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 会社に泊まる
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 新潮社には仮眠室があります。本館と別館のうち、雑誌編集部が集まっている別館の5階に仮眠室はあります。新潮社の黒っぽい建物は、外から見上げると4階建てにしか見えないのですが、仮眠室はなぜか5階。4階まではエレベーターがありますが、仮眠室へは階段をのぼっていかなければなりません。

 仮眠室のなかは2段ベッドが4つ並んでいます。つまり定員は8名。それ以外には洗面台がふたつ入口近くにあり、洗面台の棚には誰のものかわからない携帯用の歯ブラシセットがいくつも並んでいます。ベッドの脇には小さい脱衣カゴ(?)のようなものがあるのですが、そこにはマンガ週刊誌が何冊か放り込んであります。

 仮眠室入口のドアのノブには手製のプレートがぶら下げられていて、表側には「空室」、裏には「仮眠中」と書いてあり、「空室」の状態で入った人は、「仮眠中」を表に向けるようにし、仮眠を終えて外に出る最後の人は「仮眠中」を「空室」に戻します。

「空室」のプレートが下がっているときに、係の人がベッドカバー、シーツを交換します。「仮眠中」のプレートが下げられたままだと、交換は行われません。プレートをかけ替えずに部屋を出てしまうと、その日の夜に仮眠室に入った人が、しわくちゃのシーツに、うっすらと人くさいベッドに横たわらなければならなくなります。

 仮眠室のなかには、「室内での携帯電話の使用を禁止します」という注意書きが貼られています。灰皿もなかったはずですから、「禁煙」という文字もどこかにあったかもしれません。壁には時計はかけられていません。まあ眠るのが目的の部屋ではあるものの、ひたすら殺風景。階段をのぼり詰めた「行き止まり」感のある部屋は、「最終地点」という言葉を連想する重苦しい雰囲気があります。

 ベッドにはそれぞれカーテンがついていて、足元から枕元までぐるりとカーテンを回してしまえば、誰が眠っているのかもわからない状態に。表のドアに「仮眠中」とある場合には、おそるおそる忍び足で部屋に入り、どのベッドにカーテンが下がっているかを確認し、空いているベッドを探さなければなりません。

 ところが深夜、使用中になっている場合は、窓にかかっている遮光カーテンのすきまから夜の街の光も入ってきませんから、部屋のなかは真っ暗。入社したばかりの頃に、どのベッドが空いているのかしばらくわからず、両手を前にして手探りをしながらへっぴり腰でゴソゴソと動き回っていると、カーテンの下りたどこかのベッドから「おい、うるせーぞ」とドスのきいた声でおどされ、すごすごと仮眠室から退散した苦い思い出があります。しかし、今は携帯電話という心強い味方があります。暗闇で携帯を開けば、バックライトの画面が懐中電灯替わりになるからです。ふだんは気づきませんが、暗闇で携帯の画面がいかに明るいかがわかります。

 先週の末、連休初日の土曜日は、兼務で担当している「芸術新潮」の校了の初日でした。校了作業が終わったのが翌日の午前2時ごろ。その日の朝いちばんで東京駅に向かわねばならない事情があったので、いったん帰宅する時間と、翌朝自宅から東京駅へ向かうまでの時間を加算すると、優に1時間ぐらいの差ができてしまいます。

 もし仮眠室に誰もいなければ1時間でも多く眠ることができると思い、あらかじめリュックサックにパジャマをしのばせてありました。「おつかれさま。お先に」と挨拶をして編集部を出たあとは、「芸術新潮」のある3階のフロアからリュックをしょって5階の仮眠室へ。ドアには「空室」の表示がありました。誰もいない(三日連休だし、当たりまえか……)。あー、よかった。

 誰もいない真っ暗な仮眠室でひとり横になると、たぶん1分もしないうちに深い眠りに落ちました。でも現実の延長のような、デスクワークをしている夢を見ました。悲しい。数時間後の日曜の朝6時すぎには、自然と目が覚めました。ひげも剃らず、ぼさぼさの頭を手で適当に撫でつけ、歯磨きだけはして、ぼーっとした頭のまま着替えをし、1階分だけ階段を下りて、あとは誰もいない会社のエレベーターにのりました。夜間受付の顔なじみの警備員さんに挨拶をして会社を出ると、なんだかはっきりしない空がひろがっていました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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