1966年に翻訳出版されたル・クレジオ『調書』についての、加藤さんと青山さんの強い印象が、ほとんど同じニュアンスだったことです。つまり、当時の読書界を揺るがすような話題作としてお二人の記憶に残っていたのですが、私は残念ながらまだ小学生だった頃なので、その「歴史的事実」は初めて知ることでした。翻訳者はクロソウスキー『わが隣人サド』の翻訳者としても記憶される豊崎光一さん。惜しくも53歳で亡くなられた豊崎さんの、翻訳・紹介者としての際立った存在感についても、加藤さん、青山さんの認識は共通していました。ちなみに加藤さんが1948年生まれ、青山さんが49年生まれです。

「私、ときどき、『あの豊崎光一さんと何かご関係でも』と聞かれるんですけど、残念ながら全然関係ないんですよ。前にそう答えたら、豊崎光一はいい男だったものなー、と言われました」と豪快に笑っていた豊崎由美さんは1961年生まれ。私は58年生まれですから豊崎さんとほぼ同世代。翻訳書の印象というものも、世代によってずいぶん変わってくるものなのだな、ということも、今回の座談会で強く意識させられたことのひとつでした。

 というわけで、こうしてはいられません。この週末はこの座談会のまとめ作業を仕上げなければ。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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