┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ふたつの図書館
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 日本のテレビコマーシャルは欧米で理解されにくい、と指摘されることがあるようです。乱暴にまとめてしまえば、日本のCMは情緒的で、欧米のCMは論理的。だから、日本人が面白いと感じるものでも彼らにはまったく通じない場合がある、ということらしい。夏の蝉の声や、秋の草むらから聞こえる虫の音なども、彼らと私たちの脳のしくみの微妙な違いによって、彼らには単なる雑音としか聞こえていないのだ、と何かの本で読んだことがあります。

 私のイギリス人の知人で、「古池や蛙飛び込む水の音」の英訳版を読み、このハイクというものはいったい何を伝えようとしているのかさっぱりわからない、いったいどこがいいんだ? と真剣な表情で質問をしてきた人もいます。よく話を聞いてみると、古い池にカエルがとびこんで、音がした──というのは単なる断片的な事実を描写したにすぎない。そこから何かの表現が始まるべき点のようなもので、点を打っただけで線も引かずに終わるのは表現ではない、と言うのです。「だから何なんだ?」というような気持ちらしい。この感覚も、日本のCM問題と、どこかで地続きのものなのかもしれません。

 日本人のつくったCMで、最初期に国際的な評価を得たのは、当時まだ27歳だったCMディレクター杉山登志による、1963年発表の資生堂のCMでした。カンヌ国際広告祭のフィルム部門で銀賞を受賞。当時の日本の広告界にとって画期的な出来事でした。杉山登志はそれから毎年のように国内外の広告賞を受賞することになり、広告表現の可能性の幅や奥行き、広告としての役割をはるかに超えてしまうような表現の豊かさを、私たちの前に差し出してくれたのでした。

 しかし、杉山登志は10年後の1973年に自殺します。死後、杉山登志の仕事をまとめ、仕事仲間や友人知人が杉山登志を回想した単行本(『CMにチャンネルをあわせた日』)が刊行され、杉山登志をモデルとした小説も書かれ、テレビドラマにもなったことも一度ならずあるようですから、その存在を知る人は少なくないでしょう。私は同時代に杉山登志のCMを見ていました。当時は誰がつくったものかなど知る由もありませんでしたが、彼が手がけていた資生堂のCMが始まると、自分の意識がテレビ画面に集中するのがはっきりとわかりました。たとえば今でも忘れられないのは、図書館を舞台にしたもの──。

 ひっそりとした古い図書館の、閲覧用に並んだ大ぶりの木の机に、秋のニットウェアを着た美しい大人の女性がひとり、席につく。そこから少し離れた席で勉強をしていたらしい中学生ぐらいの男の子が、やってきた彼女に気づいて顔をあげる。思わずじっと彼女を見つめてしまう男の子。遠くからの視線に気づいた彼女が顔をあげ、男の子を見つめ返す。資生堂の秋の化粧品「シフォネット」のためにつくられた「図書館」と題するCMです。

 当時、「図書館」に登場する男の子とほぼ同世代だった私は、このCMを初めて見たとき、息がつまるような思いがしました。なんというか、あのCMによって、自分の女性に対する幻想の何パーセントかが、かたちづくられ、固定化されたにちがいない、というほどの影響を受けました。

 1954年に始まったカンヌ国際広告祭は、もともとは劇場映画で放映されるCMを対象にした賞としてスタートしたようです。その後のテレビの隆盛にしたがうようにテレビCMも対象となり、98年からはインターネット広告を対象にしたサイバー部門も創設されるようになった。国際的な規模の広告賞としては、いわば頂点に立つ存在です。

 杉山登志のCMは感性に訴えかける表現をした、つまり情緒的だった、というような評価があるようですが、私はそうは思いません。杉山登志の表現はたしかに情緒的である。しかしその根っこには、広告としての論理がしっかりと横たわっている。「図書館」にどのような論理が横たわっているのかをここで述べるのは遠慮しておきますが、表現として圧倒的な力を持ちながら、化粧品のCMとして逸脱している部分はおそらく1ミリもなかったと思います。「図書館」は杉山登志が亡くなった年に制作され、やはりカンヌ国際広告祭のフィルム部門で銅賞を受賞しています。

 昨晩、カンヌ国際広告祭のサイバー部門、チタニウム部門でそれぞれグランプリを受賞したUNIQLOCKの受賞を祝うパーティに参加してきました。UNIQLOCKをご存じない方がいらっしゃったら、まずはこれをご覧ください。  http://www.uniqlo.jp/uniqlock/

 いまや世界で7000万以上もあるというブログで、時計機能を備えた部品=パーツとして自由に使ってもらいながら、結果的にユニクロの広告としても機能するUNIQLOCKは、従来の広告の概念から一歩も二歩も踏み出したものとして、国内外から高い評価を受け、今年の広告賞を総なめにしています。その総仕上げのようにして、先日、カンヌ国際広告祭でふたつのグランプリを受賞しました。カンヌを含めた世界三大広告賞と称される「CLIO AWARDS」と「One Show」でもグランプリを受賞しているのですから、UNIQLOCKは日本の広告界で近年にない快挙を成し遂げた、といっていいのではないかと思います。

 最新号の「考える人」のユニクロの広告頁で、このUNIQLOCKをディレクションした田中耕一郎さんに、インタビューさせていただきました(カンヌの結果が出る少し前です)。奈良県に生まれ、小学生の頃は野球をやらせれば「ピッチャーで4番バッターで人気者」だったのに、中学、高校と進むうちに、なんとなく地味に、ほの暗くなっていった話や、映像制作会社の辛い辛い下積み時代の話など、田中さんのキャラクターがじわじわと伝わってきて、実におもしろいものでした。校了間際に、カンヌでのグランプリのニュースが入り、表紙裏のコピーを緊急で差し替えたりしたこともあり、昨晩の受賞祝いのパーティは、身内のことのようにうれしかったのです。

 田中耕一郎さんは、とんがったところのまったくないおだやかな人で、昨日もお声をおかけしたら、「ぼくが昔から読んでいた山田太一さんとか、尊敬する方がいっぱい載っている雑誌に一緒に掲載されているのをみて、うれしかったです」と言ってくださったのですが──いやあ、ほんとうにいい人だなあ。今日もまだ、そのお祝いのうれしい余韻がのこっているような、とてもいい会でした。お土産にいただいたバウムクーヘンも昨晩の深夜残業でぺろりと食べてしまいました。おいしかった。

 UNIQLOCKがどのようにして考え出され、制作されていったのかは、ぜひ「考える人」08年夏号の広告頁の記事で読んでいただきたいのですが、実際のUNIQLOCKの画面を見て、何かお気づきになりますでしょうか。それは、「UNIQLOCKガールズ」が踊っている場所のこと。ひとつは、現代日本のモダニズム建築の最後の巨匠、槇文彦氏の設計による「東京キリストの教会」。もうひとつは、伊東豊雄氏の設計による多摩美術大学の新図書館なんですね。

 1973年にカンヌ国際広告祭で銅賞を受賞した杉山登志の「図書館」と、2008年にカンヌ国際広告祭でグランプリを受賞した田中耕一郎氏の「UNIQLOCK」は、そういえばどちらも図書館が舞台だったんだなあ、と今朝気がついて、以上を書いてみた次第です。田中耕一郎さんをはじめ、関係者のみなさん、おめでとうございました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
────────────────────────────────────
定期購読(1年間5,600円、3年間15,000円 税込み・送料小社負担)
バックナンバーのご注文
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/backnumber.html
お問い合わせは下記まで。
新潮社「読者係」直通電話 03-3266-5111(平日10:00~17:00)
------------------------------------------------------------------------
Copyright(c), 2008 新潮社 無断転載を禁じます。
発行 新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
新潮社ホームページURL● http://www.shinchosha.co.jp