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 十字架を肩にのせて
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 何ごとにつけ凝り性です。仕事にせよ、趣味の類にせよ、何かあることにいったんスイッチが入ったら、中途半端では済まなくなります。それをさまざまなテーマで繰り返してきました。「熱しやすく冷めやすい」というのではなく、けっこう持続力もあるので、一定のレベルまでは達するのですが、「上には上がいる」といつも最後は「極めている人」にエールを送って落ち着くというパターンです。ですから何につけB級どまり、というのが残念なところです。

 なのですが、きょうはそちらの「凝る」話ではなく、長く悩まされてきた肩凝りの話題です。今週は次号の校了が控えていて、仕事の上では年内最後のヤマ場なのですが、急に寒さが襲ってきたせいもあって、肩の凝り方は深刻です。先週末、5月に亡くなった父親の遺品整理を集中的にやったことの疲れもありますが、それだけが原因とは思えません。年のせいとばかりも言い切れません。個人的には“宿痾”としか言いようのない深いお付き合いの相手が、肩凝りなのです。

 自覚し始めたのは、10代半ばを過ぎたあたりです。20代に入ってからはマッサージ通いが習慣化しました。サウナでマッサージ、旅先のホテルや宿でマッサージ。それでも追いつかなくなって、治療院を決め、お気に入りの施療師を決め、そこへ恒常的に通い始めたのが30代半ばから。ところが、せっかくいい人に巡り合ったと喜んでいたら、「郷里へ帰ることにしました」「体を壊したので廃業します」「寺を継ぐことになりました」など、何年かおきに新しい人を探さなくてはならない羽目に追い込まれます。この間、指圧を中心にしてさまざまな流派を体験し、鍼、灸などももちろんやりました。すべて技術プラス相性の問題で、効果のほどは本当に人次第です。

 よく運動不足なのではないか、と指摘する人もいるのですが、これはまったく当てはまりません。最近はともかく、30代はトライアスロンにのめりこんでいて、「まるで人生を捧げているみたいだね」と周囲に笑われていたくらいにスポーツ・オリエンテッドな生活でした。つまり、運動のし過ぎが原因だと言われればそうかなと思ったかもしれませんが、断じて不足の状態ではありませんでした。それでも肩凝りは解消されませんでした。

 こうなると体質とか生活習慣の問題かと考えます。体質面では、父親も肩が凝るとよく言っていましたが、高校を出てからずっと離れて暮していましたので、悩みを比較したことがありません。きっと同じではなかったかという気はするのですが、確かなところは不明です。生活習慣でいえば、必ず「職業柄、目を酷使していませんか」と言われます。たしかに普通の人に比べると文字を追っている時間は長いし、ワープロ登場以前はシコシコと原稿用紙のます目を埋める作業を繰り返していました。右手で鉛筆を長時間握り締めているわけですから、右肩が凝るのは、ある程度仕方ないかとあきらめていました。しかし、ひどく凝るのはなぜか左肩のほうです。これが不思議でなりませんでした。いまでは一日の大半はパソコンと向かい合っています。けれども、同じような生活を送りながら、まるでケロリとしている人が周りにはたくさんいます。きっとアルコール分解酵素の場合と同じように、眼精疲労の分解メカニズムにも個人差があるとしか思えません。つまりは体質問題に行き着きます。

「週刊新潮」12月9日号「あとの祭り」で、渡辺淳一さんが「肩の痛みで考える」というエッセイを書いていました。ひとしきり先生ご自身の症状の説明があった後に、「ところで、人間はどうして肩が凝ったり、痛くなるのだろうか」と論が展開されます。整形外科医でもあるドクターの見解を知りたいと期待が高まります。すると、大抵の人はこの点について、「緊張を要する仕事を、長時間やりすぎたから」と考えるようだが、「それだけで肩凝りが生じるわけではない」と。「実際、頑固な肩凝りに悩まされている人のなかには、なにもせず、ぶらぶら遊んでいるだけの人もいる」(ナルホド)。「それでも肩が凝るのは何故なのか。その理由はきわめて簡単。われわれ人間の首の上に頭がのっているからである」?!

 先生によれば、首の骨、すなわち頸骨というのは「昔のマッチ箱ほどの大きさ」の骨が「縦に七個並んでいるだけ」なのだそうです。これで体重の約十分の一の重さの頭を支えているわけですから、「うなずいたり、お辞儀をするだけで、首から肩の筋肉に大きな負担がかかる。若くて筋肉が強く、弾力性のあるときは平気だが、年齢とともに、肩や上腕の筋肉が張ってくるのは、むしろ自然の結果、といえなくもない」とのご指摘です。たしかに構造的に首から肩にかけては負荷がかかりやすく、日頃の重労働に筋肉が悲鳴を上げているというのは説得力があります。「では、どうしたら、肩凝りから逃れることができるのか」に対する最終回答は――。

〈これは簡単、細い首の上に大きな頭をのせておかないことである〉

 なんだか、聞かなければ良かったような禅問答的診断ですが、先生の所見を言い換えれば、肩凝りは人類が二足歩行を始めてしまったことのツケなのだから、宿命だと思ってあきらめなさい、ということでしょう。あなたは人類の十字架を背負っているのだから、黙って耐えなさい、というわけでしょう。そう言われれば、「ハイ」と答えてうつむくしかありません。

 それにしても、この肩の凝りはどうにかならないか、と切実に思います。「細い首の上に大きな頭をのせておかないことである」といっても、頭のダイエットができるわけでなし、「小顔」は見せかけであって実質にほとんど変化はないわけだし、あとはせいぜい睡眠時間を増やして、頭をなるべく枕に載せておくくらいしか、対策は思い浮かびません。

 などと考えていると、ひらめいたのがロダンの「考える人」のポーズでした。あれは首を手で支えている恰好です。しかも肘を膝の上にのせて。彼はことによると、「どうしたら肩凝りから逃れることができるのか」と実は考えていたのかもしれない、なんて。

 雑誌「考える人」は、それでも着実に、次号の校了に向かっています。一歩一歩、肩の凝りを踏み越えて。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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