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 医師への道
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 須賀敦子さんの未完に終わった長篇小説「アルザスの曲りくねった道」は、もし完成していたら、月刊誌「新潮」に掲載されるはずでした。未完の長篇がどのような経緯で構想され、取材のために出かけたアルザスへの旅行は(これが須賀さんの最後の旅になったのですが)いったいどのようなものであったのか──当時「新潮」の担当編集者だった鈴木力さんに詳しく話をきくことで、須賀さんの長篇の構想のありかに少し触れることができたように思います(これは、「一九九六年九月、最後の旅」として、最新号の特集「書かれなかった須賀敦子の本」に掲載されています)。

 鈴木さんの話のなかに、当時の出版部で須賀さんを担当していた佐藤淳子さんの話も出てきます。入社間もない佐藤さんが、須賀さんの本をつくりたいと考えて、「新潮」編集部の鈴木さんをたずね「『新潮』に書いていただきたい人なんです」と声をかけてきたのが1991年のことでした。須賀さんの最初の本『ミラノ霧の風景』が刊行された翌年のことです。

 93年になると、佐藤さんは『ヴェネツィア案内』(とんぼの本)のための須賀さんの取材旅行にも同行しています。翌年、須賀さんは佐藤さんの結婚式にも出席。それからまもなく佐藤さんがアメリカに移り住むことになり、新潮社を退社することが決まったとき、「会社を辞める前に本をつくらせてあげたい」と須賀さんの気持ちが動いて、『地図のない道』が書きはじめられたのだという舞台裏も、鈴木さんはその回想のなかで明らかにしています。

 佐藤さんはアメリカから帰国した後、白水社で編集者として働くことになります。ところがさらに数年後、医学部を受験して医師を目指すことになりました。社会人になってからのおおきな選択を風の便りで聞き、ただただ単純に「えらいものだな」と感心するばかりでした。現在佐藤さんはある大学の付属病院で内科医として勤務しています。

 佐藤さんのお父さんはお医者さんです。娘が父の姿を見て医師になる、と短絡して考えてしまえば、なるほど最終的にはそのような選択にたどりついたのだと納得しやすいかもしれません。しかし、編集者としてそれなりのキャリアを積んでいて、そもそも医学ではなく英文学を学んでいた翻訳書好きの人(──いま思い出しましたが、佐藤さんが白水社で担当した本のなかには、特集「海外の長篇小説ベスト100」に特別寄稿したデイヴィッド・ロッジの、批評家的な作家性が縦横無尽に展開された名著『小説の技巧』[柴田元幸・斎藤兆史訳]も入っています)が、途中で医師の道を選ぶというのはやはり並々ならぬ決意があったにちがいない。

 佐藤さんに最新号をお送りしたところ、年明けに手紙をいただきました。鈴木力さんの記事を読んで、当時のいろいろな記憶のなかに引き戻されたような気持ちがしたこと、須賀さんが新宿区の国際医療センターに入院されていたとき、身の回りのお世話をするために白水社から足を運び、病室をしばしば訪れていたことにも触れて、あのときに、医者になることを具体的に決意したのです、と書かれてありました。

 佐藤さんは入社当時、絵に描いたような、育ちのいいお嬢さんという印象の人でした。もちろん、お嬢さんだから、強い意志のもとにある決断をすることはないだろう──と思っていたわけではありませんが、丁寧な字で書かれた手紙を読みながら、人生には形の定まらないもやもやとした思いが、ある場面で人知れず決意のかたちをとって輪郭をもつ瞬間があるものだ、と思いいたりました。佐藤さんがのちに選ぶことになった道を知ったとしたら、そして医師として激務をつとめる姿を見たとしたら、須賀さんはどんな表情をされたでしょうか。


「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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