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 ワインとコイン
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 いま書店に並んでいる最新号(09年夏号)の最終ページには、次号予告が掲載されています。次号の特集は「活字から、ウェブへの……。」。わたしたちの雑誌は季刊なので、次号予告を書いているときにはまだ特集の取材も原稿依頼もこれからという時期です。決めていたのは、今回の特集は一方向をめざしたり示したりする内容にはしたくない、という気持ちぐらいでした。

 ひとつだけやってみたかったのは、特集のタイトルを活字で組むことでした。そこで、いまもなお活版印刷を続けている印刷所に連絡をし、次号予告のためのビジュアルを活字でつくってもらうことにしました。

 大手の印刷所では、活版印刷を続けているところはもうありません。たとえば「考える人」の印刷所である大日本印刷でも、「新潮クレスト・ブックス」の印刷を担当している精興社でも、活版印刷はすでに廃止されています。

 わたしたちが連絡をとったのは、内外文字印刷という印刷所です。活字印刷をいまも続けていることでわれわれ編集者の間ではつとに有名な印刷所。最近はウェブの大波を受けているせいか、その反動のようにしてメディアで活字印刷が取り上げられることが多くなり、内外文字印刷も新聞や雑誌にときどき登場しています。「暮しの手帖」にもさきごろ紹介されたばかりなので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

 内外文字印刷には、「特集 活字から、ウェブへの……。」というタイトルを、活字の大きさを変えて何種類か組んでもらいました。組まれた活字は、幼稚園児の持たされるお弁当箱ぐらいの大きさの木箱に詰め込まれて、編集部に持ち込まれました。使い込まれた木箱を手にしたとき、思わず「お……」と声が出ました。お……重い! 幼稚園児のお弁当と思ったら、子象の足ぐらいの重さ。箱ごと足の甲の上にでも落としたら、骨は折らないまでも内出血は確実という重さです。

 活字は金属なんだ、ということをあらためて思い知らされました。たかだか20字以内のタイトルを数種類組んだだけでこれぐらいの重さなのですから、雑誌一冊分組んだときの重さはいったいどれぐらいになるのやら。アフリカ象一頭分ぐらいの重さがあるのではと想像してしまいます。

 活版印刷がグーテンベルクによって発明されたとき、活字は、鉛と錫とアンチモンの合金によってつくられました。印刷機じたいはワインをつくるときにつかわれる葡萄を絞る圧搾機をベースにしたものでしたので、これはグーテンベルクがゼロから考えてつくりだしたもの、といってしまうと語弊があるでしょう。

 活字そのものについてはどうだったかと言えば、実はグーテンベルクの父親は造幣局につとめるお役人で、コインに数字や紋様を刻印する方法をグーテンベルクが身近に観察する機会があったはずなのです。グーテンベルクはここで活字設計のヒントを得たのではないかと言われています。これもゼロから発想したわけではない。発明というものは、そもそもそういうものなのかもしれません。

 活字を形成しているこの合金については、印刷機がつぎつぎに改良されても、それほど変わらずに、550年以上の時を持ちこたえたのです。やはりたいした発明だと言わざるをえません。しかし、地球上で活版印刷によって刊行されてきた約550年分の印刷物の総量と、活字の総量を想像すると、ゆうに地球の重さ分ぐらいのものが頭のなかいっぱいになり、ずっしりと沈み込んでいくようです。

 金属は地球をつくっている要素です。550年以上印刷で使われ続けても、これらの金属が使い果たされて枯渇してしまわなかったのは、もちろん活字がリサイクルされてきたからです。印刷を終えた活字は、活字の並ぶ棚(馬棚と呼ばれるものなのですが、なぜそのように呼ばれるのかなど、詳しくは次号特集で)にもどされるものもあれば、溶かされてふたたび新しい活字として鋳造され、よみがえるものもあるわけです。活字はどうしても欠けたり摩耗したりしますから、いつかは必ず溶かされる運命にあります。

 しかし、書籍は増刷される場合がある。一年後に増刷、などということも珍しくありません。十年、二十年にわたって何十刷というロングセラーもあります。その場合、組まれた活字はどうなるのか。ずっと組み置かれたまま、増刷を待っているのか。おそらく私のような、50歳以上の出版社に勤める者であれば答えは知っているはずですが……このことについては詳しくは次号特集で(思わせぶりですみません)。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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