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 落葉
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 東京は今朝も気温が低めでした。早朝の都内をクルマで走っていると、街路樹のイチョウの黄葉がだいぶ進んできたのがわかります。東宮御所の横にさしかかったとき気づいたのは、御所の内側に植えられている背の高い木々には常緑樹が多いということでした。落葉樹だと外から丸見えになってしまうからでしょうか。

 いまごろの黄色くなったイチョウの木の下は、落ちた実が踏みつぶされてかなり匂います。初夏の栗の花の匂いも強烈ですが、イチョウもいい勝負。私はどちらの匂いも苦手です。紅葉したモミジの葉の、かすかに感じる匂いならうれしい。さまざまな種類の木の落ち葉を掃き集めていると、立ちのぼってくる乾いた香ばしい匂いもまた、たいへん好ましい。

 東京では落ち葉焚きはもうできなくなってしまい、燃えるゴミとして捨てるしかない雰囲気です。しかし田舎ではまだ落ち葉焚きが生きのびています。風のない日に落ち葉を掃き集めて、ぼんぼん燃やしてゆくときは、炎の熱と燃え上がる葉の匂いがまじりあって、頭のなかはすっかりからっぽ、パーの状態になり、精神衛生にもかなりの効き目がありそうです。焼き芋も焼ける。今年はまだ落ち葉焚きのチャンスがめぐってこないので、フラストレーションがたまってきました。

 紅葉し落葉する木と、常緑樹とでは、生きのびる方法がどうしてこれほど違うのでしょう。人間の頭髪問題も、同じくおおきくふた手に別れます。抜ける人、抜けない人。私はあらゆる手立てを使って(ひみつです)延命をはかっていますが、まったく何の対策もとらずとも、太々とした剛毛をみっしりと生やしている無神経な人がいる。いったいこの差はなんなのか。

 秋はなぜか人間の脱毛も進みます。落ち葉焚きが終わる頃には北風がしみてくるほど。昔、山口瞳さんが、禿は誰よりも早く雨の降り出す瞬間を感知すると指摘しましたが、私の場合は真夏の日差しも北風も頭頂部で感知しています。

 どうせ抜け落ちてゆくのなら、枕カバーや排水溝をにぎやかすのではなく、抜け落ちる前に紅葉したり、黄葉したりするぐらいのケレンがほしい。なんとか有終の美を飾れないものかと妄想します。脱毛だけだと周囲も気をつかうでしょう。本人をほめるポイントもなく、触れられない思いがお互いにたまってゆくばかり。しかし紅葉なら、「おー、松家さん、いまが見頃だよ」とか、「いやあ、いっせいに……。これは見事ですねー!」、さらには「松家さん、パーティひらいていいですか?」。あきらめのつけかたにも気合いが入ってくる。

 いやしかし。かりに紅葉できるようになったとしても、問題は別のところにあります。落葉樹なら、春になればふたたびまばゆいばかりの新芽がいっせいに生えてくる。頭部はそうはいきません。「落葉」後は毛根もふさぎ、あとかたもなくなり、可能性の道はつるつるの氷壁の前に閉ざされてしまう。五月頃、新芽をふくように赤ちゃんのうぶげのようなものが頭部をおおってくれるのなら、私はいつでも落葉派に帰依し、精進するのですが。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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