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 ピアノと男子
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 ピアノを弾いていたのは中学の一年生まででした。やめてしまうことになる終盤のあたりでは、レッスンをさぼってばかりいましたから、真面目に通っていたのは小学校六年まで。四年、五年、六年と高学年になるにつれて、ピアノ教室からは男の子がつぎつぎと消えてゆき、六年生になる頃には、ピアノの発表会の記念写真に写っている同世代の男の子は私だけ、という状態になっていました。

 ピアノを弾くなんて男のやることじゃない。そういう雰囲気がどことなく漂っていたのを敏感に感じていました。なぜ「男のやることじゃない」のか。わかるような、わからないような感覚です。「文学は男子一生の仕事にあらず」というドスのきいた有名なセリフがありましたが、高度経済成長期のモノづくりまっしぐらの日本において、そのような考え方はまだ脈々と生き続けており、音楽や映画、演劇、美術など、表現ジャンルにうかうかと引きずり込まれそうになる「軟弱な」思春期の男子を、無言のうちにひっぺがす威力をまだ持っていたのではないか。

 私がピアノを始めて、やがてやめてしまった1960年代から70年代にかけて、ポピュラー音楽はレコードの売上げが右肩上がりの時代でした。その初期の頃、「女みたいに髪を伸ばして」いたグループサウンズのおにいさんたちはNHKに出演できなかった時期がありましたし(これ嘘みたいな話ですが本当です)、日本武道の殿堂でビートルズの来日公演が開かれることにもかなりの抵抗があった、という時代でもありました。歌っているうちに「失神」してしまうグループサウンズのおにいさんがいることは、親とはおおっぴらに話せないと、小学生の私も感じていたのでした。

 それほど裕福ではない一般的な家庭にも、アップライトピアノと平凡社大百科事典がどすんどすんと音を立てて「宅配」されていき、まだ「家具調」だったステレオも、かなりの確率で購入されていました(ステレオのテレビCMにビートルズの「レット・イット・ビー」の映像が使われていました)。私の伯母たちが、ステレオセットの隣の本棚に並んだ百科事典のそのまた横に、重々しく黒っぽい箱入りクラシック・レコード全集(河出書房が版元だったか?)をありがたそうに買い揃えているのも、へえと思って眺めていました。

 それほど豊かでもなかったはずなのに、そういう「文化的」なものへの投資を競うようにしていたのはなぜなのでしょう。歩いて行ける近所の小さな書店の棚には文学全集がぎっしりと並んでいました。そんな環境であっても「男子たるもの」的なプレッシャーが今よりも強かったのは、「そんな環境であっても」だからではなくて、「そんな環境があったからこそ」だったのかもしれません。

 とここまで書いてきたところ、すっかり忘れていた、封印していた映像が、私の脳裏に突然よみがえりました。

 思い出すのもうんざりする男子高校生時代、誰が何のために企画したのか想像もつかないのですが、ある日、学校の講堂で中村紘子さんの小さなリサイタルのようなものが開かれることになったのです。音楽よりは柔道、剣道に力を入れていた「文武両道」の私立男子校。女の先生などひとりもおらず、私の記憶では事務にもほとんど女性はいなかった。保健室の養護の先生だけが唯一の女性、というようなむくつけき男子校に、なんでまた中村紘子さんが、と私はうろたえ、神様お願いです、どうか中村紘子さんがキャンセルしてくださるように、と祈るような気持ちで当日を迎えました。

 もう恥ずかしくて、ほとんど記憶からは消えかかっているのですが、小さな講堂には、思春期の怪しく行き場のない内圧でぱんぱんになった真っ黒な詰め襟の男子がぎっしりと座っていました。教室で事前に「失礼のないように」と指導を受けたことなどもう何億光年も昔のことのように、あたりにはあいまいなニヤニヤだのざわざわだのが満ちている。あー、なんでこんなところにまで中村紘子さんがいらっしゃる必要があるだろう。私の頬はすでに真っ赤でした。

 そして中村紘子さんが、舞台の袖からにこやかに登場されたのです。その瞬間、講堂に、暗い洞穴の奥で聞く地震直前の地鳴りのような音が鳴り響いたのを、私の耳はしっかりととらえていました。もはやとりかえしようがない。中村紘子さんのピアノ人生における最悪の瞬間がいま始まろうとしている! 私は目をつぶりたくなりながらも、中村紘子さんの一挙手一投足に目が釘付けでした。ところが中村さんは、まったく平然とにこやかに椅子に座ったのです。そして、地響きがおさまるのを少しだけ待つと、なにごともなかったかのようにピアノを弾き始めました。

 ピアニストという存在は、まったくもって、やわなものではあり得ない。私はあの日以来、ピアニストという種族を深く敬愛するようになりました。そして、「あー、ピアノやめちゃって損したなー」とも。こうしてピアノは今日にいたるまで、私にとってもっとも愛すべき楽器になっています。次号特集「ピアノの時間」は、いま校了期間の真っ最中。どうぞお楽しみに!

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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