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 富士山に向かって走る
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「考える人」編集部は昨日が仕事始めでした。年末に最新号が発売になりましたので、年賀状に早々と感想を書いて下さる方もあり、いつにもまして熱心に目を通すことになりました。年初のご挨拶ですから「社交辞令」分を差し引く必要がありますが、それにしても概ね好評のようです。新年のスタートとしては、激励を受けて、まずはいい感じで走り出せたかという気がします。

 走る、ということでいえば、今年も力を込めて箱根駅伝を見ました。知り合いの中には、母校の選手を各所で応援するために、電車を乗り継ぎながら自分も東京・箱根間を往復するという熱心な「追っかけ」もいます。あるいは箱根に宿を取って毎年そこで選手を待ち受けるという人たちもいます。私も以前は何度か家の近くの八ツ山橋まで声援に出ましたが、このところはもっぱらテレビ観戦です。

 今回も期待にたがわず、見ごたえのあるレースでした。早稲田vs東洋という2強対決をどちらが制するのか。出雲、全日本と合わせて早稲田の創部史上初の大学駅伝3冠達成がなるか、それとも東洋大の箱根3連覇となるのか。また右膝故障で春先から苦しんできた東洋大のエース柏原竜二選手が、一昨年、昨年と驚異的な走りを見せた5区の箱根の山登りで、3年連続の区間賞を勝ち取るのかどうか、等々見どころは満載でした。

 結果は早稲田が大会新記録で優勝しましたが、2位・東洋との差は大会史上もっとも僅差の21秒差という接戦でした。記録だけを眺めると、5区で東洋大の柏原選手にいったん逆転を許した以外は、終始1位をキープした早稲田の安定した戦いと見えなくもありませんが、実際は非常にスリリングな勝利だったと思います。

 昨年末、たまたま仕事で早稲田大学のキャンパスを歩いていたら、「早稲田スポーツ」の「箱根駅伝号」を手渡されました。今回は大会の直前情報としてこれを熟読し、自分なりにエントリー・メンバーを考え、レース・イメージを温めて1月2日に備えました。ところが当日になって、期待されていた2選手がどうやら故障でメンバーから外れたことが明らかになりました。

 ベストオーダーが組めなかったことで、他の選手にどういう影響が出るか――故障した選手の分まで頑張ろうと過剰なプレッシャーを抱え込んでマイナス要因とならないか、それとも危機感が団結力を強め、代わりにチャンスをもらった選手が予想外の力を発揮するのか。駅伝は何が起こるか分からない競技だけに、最後の最後まで目が離せない緊迫感がありました。

 結果は、箱根の山登り、山下りに起用された初出場組の4年生2人の力走が生まれ、本来ならば4年連続出場の危うかったキャプテンが、アンカーの意地を見せて東洋大の追い上げを振り切るなど、選手層の厚さと、今大会に“名門復活”を賭けたチーム一丸の強い思いが、勝利の女神を引き寄せた感じでした。

 それにしても、お正月に箱根駅伝というイベントはますます欠かせない風物詩になってきたな、と感じます。年々駅伝熱がエスカレートしていることに対して、選手への肉体的・心理的な弊害を指摘する声もありますが、その一方で、国民的な年中行事としての意味合いが確実に増している気がします。自分自身も早稲田大学1年生の時に、箱根駅伝で2区を走ったという映画監督の篠田正浩さんが、「もはや箱根駅伝は陸上競技を超えた神事である」と話してくれたことがあります。あれはスポーツではなくて、箱根の向こうに見える富士山に向かって走る神事、一種の富士講、イニシエーションなのだ、と。

 秋の豊作を祈って、年の初めに行なう祭りを「予祝」といいますが、箱根駅伝にはその予祝的な要素があるというのです。「正月というハレの日に精進潔斎した若者たちがわれ先にと箱根、つまり富士山をめざして走る姿は美しい」「多くの日本人は彼らの姿を見ることで心を清め、1年の吉兆を感じとりたいのではないか。わが国には山岳信仰も深く根付いているでしょう」と篠田監督は語ります。たしかに、元日の朝に北関東の平野を走っている全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)とは、まったく異なる心象があります。

 各大学が伝統の襷をつなぎながら走る姿は、浅草の三社祭で各町内が自慢のお神輿を担いでせり歩く様子にも通じるものを感じます。箱根駅伝を題材にした小説『風が強く吹いている』(新潮文庫)を書いた三浦しをんさんが、毎年ぼーっと「催眠術にかかったように」テレビ中継を見続けてしまう、と以前に語っていましたが、マラソンのテレビ観戦とも次元の異なる魅力と感動に引き込まれてしまいます。大学の卒業記念に箱根駅伝のコースをひとりで走り抜くことにチャレンジした女性の計画を聞いた時も、咄嗟に感じたのは一種の「巡礼」のイメージでした(残念ながら、途中リタイアする結果となりましたが)。

 また組織論として眺めて、いつも面白いなと思うのは学連選抜の存在です。19校の出場枠に外れた関東にある大学のエースが選ばれてチームが構成されるわけですが、なかなかプラスアルファの力を引き出すのは難しいようです。どんな優秀な選手が選抜されても、個人の集まりでは駅伝は勝てないということでしょう。その逆の好例は、昨年ワールドカップ南アフリカ大会でベスト16に進んだサッカーの日本代表ではないでしょうか。5月24日に行なわれた韓国との壮行試合に敗れた時、誰しもがこのチームはどん底からもう抜け出せないのではないか、と破局の危機を感じたはずです。岡田武史監督が、その後選手の起用法に大幅な変更を加えようとした時も、そこに感じたのは監督の迷いでしかなかったのではないでしょうか。この「ギャンブル」が後々「英断」と称えられる瞬間を予測した人はほとんどいなかったと思います。

 ところが、そこからチームは見違えるようなまとまりを見せました。とことんどん底まで追い込まれたことで「気持ちの踏ん切りがついた」と言う岡田監督。見る者を感動させたチーム一丸の戦いぶりは、「ベンチ組の尽力のたまものだった」とも言います。先発を外され控えにまわった中村俊輔選手などの目に見えないところでの貢献を、「あれだけフォローされたら、試合に出る選手は頑張るよ。チームがまとまったのはあいつらのおかげだよ」と岡田監督は語っています。もちろん気持ちだけで勝てるほど、ワールドカップは甘くありません。戦術面の修正を短期間で消化した選手たちの能力の高さ、大会前の高地トレーニングが奏功したこと、最後は天が味方してくれたこと等々を含めての躍進でした。

 それにしてもチームとは本当に生きものだと思います。走っている選手だけでなく、チーム全体の心がひとつになった時に倍加される力と、そうならなかった場合の落差。駅伝を見ながら、毎回思うのは、そうしたいわく言いがたい人間集団の難しさと面白さです。そういう意味でも、いろいろ「考える刺激」を与えてくれる箱根駅伝は、年初のありがたい要素になってきています。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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