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 時代の匂い
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 次号の特集の編集作業で、社内にある写真スタジオと編集部との間をいったりきたりしています。特集でご紹介する本の撮影がたくさんあるからです。編集者の自宅の書棚にある本ならば、各自持ち寄って、それを撮影しています。いっぺんに十冊ぐらい、しかもなかには大判のかなり分厚い本がまじっていて、手提げ袋に入れて運ぶのはちょっときびしい。そんなときにはリュックサックに本を詰めて、背負って運んだりもします。

 以前の特集「短篇小説を読もう」(2007年春号)の際には、出版部の片隅にある作りつけの古い本棚に、短篇小説集ばかりを持ち込んでずらりと並べ、その背表紙を撮影しました。社内の何人かの人に「あれは誰の本棚を撮影したの?」と質問されましたが、「ワークデスクの向かいの壁の、あの本棚で撮ったんですよ」と答えると、「なあんだ、そうなの」と意外な顔をされて、話はそこで終了です。

 今回の表紙は、自伝、評伝、日記をいっぱい集めて、ランダムにスタジオの床に並べ、それを上から眺め下ろすようにして撮影しようというアイディアでした。特集のなかで特に言及のないものでも、編集者の愛着のあるものは、どさくさにまぎれて並べてしまう。また、内容はともかくとして(?)、自伝の装幀では王道の、カバーにポートレイトが使われている本も、やはりインパクトがあるので優先的に並べてしまいます。

 個人的には、トルーマン・カポーティとレイモンド・チャンドラーのポートレイトが、何とも言えない哀愁のようなものが漂っていて、かっこいいなーと思います。一番大きくて、分厚くて、モノとしても迫力があったのは、デューク・エリントン自伝の『A列車で行こう』でしょうか(エリントンも、実にいい顔をしています)。装幀は平野甲賀さん。それから、おそらく原書の表紙デザインをそのまま流用しているのではないかと思われるのは、大胆な装幀で強い印象を残すドイッチャーの「トロツキー伝」三部作です。これは昔、新潮社から刊行されていたもの。なんと、背表紙以外どこにも日本語がない! つまり平台に並べたとき、そこには日本語のタイトルは影も形もないのです。いまだったらありえないデザインでしょうけれど、一度見たら忘れられない印象が残ります。

 そんな大きさも厚さもデザインの濃淡もバラバラな状態で、ランダムに本を並べてゆくと、本と本の間に隙間ができたり、分厚い本と分厚い本の谷間で薄手の本が日陰者のように沈み込んでいるというようなぐあいになってしまう。本棚に並べて背表紙を撮るよりもはるかに難しいということが、途中でわかってきました。本当ならば、本の厚さが均等になるように下に台をかませるなどして、もっと神経をつかって並べたほうがよかったのかもしれませんが、「いや、これぐらいガタガタしているぐらいのほうが自然でいいよ」と、何の説得力もない大ざっぱなことを言ったりもして、撮影は終了(いや実は、数日前にテスト撮影をして、本番ではかなり本の数を増やしたりもしましたから、けっこう手間をかけた表紙撮影なんです、ほんとうは)。

 撮影が終了すると今度は片づけが待っています。ところが悩ましいのは帯の扱いです。撮影の際には帯を全部はずしましたから、それをひとつひとつかけなおさなければならない。この前のメールマガジンで、丸谷才一さんが函入りの本の函は外してしまって中の本だけ本棚に並べているとご紹介しましたが、編集者は、実はいつも帯のコピーに労力をかけているので、よほど汚いひどいものでないかぎり、帯はかけたままにしておく人が多いような気がします(そうでもないかな)。そんなわけで、はずした帯は、やっぱりもとのようにかけなおすことになります。

 帯をかけなおしているとき紙で指を切ったり、なんとなくぱらぱらとめくって拾い読みしたり、なかなか片づけは捗りません。

 そんな「道草」の途中で、ささやかな発見があったりもしました。たとえば武藤康史さんが取り上げてくださった中野好夫『蘆花徳富健次郎』三部作の、なかなか渋い装幀は、いったい誰が手がけたものだろうと思って見てみたら、「装幀渡辺一夫」とあってびっくり。見返しや扉のデザインもなかなか秀逸です。以前、特集「直して使う」(2006年春号)でもちょっとご紹介したことがありましたが、仏文学者・渡辺一夫は装幀家としてもすぐれた仕事をした人でした。今回の特集の関連では、『ルネサンスの人々』というすばらしく魅力的な人物伝も残しています。さらに今回は、辻邦生『背教者ユリアヌス』の献辞でも、「渡辺一夫先生に」と名前を見かけたばかりだったので、渡辺一夫、恐るべし、の思いを改めて強くしたのでした。そして、『背教者ユリアヌス』の宮脇愛子さんによる装幀も素晴らしかった。

 そしてつくづく思ったのは、30年ぐらい前の本には、本のつくりが渋くてかっこいいものがずいぶんあるなということです。いや本づくりに贅沢をしている、というだけではなくて、その時代に特有な、なにか共通する匂いのようなものがある。同時代の本の顔つきというか、どこか似たものが感じられるのです。『蘆花徳富健次郎』も『背教者ユリアヌス』も、派手さからはもっとも遠いところにある色遣いで、どこにもおしつけがましいところはないのに、くっきりした印象を残します。

 これから30年後、自分たちがつくった本について、「昔の本は、かっこよかったな」と言ってもらえる可能性はどれぐらいあるのかな……というようなことも撮影の後になって少し考えたりもしました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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