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 話すこと、伝えること
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 人前で話すことほど苦手なことはありません。もうひとつ苦手なのは写真を撮られることです。つまり自意識過剰ということ。でも年をとってくると、役回りのように人前で話す機会が少しずつ増えてきました。編集の仕事に何らかのかたちでプラスになったり、あるいは自分が担当している雑誌や本の紹介になるのであれば、苦手なことでも引き受けるようにしています。

「考える人」の創刊号でロングインタビューをさせていただいた養老孟司さんも、もともとは人前で話すのが得意というタイプの人ではなかったようです。なにしろロングインタビューのタイトルにもあったように、養老さんは「挨拶のできない子ども」でしたから。ふだんも口数は少なめ。無駄な話はされません。しかし、「考える人」の読者限定の講演会を数年前にお願いしたとき、そのお話を舞台の袖でうかがっていたら、引き込まれるような面白さにみちみちていて、びっくりしました。

 インタビューでのお話やどなたかとの対談は何度となく聞いていたのですが、講演を聞くのはそのときが初めてでした。講演会にはマイクを置く演台が用意されます。養老さんは演台のワイヤレスのマイクを手にとると、あとは脇に立って演台に片手をおいたり、少し離れたり、何歩か歩かれたり、いずれにしても演台からつかず離れずのところに「さりげなく立っている」という風情です。

 この立ち姿が、なんともいえずかっこいいのです。人間は座った姿のほうが見ていて落ち着きますが、養老さんの立ち姿はうつくしい。それはなぜだろう、やはり長年大学で教鞭をとっていたからだろうかと思ったり、解剖という作業は座ってではなく、立ったままやることだから、おのずと立ち姿が決まってくるのだろうか、と思ったり、あれこれ想像します。しかし大学で教え、解剖をしていれば、誰もが立ち姿がかっこよく話もおもしろくなるわけではないでしょうから、養老さんがそういう方なのだ、というのが私の結論。

「考える人」で待望の連載が始まった、言語学者・文化人類学者の西江雅之さんは、私の大学の恩師でもあります。当時は「民族誌」という講義名でしたが、言語学と文化人類学のフィールドを自在に行き来する「西江学」とでも呼びたくなるような内容でした。その中心テーマをひとことで言えば、人間はどのようにして「つたえあっている」のか。学術的な知見はもちろんのこと、数々のフィールドワークで西江さんが実体験されたエピソードもおりこまれての、圧倒的におもしろい講義でした。私は単位取得後も、大学にいた五年間は、毎年西江さんの講義を受け続けていました。

 しかし西江さんは、西江学を本のかたちにはまとめようとされませんでした(エッセイ集、対談、鼎談は本になっています。これはこれでたいへんおもしろいのです)。おそらくそれは、西江さんが「書き言葉」というものについての限界のようなものを痛切に意識されていたからではないのか。西江さんの言語学・文化人類学のポイントになる部分は、西江さんが身ぶりや手ぶり、声色をつかってつたえると腑に落ちるものも多く、講義はときに西江さんのパフォーマンスまで含んだものになっていました。

 そもそも、西江さんの話し方は独特でした。ちょっと微苦笑しながら、ときどきはおもわず自分で自分の話していることに笑ってしまいながら、話をされるのです。言語学や文化人類学の視点で人間を見ていると、生き物としての人間の、どこかもの哀しく滑稽なところが見えてきて、そのような場面を説明しているうちに、おもわず笑いがもれてくるらしい。見ているほうも、そこがなんともおかしかった。

 というわけで、西江雅之「マチョ・イネの文化人類学」は、西江学がはじめてまとまったかたちで、書き言葉によって記されてゆく貴重な連載です。最新号に掲載されている第二回のタイトルは「“ことば”だけではつたわらない」。しかし、みなさんにつたわるものはあふれるほどあるはずです。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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