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 ドイツとNASA
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 今年の花粉は、いきなり大量に押し寄せてきました。私の場合はくしゃみ、鼻水、目のかゆみに加えて、頭ぜんたいを覆うような頭痛です。ある日の朝、まったく抗いがたい感じで、からだのあちこちのセンサーが赤信号を発していました。これはもうだめだと病院に行こうと思ったのですが、翌日は週明けの月曜日、天気は晴れ、という予報だったので、病院に同じ状態の人が押し寄せるのは必定だと思い、とりあえず近所のドラッグストアへ。

 そもそも私は気温や湿度の変化やハウスダストだけで鼻がぐずぐずし、目もかゆくなるアレルギー体質です。アレルギー用の市販の目薬も飲み薬も常備しています。しかし今回のこの圧倒的な花粉の勢力が5月の連休ぐらいまで続くとすれば、市販薬でごまかすのには限界がある。立体マスクも補充しなければ。自転車で向かったドラッグストアで手に入れたのは、立体マスクだけではありませんでした。今年初めて目にした、鼻のなかに塗る「ドイツ生まれの」塗り薬。

 正確にはこれは「薬」ではないようです。成分は「精製長鎖炭化水素」というもの(ふだんはどこで何をしているんだろう)。これを鼻の中に塗ることで保護皮膜をつくり、鼻粘膜に届く手前で花粉を吸着、花粉の吸引量を抑制する、という仕組みらしい。つまり、鼻の中につけるマスクのようなものなんですね。偉いなあ、長鎖炭化水素。

 さっそく試してみました。瞬間接着剤のような細いチューブの先から、細くニョロッと白っぽいペースト状のものが出てくる。匂いはしません。このニョロを鼻のなかに塗布するための綿棒が付属していましたが、私は自分の手の甲に少しだけニョロを出して、それを小指の先にとって、今度は鼻の穴に直接小指を入れて、ぐるりとひとまわし、ふたまわし。

 洗面所の鏡の前でやっていたのですが、この動作は人に見せられません。明らかに鼻××をさぐったりほじったりしているような手つきだからです。顔も間延びして、かなり間抜けです。ニョロは匂いもしなければ、鼻を刺激するような成分はないらしく。塗った後にはなんの違和感もありません。

 ところが。塗ってみた最初の日に驚いたのは、自分が一日に何回も鼻をさわっているのだということでした。さきほども書いたように私はアレルギー体質なので、なんとなく鼻の穴がかゆくなったり、もぞもぞすることが多いのですが、そのたびに、無意識に指をチョイチョイと入れては掻いていたんですね。

 そうするとチョイチョイと掻いた指先に、ニョロの薄い保護皮膜がついてくる。それがちょっとべたつくのです。正確に言うと、チョイチョイと指を入れた瞬間に「あ!」と気がつくぐらいの違和感が。そして仕事の半分以上はパソコンでやっていますから、指をそのままにしておくと、「精製長鎖炭化水素」の皮膜がパソコンのキーボードについてしまう。私が使っているMacBookAirはキーボードが黒いので、そのままだと黒光りしてしまうことになります。鼻を触った指は、ティッシュか何かで拭けばいいのですが、鼻をさわった指先をティッシュでぬぐっている図というのも、これも何となく人に見られたくない。というような「難」もややあるものの、このニョロはそれなりに効いているようです。ドイツで「精製長鎖炭化水素」を塗り薬として考えた人はえらい。

 翌々日の雨模様の日に病院に行って処方されたのは、毎朝ひとつだけ飲めばいい薬と、目薬でした。飲み薬は小さな白い丸いリチウム電池のような形状のもので、これは舌の上にのせて、口のなかでじわじわと溶かして服用するタイプのものでした。医師のイチオシの薬です。

「この薬はですね、NASAが宇宙飛行士のために開発したものなんですよ」「NASA、ですか?」「そうです」

 私の頭には大きなクエスチョンマークがゆらゆらと浮かびます。NASAがわざわざ開発したということは、宇宙船のなかにも花粉が飛んでいるということ? もちろん地球から発射されるのですし、発射される前に当然外気はある程度入ってくるでしょうから、たしかに花粉は漂っている可能性はある。

 宇宙船の無重力状態でいろいろな実験や遊びをするのを見ますが、だれかが花粉アレルギーで、船内で特大のくしゃみをして、その勢いでからだがぐるぐる回ったりするのでしょうか。医師の説明を上の空で聞きながら、頭のなかでは大きなくしゃみをしてぐるぐる回転し続ける若田光一さんの映像が浮かんでいます。

 ドイツとNASAのテクノロジーに支えられ、私の花粉症はほぼ、制圧されています。校了まであとひと息。指をふきふき、デスクワークの日々です。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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