【考える本棚】
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 酒井順子『金閣寺の燃やし方』(講談社)
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

事件が言葉となるとき------------------------------------------------------------------------

 2004年に亡くなりましたが、私にとって水上勉さんはとても懐かしい作家です。小説『良寛』を連載時に担当したことが付き合いの始まりでしたが、一緒に旅をしたり、成城のご自宅をはじめ、軽井沢、京都、長野のお住まいに訪ねた折々のことを、最近よく思い出します。

 ひとつには、「考える人」の最新号で仏教の特集をやったことが理由です。特集の巻頭グラビアで、兵庫県の山奥にある曹洞宗のお寺、安泰寺の9代目住職を務めるドイツ人のネルケ無方(むほう)師のレポートを掲載しましたが、これまで禅というものについて、私に一番多くを語ってくれたのは水上さんでした。若狭の貧しい家に生まれ、9歳半の時に京都の臨済宗の寺に修行に出され、19歳の時、「禅宗坊主の虚偽世界」に反発してそこから脱走し、還俗して作家の道を選んだ人です。そして寺を離れたがゆえに、後年は仏教への思いをふかめ、老境に向かうにしたがい、ますます純粋に禅の思想を問い続けました。

 思い出すもうひとつの理由は、原子力発電所との関係です。水上さんの故郷である福井県大飯郡本郷村(現・おおい町)には4つの原発があります。隣の高浜を含めると、大島半島には実に8つの原発が密集しています。かつては「水も出ない」不便な辺境だったふるさとが、貧しさから解放されて潤った。しかしそれは原子力発電所が林立するおかげ。簡単にはいえない問題だが、本当にそれでよいのだろうか――こう何度も尋ねられました。

「若狭は中世から京都にかしずいてきた」「地場産業のない半島が枇杷売りから、電気売りに変った。都市へ奉仕する側にあるのに変りはない」と、京都に対する愛憎半ばの感情が水上さんの中には渦巻いていました。そして、モノや金のおかげで贅沢はできるようになったが、心の貧しくなった人々の氾濫はさびしい限りだ、と語っていました。

 生き急ぐ人間が置き忘れていくものの価値を説く一方で、1985年、水上さんは故郷に「若州一滴文庫」という文化施設を建てました。ご自身の蔵書のうち約2万冊を収納した図書室と、竹人形文楽の公演を行う劇場、現代画家の装丁・挿絵の原画などを集めたギャラリーがある落ち着いた空間です。「ぼくと同じように本をよみたくても買えない少年に開放することにきめた」と、この文庫を紹介するパンフレットに思いを綴っています。「一滴文庫」という名前には、地元出身の禅僧・儀山善来(ぎざんぜんらい)の「曹源一滴水(そうげんいってきのみず)」という思想を受け継ぎながら、心の問題に向き合いたいという願いがこめられています。

 少し前置きが長くなりましたが、そういう思いを重ねながら手にしたのが今回の本です。昭和25年(1950)7月2日に、当時21歳だった一人の修行僧の放火によって金閣寺が焼失したことはよく知られています。この事件から6年後、31歳の時に三島由紀夫は『金閣寺』を書きました。一方、事件から12年後、43歳の時に『五番町夕霧楼』を書き、さらにまたその17年後に『金閣炎上』を刊行した水上勉。この同時代を生き、同じ金閣寺放火事件に着想を得ながらも、個性も作風も執筆の動機もまったく異なった二人の作家。彼らはなぜ金閣寺を書かねばならなかったのか。なぜ金閣寺は燃やされなければならなかったのか。それぞれの作家の歩みと作品の性格を比較しながら、二人の心象風景の中に「戦後日本と日本人の意識のありよう」を省察しようとした野心作が本書です。

 といっても、そこは酒井順子さんです。十数年ほど前、旅先の京都の書店で『五番町夕霧楼』の文庫本を手に取り、「何の先入観も持たずに読んでいた私は、そこでほとんど驚愕したのでした」とまずあります。愛読していた『金閣寺』と同じ事件をもとに、この小説が書かれたとはそれまでまったく知らなかった、と実にあっけらかんと語ります。こうしてひもとかれる話ですから、文芸評論といってもいい構えであるにもかかわらず、軽妙な語り口、茶目っ気のあるユーモア、時々の鋭いツッコミはそのままに、自在なスタイルの柔らかな仕立てとなっています。著者があえてこの作品をエッセイとする所以です。

 それにしても鮮やかな手際です。文学好きの読者には既知のことも多いでしょうが、二人の好対照ぶりが誰にでも分かるように、しかもここまでスッキリ整理されると心地良い限りです。出自にはじまり、「母と故郷」、「寺と戦争」、「美と女」、「生と死」といった章立てで、二人の遍歴を浮かび上がらせます。

〈東京の官僚の家に生れ、学習院、東大、大蔵省とエリートコースを進んだ上に、若いうちから作家として評価されていた、三島。対して、若狭の貧しい家に生れ、小さな頃から口べらしのために京都の寺に修行に出され、還俗後は仕事を転々とし、四十歳を過ぎてからやっと作家として一本立ちした、水上。作家という職業にたどりつくまで、日の当たる表の道を歩いてきた三島と、裏道をはいつくばるように進んできた水上の人生は、いちいち正反対。……しかし二人はそれぞれ、彼等の時代を生きた日本人を象徴する存在でもあるように思うのです〉

 こつこつと努力を積み重ねながら上をめざす真面目な働き者で、「表日本」を体現する三島。上をめざすことに変わりはないが、生涯、地べたを離れず、何を見るにも「下から目線」を貫くしたたかさを備えた、「裏日本」を代表する水上。

 三島の『仮面の告白』が、「永いあいだ、私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた」に始まることは有名ですが、その時、主人公が見ていたのは「産湯を使わされた盥(たらい)のふちのところ」にほんのりとさしている光でした。ところが水上にも生れた頃の記憶があるというのです。「生れて間もなく(といえばさだかならぬ記憶にちがいないわけだが)、わが耳にきこえたこの世の最初の音は、『おんどろどん』という得体のしれぬものであった、といまも思っている」と。こういうツボを巧みにかぎあてるのが、この著者ならではの技です。

 酒井さんらしいといえば、京都めぐり、日本海めぐり、汽車旅、歌舞伎鑑賞など、これまでの蓄積や持ち味が、この作品にもうまく盛り込まれています。それぞれの作家のゆかりの地を歩くくだりはいずれも発見があって面白いのですが、その中でも白眉といえるのは、金閣寺に火を放った林養賢の故郷・京都府舞鶴市成生を訪れる場面でしょう。バスも行かないような岬の突端に近い集落。「そこは恐いほどに静かなのでした。人っ子一人、歩いていない。一台の車にも追い越されないし、すれ違わない」。

 さらに進むと、集落への入口らしき道に竹竿が渡してあって、「これより先は漁港構内です 関係者以外はご遠慮願います」と書かれてあります。そこへ入っていく描写は、サスペンスタッチです。そして「自分が明らかな異物であること」を肌にひりひりと感じながら、養賢の生家である西徳寺を探し、さらには養賢の墓のある町へも足を運びますが、この閉鎖的なコミュニティの中で、病身の住職と余所から来た妻と、吃音の息子(林養賢)が「どんな思いで日々を過ごしていたの」かは、著者自身の緊張感を通して、切々と伝わってくるようです。

 これだけでも想像がつくように、同じ林養賢という人物の中に、三島と水上がいかに違うものを見ていたかは明白です。「太陽」を愛する三島には、養賢に対する感情移入はありませんでした。「三島は、自らの思想地図を説くのに最も適当な狂言回しとして、林養賢をピックアップしました。三島は、金閣寺放火事件という出来事のガワを借りて、そこに自らの思想を充填したのであり、だからこそ『金閣寺』は、小説なのです」。

 対して「裏や陰」を愛する水上にとって、彼は実に「好みのタイプ」でした。「林養賢が立っていたのは、日本の、そして仏教界の、『下』であり『底』であり『裏』。そんなじめじめした地帯にこよなく親しみを抱く水上は、養賢の脇に立って事件を追体験したのであり、だからこそ『金閣炎上』はノンフィクション(であると私は認識しております)なのです」。

 三島は金閣寺を焼いたという犯罪の新しさ、「美への嫉妬」という養賢の言葉には鋭く反応しましたが、人物そのものに同情や愛着はありませんでした。逆に水上は、京都の寺の生活の底に澱んだ「どろどろしたもの」にも思いを寄せながら、「土のにおいがしそうな不幸」を何重にも背負った青年に哀切の情を抱き、三島が『金閣寺』で切り捨てた部分にこそ自分のテーマを見出そうとしました。当然、養賢がなぜ金閣寺を燃やさなくてはならなかったか、という事件の根本的な解釈には決定的な違いが生れます。まさに「金閣寺の燃やし方」はまったく異なる様相として表れたのでした。

〈燃える前の金閣寺を特に美しいと思っていたわけでなく、上空から見たような観念上の美の物語として「金閣寺」を書いた、三島。そして、金閣寺を見ても、「どんな人がどんな苦労をしてこれを作ったのか」と思い、下から金閣を支えていた庶民の労苦に美を見る、水上。それぞれの美意識の上に成り立つ両者の作品は、同じ事件を題材にしながらも、全く違う方向を向いた小説なのです〉

 こうして二人の作家の仕事と人生を行きつ戻りつしながら、筆者は金閣寺をさまざまな角度から眺める機会を持ちました。そして「神聖でありつつ、まがまがしい金閣。刹那的でありつつ、恒久的な金閣。相反する要素を共存させるその様は、次第に生きもののような存在感で、私に迫ってきた」といいます。

 さて、ここからはほとんど妄想なのですが、いつの日か、今回の震災について小説が書かれる時期というのが訪れるでしょう。どの視点から、何に思いを寄せて、どういった作品が構想されるのか。そこへ向けてどういう言葉が用意されていくのか。誰がどのような「情熱の燃やし方」を見せ、それが形になるのは何年後か。まだ道のりは、杳として見えません。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
────────────────────────────────────
定期購読(1年間5,600円、3年間15,000円 税込み・送料小社負担)
バックナンバーのご注文
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/backnumber.html
お問い合わせは下記まで。
新潮社「読者係」直通電話 03-3266-5111(平日10:00~17:00)
------------------------------------------------------------------------
Copyright(c), 2011 新潮社 無断転載を禁じます。
発行 新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
新潮社ホームページURL● http://www.shinchosha.co.jp/