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 腰痛の話
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 明け方までかかって仕事をし、朝一番で印刷所に原稿を届け、いったん家に帰りシャワーを浴び、昼ぐらいまで仮眠。そしてまた出社し、昼間ずーっと働いて、気がつけばふたたび明け方、出勤する人々の流れのなかを逆走するようにして、まぶしい朝日を浴びながら印刷所へと向かい、原稿を届けたらいったん帰宅、シャワーを浴びる気力もなく仮眠。昼になったらベッドからからだをひっぺがし振り出し(=会社)に戻る。会社と印刷所と自宅の三角形をぐるぐるとめぐる繰り返しが、20年ほど前の私の「生活」でした。

 生活の拠点が自宅なのか会社なのか、もはやわからない。滞在時間も、食事の回数も、すべて会社が上回っていましたから、あの当時の自分には「生活」がなかった、ということなんだと思います。働きづめの3日間の睡眠時間をかきあつめてもやっと約8時間。こんな過重労働を繰り返していたのは、20代の後半から30代に入って早々の頃のことです。しかし、よくあんなことやっていたな。

 過重労働を命令されていたわけではありません。自分のやりたい企画を立て、その作業に追われていただけです。いや、やりたいことをやっている、それが落とし穴だったのかもしれない。そういう精神状態だったからこそ無茶ができたのでしょう。その頃の仕事の相棒は、私より年下の編集者で、ふたりとも目の下に隈をつくって、無精ひげをのばし、「うー」とか「あー」とか動物的なうなり声をあげながら、ひとけのない会社のしらじらとした蛍光灯の下で、原稿だのゲラだのレイアウトだのと首っ引きで編集作業をしていました。

 しかしそのような無理がいつまでも続くはずはありません。その一年ぐらい前からかかえていた腰痛が日々悪化を続け、仕事から解放された正月休みに床屋で久しぶりに散髪している小一時間すら、椅子にきちんと座っていることができないほどの痛みになっていました。都内のアパートから両親のいる実家に戻って、昔の自分の勉強部屋のベッドで休んでいた夜、腰の痛みがみるみるうちに焼けつくような、骨を折り曲げられるような痛みに変化し、一睡もできなくなり、意識が朦朧としながら自分のうなり声を聞いている、そんな事態に陥りました。

 息子がうなり続けているのを聞きつけた親が救急車を呼び、とうとう病院にかつぎこまれました。それから約一ヶ月半、入院。椎間板ヘルニアでした。入院して数日後、激痛がおさまり始めたときには、左足の一部にしびれが出ていることがわかり、かなりの重症のヘルニアと診断され、医師には手術を示唆されましたが、入院したベッドの上で、必死で情報収集をした結果、手術はできるだけ避けたほうがいいとわかり、別の病院の腰痛の名医の話も間接的に聞き出して、一ヶ月半後にはその名医を訪ねました(その先生はしばらく前に引退されました)。

 以来、私は名医から教えてもらった「腰痛体操」を毎朝行い、徹夜の編集作業などはよほどの事情がない限りやめ、仕事のスタイルを朝方に変えようとこころがけました。しかし退院して数年後、30代の前半に所属した新雑誌編集部時代には、毎月数日間は、明け方までの入稿、校了作業をせざるを得ませんでした。編集の仕事は、気持ちの上では単独でやっているように思っていても、必ず関係者との連携が必要です。自分の身は自分で守るしかないのですが、なかなか思うようにはいきません。

 冒頭で書いた過重労働の話は、読み返してみると、屈折したかたちの自慢話にも聞こえる、と思います。そしてこの手の話は、編集という「特殊な仕事」の一端を伝えるエピソードとしてしばしば語られがちです。しかし、そうではないだろう、と思うのです。当時の私の働き方は、単に愚かな働き方であったに過ぎない、そう断言したほうがいい。「自分も昔は明け方まで働いたもんさ」ではなく、「そういう働き方は間違いだった。あなたたちはなるべく早く帰りなさい」。そう言うことが自分の役割なのではないか。

 二週間以上前に、ひどい風邪をひきました。途中から深い咳が抜けなくなり、その咳が弾きがねになって、ひさしぶりに椎間板ヘルニアの初期症状があらわれています。朝はしばらくベッドの上でおそるおそる腰痛体操をし、ストレッチに時間をかけないと、靴下もはけない状態になってしまいました。会社でも30分以上座ったままで作業を続けられない痛みがあります。ときどき机を離れて仮眠室で横になったりしているのですが、仮眠室のベッドは妙にやわらかくて、それもまた腰によくない。名医の言葉「腰痛は、歩け動け」を思い出しながら、会社の近所を手ぶらで散歩したりもしています。

 約20年ぶりの痛みを感じながら、編集という仕事の奇妙な自由さと、奇妙な不自由さを考えます。考えてどうなるというものでもないし、編集の仕事は自分の天職なのだから、うまく折り合いをつけるしかない。いずれにしても腰痛の大敵は運動不足とストレスと過労です。腰痛は自分で自分を上手に管理できていないことを知らせるシグナルのようなもの。シグナルが点いたのだから、どうすればよいか、自分のからだに聞くしかない。

 今週からは手提げ鞄をやめて、またリュックを背負うようにしました。昨日までは東京は異様に気温が低く、雨も降っていて、徒歩には辛い日々でした。しかし今日はすっかり晴れ上がり、気温も湿度も爽快なものになりました。あまりぐずぐずと考えず、のんびり歩くように、働いてみることにしましょう。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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