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 8月は残酷な月?
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 夏が年々つらくなっています。

 8月21日生まれということもあって、元来この季節は得意なはずだったのですが、この数年は、どうもいけません。主(あるじ)がそうだからか、わが家のベランダの朝顔もへたばってしまいました。6月あたりに少し咲き始めていたのが、梅雨明けから急速に元気をなくしてきました。去年も夏の間はしばしお休みをして、9月からまた咲き始めたのですが、朝顔の体内メカニズムや温度センサーと、外気温、カレンダーとのバランスが崩れてしまったのかもしれません。朝顔のかたわらでは、夏野菜の代表格ゴーヤも干上がっています。水も栄養も足りているはずなのですが、この暑さが相当にこたえているようです。

 猛暑といえば、芥川龍之介が自ら命を絶った83年前の、昭和2年7月24日のことが有名です。温度計の水銀柱が35度を超え、不快指数が86に跳ね上がったといいます。「あんまり暑いので、腹を立てて死んだのだろう」と内田百間は書いていますが(「河童忌」)、葬儀で友人代表として弔辞を述べた菊池寛は、後年、芥川の命日にちなんだ「河童忌」で「年毎に二十四日のあつさ哉」という一句を詠みました。芥川の命日と猛暑は切っても切れない関係なのでしょう。それにしても、です。今年の河童忌は、午前中に、すでに各地で37度を超えたというのですから尋常ではありません。

 2003年は、欧州が記録的な猛暑に見舞われました。フランス、とくにパリではその犠牲者があいつぎ、8月1日から15日の間に、国内で約1万5000人が死亡したといいます。その多くが一人暮らしの高齢者だったそうです。その「異常なひと夏」をパリで過ごした仏文学の鹿島茂さんからお聞きしたのですが、「多くの医療関係者が長期バカンスに出ていて、救急体制を敷こうにも人員不足だった。また、一人暮らしの高齢者は石造りの建物の5階とか6階といった最上階に住んでいるケースが多く、そういうところは大抵トタン貼りである上に、元々そんな暑さを想定していないから冷房設備もない。若い家族はバカンスに出ていて連絡を取ることもままならず、助けをどこにも求められない高齢者が放置されてしまった。さらに、水道水はカルシウム分が多いので、元来飲料には適していない。したがって、水分補給のためにはミネラルウォーターを外で買ってこなくてはならないのだが、建物にエレベーターがないから、重い水をお年寄りが自分で5階や6階まで運び上げる他ない。そう考えただけで、ついつい外へ出るのが億劫になる。結果として、熱中症で徐々に体力を奪われ、死に追い込まれた」というのです。あまりに死者が続出したため、遺体が病院の安置所では収容不能となり、オルリー空港の格納庫が臨時の遺体安置所になったというニュースも流れました。確認ができなくて、引き取り手のない遺体もたくさん出たそうです。

 猛暑日というのは、一日の最高気温が35度以上の日を言います。気象庁が2007年4月から「予報用語」に加えたのですが、その記録を調べると空恐ろしくなります。年間で猛暑日がもっとも多かったのは、大分県日田市の45日。1994年に記録されています。その時は連続22日が猛暑日だったそうです。気象庁のデータとして東京都心、名古屋、大阪、福岡の4大都市で猛暑日日数の推移を見ると、1969年から1978年の4大都市合計は142日だったのが、1999年から2008年では400日と約3倍に増えています。熱中症死者の数も30年前の約6倍だそうです。

 夏の本番はまだこれからです。フェーン現象に加えて、ヒートアイランド現象、ラニーニャ現象、ダイポールモード現象等々、猛暑の新たな原因が目白押しで控えています。今年は残暑も厳しくなるだろうと言われています。相当に気を引き締めて8月を迎えたほうがよさそうです。集中豪雨、一転して猛暑。いつからこんな「残酷な月」になったのかと、しし座生まれの人間としては残念でなりません。

 さて、明後日(31日)の土曜日は、隅田川の花火大会を見物する予定です。向島で料亭の女将をしている知人宅のビルの屋上から眺めるのが恒例になっています。席の大半は料亭のお客さんたち。浴衣のお姐さんたちを従えて、お揃いの甚平姿でご一行様は登場なさいます。われわれはその片隅の「ファミリー・コーナー」に陣取ります。

 数多くの玉を連続して打ち出すスターマインは、いかにも景気が良くて華やか。菊、牡丹、しだれ柳が夜空を鮮やかに彩りながら、消えていくのも印象的です。いかにもポップな花火カラーもあれば、逆に江戸の昔を偲ばせるような古風な花火も役どころを押さえている感じがします。2年前に新潟県の「長岡まつり大花火大会」を見て、信濃川の川幅をフルに使った「ナイアガラ瀑布」や、直径600メートルも開くという正三尺玉、等々の特大花火の迫力に圧倒されましたが、私には汗をかきかき屋上に集まり、ビールを飲みながら打上げの時間を待つ向島の雰囲気が性に合っているようです。楽しみと言えば、年に1回、そこで食べるトンカツ弁当の味も格別です。ご飯の上に千切りキャベツを敷き、その上にヒレカツを何切れか載せてソースをかけただけのシンプルなものですが、夏の一夜を満喫するための必須アイテムになっています。

 皆さんも、花火のような良き道連れを見つけて、この夏をうまく乗り切っていただければと思います。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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