昨夏刊行された梨木香歩さんの書き下ろし長篇小説『沼地のある森を抜けて』は、先祖伝来の「ぬかどこ」に物語のはじまりを求め、連綿とつづく生命への信頼を回復させるようなすばらしい作品でした。また梨木さんが同時にすぐれたエッセイの書き手であることは、英国での留学時代を描いた『春になったら苺を摘みに』、「考える人」の連載をまとめた『ぐるりのこと』などをお読みくださった方々には、よくおわかりのことと思います。
 『ぐるりのこと』は、日々の暮らしのなかで起こるさまざまな出来事、心に刻まれた記憶、そしてそこにとびこんでくるさまざまなニュースなどを手がかりに、静かに、たしかに、世界と心を通わせてゆくエッセイでした。毎回、読者の深いところに何かを届けるようなエッセイだったからでしょう。連載終了後も、複数の読者の方から、梨木さんの連載をまたぜひ、という声をお寄せいただいていました。

 さて、今号から、その梨木さんの待望の新連載がはじまります。タイトルは「渡りの足跡」。
 北方へ帰る渡りの鳥たちに会おうと、梨木さんは三月の知床に向かいます。三月といっても北海道はまだ冬。網走湖は凍りついたままです。氷に穴をあけ、小さな椅子に腰かけて釣り糸をたらす、ワカサギ釣りの人たちの姿が見られます。湖畔に車をとめて空をみあげると、そこには、気流にのって滑空する、堂々たるオジロワシが。白い尾羽が青い空に輝いています。梨木さんはすっかりうれしくなります。このオジロワシ、本来渡り鳥なのですが、渡りをやめて定住するものも多いのだとか。この個体はどちらだったのでしょう。
 翌日は、朝いちばんに知床の森へ。エゾシカが朝の光のなか、芽吹き始めた若い芽を食んでいます。そこここに見られるヒグマの足跡。大きな足跡に小さな足跡が寄り添っているので、冬眠から目覚めた親子熊だとわかる。そして空から、「くぽおうん」というワタリガラスの鳴き声が。
 さらに、森をあとにして帰るとき、海に突き出た斜面に立つ木々の上に、オオワシとオジロワシがじっととまっている姿を見かけます。

「ただただじっとしている。しかし首をすくめ目を閉じてじっと寒さをこらえている、といった厳冬期の風情ではなく、すっと首を伸ばし、目を見開き、何か見張っているような緊張感がある。これから南風が吹くたびにどんどん北へ帰って行きます、と案内人が説明する。もうすでに南風の何便かは去った後で、彼らはあの時行くべきであったか、今度風が来たら行くのだ、と決意しているのか、その風はいつ吹きそうなのか、様子を見ているのだろうか。そう思って見ると、彼らはほぼ一日中ただ風の向きを勘案しているだけのようにも見えるのだ」

「でも、本当になぜ、『渡り』が必要なのだろう」――梨木さんの新連載は、この問いに導かれて始まりました。どうぞご期待ください。