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 6年の変化
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「考える人」を創刊して丸6年が経ちました。早いといえば実に早い。しかし、6年間といえば、それなりの時間の経過があった、と考えたほうがいいでしょう。子どもにおきかえれば小学1年生と中学1年生の違いですから。だとすれば、その差はとてつもなく大きい。男の子なら、声変わりが始まる子もいるでしょうし、天真爛漫だった子も、言葉にはならない屈託を抱えてときどきうつむいたりする時期に入る頃かもしれません。

 1962年に「ラブ・ミー・ドゥ」でレコードデビューしたビートルズは、6年後には2枚組の「ホワイトアルバム」を発表、シングル盤の「ヘイ・ジュード」を出しています。うーん、すごい……この成長ぶりはただごとではありません。1964年の東京オリンピックを起点にして、世の中の移り変わりを見てみたらどうでしょうか? 70年は万博があり、よど号ハイジャック事件があり、ビートルズの解散があり、三島由紀夫割腹事件があった。どこまでも伸びてゆくかに見えた時代が、あきらかに壁につきあたり始めているのがわかります。やはり世が世なら、6年はそれなりの時間です。 「考える人」創刊の2002年は、FIFAワールドカップの韓国/日本大会があり、小泉首相の北朝鮮訪問があり、小柴昌俊氏と田中耕一氏のノーベル賞受賞の年でした。もちろん人によって「隔世の感」を抱かれる場合もあるかもしれません。しかし私としては、6年前の出来事を並べてみて、2008年の世の中を見渡したとき、大きな変化があったとはなかなか思えないのです。どうしてでしょうか?

 前年の2001年9月11日の同時多発テロは、時代を画する事件でした。それまでの戦争の定義が大きく横へずれ、時代のなかに巨大な活断層をつくりだしたような衝撃を私たちに与えました。その後、アフガン戦争があり、イラク戦争があり、世界情勢の不安定な状況は90年代以降もっとも大きなうねりを持っているはずなのですが、しかし、2002年から今年にいたるまでの世界は、中国、インド、ロシア、ブラジルなど新興国の急速な経済成長や地球温暖化など、これもかつてない新たな世界情勢が生まれているはずなのに、世界が大きく動いた、という感じがしない。

 私がまず疑ったのは、自分が歳をとったということです。時代の変化から何かのシグナルを受け取るセンサーが鈍くなったのではないか。歳をとればとるほど変化に対する耐性ができてしまいます。それを避けるのは難しい。ただ、どうもそれだけではないような気がするのです。時代の変化の現われ方が、昔とは違うものになってきたのではないか。目には見えにくいところで、大きな変化が静かに起こっている。そのような時代に入ってきたのではないか。

 同時多発テロの起こった同じ2001年に、日本法人をスタートさせたのがグーグルでした。グーグルがいま行っていることの規模とスピードとその未来は、もはや私にははかりしれないものがあります。また、iPodが誕生したのも2001年です。iPodが生まれていなければ、音楽産業の構造の変化はこれほどのものにはならなかったでしょう。2001年に生まれたこのふたつのものに象徴されるウェブの世界の伸張には、光学的なスピード感があります。つまり、ウェブの世界におけるこの7年は、1961年に人類初の宇宙飛行を成し遂げたガガーリンから、1969年のアポロ11号による月着陸までに匹敵するような、圧倒的な進化があった、と感じられるのです。

 これらのメディアがもたらした変化は、私たちが働いている出版界を根底から揺るがすものになりつつある、と私は考えています。その変化を、私たちをおびやかすものとしてではなく、出版界が大きく進化するきっかけをつくる「おもしろいもの」として考えたい。もちろん、ウェブの世界で「読むこと」を発見し、それがもはや日常になったいまでも、私個人としては紙に印刷された本を手放すことはありえないと思っています。古いかたちの本はそのままに(何もかもそのままというほど楽観はしていませんが)、もうひとつあたらしい「読むこと」の世界が広がってゆく、そのようなイメージが私のなかにはあるのです。

 創刊時、私は43歳でしたが、もう49歳です。小学1年生から中学1年生ほどの成長は望むべくもありません。体力はかなり落ちました。悩みごとの総量が増えたのか減ったのか、よくわかりません。「考える人」の創刊にこぎつけるまでの具体的な悩みごとは今思い返すだけでもやれやれと思うぐらいたくさんありましたが、創刊後は順調に軌道にのり、ここのところ部数も伸びています。でも雲ひとつない青空を巡航速度を保ちながら飛んでいる……と思っていると、突然乱気流に入り込んでしまう可能性もある。ですから毎号毎号、気が抜けません。そしてメディアの大変化と、紙媒体でしかも季刊誌というもっともスローな雑誌「考える人」が、今後どのように新しいメディアと共存していくことができるのか、そろそろ具体的に考えるべき時期に入ってきたのではないかと考えるようになりました。

 そう考えると、この6年は大きな変化にさらされつつある6年だった、ということになります。そして「考える人」のこれからの6年には、いままで以上に大きな変化が加わってくる可能性がある。この数ヶ月、私はその予感のようなものを具体的に、身近に感じるようになってきました。ではどうすべきなのかという問題は、実はまだまだ宙に浮いたままなのですけれど。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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