【考える本棚】
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 秋田光彦『葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦―』(新潮新書)
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

寺は生きている------------------------------------------------------------------------

 写真で見たり話に聞いたりしていた大阪天王寺区のお寺・應典院(おうてんいん)を、1月下旬に初めて訪ねる機会がありました。コンクリート打ちっ放しの外観や、鉄骨2階建ての近代建築は、たしかにお寺という先入観を覆すインパクトがあります。吹き抜けのエントランス・ロビーに入ると若い人たちが行きかっていて、土曜日の昼下がりだったせいもありますが、演劇の公演チラシなどを見ながらコンビニのサンドイッチを食べているその風景は、大学のキャンパスかと見まがうほどでした。並びのセミナー・ルームやオープン・ギャラリーでも何やら行なわれている気配があります。階段を上がった2階の本堂は劇場型の本格的な円形ホールになっていて、そこではちょうど芝居の稽古が始まったところでした。その先のスペースでは子ども向けの箱庭療法が行なわれている最中で、駆け足でざっと一巡しただけでも、「ここはどういう場なのだろう」という不思議な印象が残りました。

 本書はその應典院代表であり、浄土宗大蓮寺住職でもある著者が、大阪の都心にあって「檀家不在で廃寺同然」であった同院を、1997年に建物ごとリニューアルするところから、徐々に「再生」していく軌跡を綴ったものです。親寺にあたる古刹・大蓮寺の創建450年記念事業として浮上した同院新築の話でしたが、モダンな建物は決して奇を衒ったハコモノを作ることが目的でもなければ、小屋貸しの新たなビジネス展開をめざしたものでもありませんでした。より本質的な問いかけ――「お寺とは何か」「お寺は何をする場所なのか」を根源的に問い直さずにはいられなかった著者の切迫した危機感が背景にはありました。

 まずこの「再生計画」の始動した時期が重要です。それは、80年代後半から90年代にかけてのことでした。当時は日本全体がバブル経済に酔いしれ、かたや宗教界ではオウム真理教、幸福の科学など新しい宗教の台頭がめざましい時期でした。著者の目に、「日本の宗教界は百年に一度の大きな転機を迎えて」いると映ったそのタイミングで、どういう再建の構想をまとめるか。著者はそれまで個人的に培ってきた外部有識者たちとのネットワークを最大限に活かして、大阪の都市文化の一翼を担ってきた「大蓮寺の源流に還りながら、その歴史を現代の物語として上書きして」みよう、という観点で應典院再建のコンセプトづくりに着手します。このあたりのプロデュース感覚がすでにユニークです。

 その過程で起こったのが、1995年1月17日の阪神淡路大震災と、3月20日のオウム真理教による地下鉄サリン事件でした。未曾有の大災害と凶悪犯罪。宗教学者の山折哲雄さんをして「今年は、日本の宗教が壊滅的な打撃を受ける紀元元年になるだろう」と言わしめたほどの強烈なダブルパンチが宗教界を襲います。さらにはバブル崩壊とともに、経済大国を謳歌していた日本人は“自信喪失”の負のスパイラルへと滑落し、日本型の安定システムを支えてきた従来の組織や集団の紐帯が切れるとともに、おびただしい数の生きる意味を見失った「個」が巷に漂流し始めます。「自分探し」や「癒し」が流行語となり、1998年には日本人の自殺が初めて年間3万人を超えます。「宗教が求められる時代だとしたら、いま既成仏教に何ができるか」という鋭い問いを突きつけられた著者が、さらに危機感を募らせ、僧侶としての強い責任感に目覚めていくのは想像に難くありません。「生きた人間の悩みや苦しみにこたえていかないと、既成仏教が葬式仏教から脱する糸口は見つからない」と。

 この本で教えられたことですが、「世界のNPOの原点は、日本の寺にある」と最初に指摘したのは、P・F・ドラッカーだそうです。「いまも機能している最古の非営利機関は、日本にある。奈良の古寺がそれである。創立の当初から、それらの寺は、非政府の存在であり、自治の存在だった」(『非営利組織の経営』日本語版序文)とあり、これは著者にとっても「目からウロコの発見」だったといいます。

 たしかに高校の日本史の授業で教わったように、仏教の精神にもとづく国づくりをする過程で、教育、福祉、芸術文化といった公益サービスを積極的に担っていたのは寺社でした。つまりお寺は、「人間が人間らしく生きるために不可欠な、いのちを支え」る場所でした。ところが、「明治近代以降、それらの機能の多くは行政あるいは商業的なサービスへと分化していき、最後に残ったのがいまの葬式仏教」だというわけです。

 お寺の歴史を「現代の物語として上書き」するという應典院の取り組みは、ここでさらにNPOによる寺の運営という発想を得ます。「寺の本卦還り(ほんけがえり)」は、お寺とNPOという新旧の非営利組織がタッグを組むコンセプトとなり、以後、これを基盤に寺と外部社会との「関係性」を再構築すること(縁起)と、思いやりに生きること(慈悲)の実践拠点として、同院の創造的な試行錯誤が始まります。〈学び、癒し、楽しみ〉を核とした地域ネットワーク型寺院としての旅立ちでした。

 ただ、1997年4月に華々しくスタートした再建プロジェクトですが、ドーム型のコンクリート寺院が衆目を集め、「お葬式をしないお寺」「日本初のNPO型寺院」として喧伝されたにもかかわらず、助走期間はその後もしばらく続きました。「ハコだけはできましたが、人はほとんど寄り付きそうにありませんでした。こちらの願いと現実のギャップは大きく、寺は文字通りがらんどうで、再建当初の一年くらいはそんな不安な毎日が続きました」。その一方で、5月には神戸で酒鬼薔薇事件、11月には北海道拓殖銀行や山一證券の経営破綻など、地域や社会を支えてきた土台が根底から揺さぶられるような事件が相次ぎます。著者は改めて寺のあり方を自らに問いかけます。「人が場に求めるものは何か」「人と向き合う関係とは何か」と。

 やがていろいろな「場」づくりが具体的に始まります。トークサロン、演劇、美術展、箱庭療法、講演会、ワークショップ……異質性と多様性を進んで呼び込む「場」として、應典院は「激しく呼吸」をし始めます。そこに集まってくる主としてアート系の若者たち(フリーター、ニート、就職難民)と著者との対話は、いまの社会の断面を見るような、時代の地肌に触れるような感触があります。一方で、「震災チルドレン」と著者が名づけた一群の若者たちがいます。大学在学中に阪神淡路大震災の救援活動に従事した彼らは、仕事や働き方について、これまでの凝り固まった枠組みを外して、より自由に創造的に、社会での自立の道を模索し始めていました。著者はそうした若い人たちの、一方では「苦悩」にできるだけ寄り添いながら、一方ではその先駆性や独自性に学びつつ、「ジョブ寺」という新たなプロジェクトをスタートさせます。

 等々、次々と新しい提案を世に送り出していく力の源には、「葬式しかしない寺」には望むべくもない、仏教の本質的な何かがこの「場」には必ず立ち現れるはずだ、という直観があります。逆に言えば、いま寺は社会から何を求められているか、どんな役割を期待されているか――それに真摯に向き合うことなしに仏教の未来はない、ということです。

 最近のベストセラー『葬式は、要らない』(島田裕巳)が口火となって、日本の伝統とされてきた葬式仏教は次々とリストラされています。「散骨」「家族葬」「直葬」、お布施の目安を明示した最大手スーパー「イオンのお葬式」など、新手の葬送スタイルはまだこれからも登場するでしょう。このように「仏事のお世話係」という葬式仏教の定位置が脅かされる中で、著者はさらに興味深い動きを示します。2002年、大蓮寺に設けられた生前個人墓「自然(じねん)」による生前交流の場づくり。あるいは、それと並行して始められた「エンディングサポート(死を安心して迎えられるための情報提供サービス)」で、これは大蓮寺とNPOとの協働事業として進められています。いずれも、死を見据えながらいまをどう生きるか、という今日的なテーマに対する著者のチャレンジです。そこには、社会の無縁化が進む中で、寺こそがひとりひとりの人生に寄り添った死生観を形成する拠点にならなくては、という強い使命感があります。

 應典院を訪れた日、隣接する大蓮寺の広い墓地をしばらく歩き、それから大蓮寺の本堂に入っていくと、子どもたちの元気な声が響きわたっていました。敷地内にあるパドマ幼稚園(著者はその園長でもあります)の園児たちが、楽しそうに駆け回っている様子が目に飛び込んできました。連れの男性が思わず、「これはいつまで見ていてもずっと飽きないですね」と言いました。その通りだな、と思いました。人の生老病死に思いをめぐらすのに、ここはたしかにうってつけの場所だな、と。

「人は、あなたに出会って、わたしになる」――應典院が再建された当初のキャッチコピーだといいます。さまざまな人が訪れ、出会い、向き合い、気づき、生きる場をつなぎながら、この時代に要請される新たなお寺の物語がさらに書き継がれようとしています。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
────────────────────────────────────
定期購読(1年間5,600円、3年間15,000円 税込み・送料小社負担)
バックナンバーのご注文
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/backnumber.html
お問い合わせは下記まで。
新潮社「読者係」直通電話 03-3266-5111(平日10:00~17:00)
------------------------------------------------------------------------
Copyright(c), 2011 新潮社 無断転載を禁じます。
発行 新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
新潮社ホームページURL● http://www.shinchosha.co.jp/