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 トリビュート・フェアへ
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「小沢書店のブックフェアをやってるよ」という連絡をもらって、一瞬、頭が混乱しました。「流水書房の青山店で」と言われて、いよいよ驚きました。小沢書店は1972年に、早稲田大学在学中の長谷川郁夫さんが興した文芸出版社です。しぶ好みの文学ファンに愛され、多くの名著を世に出しましたが、2000年9月に倒産して、もういまはありません。新刊書店でどんなフェアをやるのか、自分の目で確かめなくてはと出かけました。

 実は、このお店は今回が初訪問です。地下鉄銀座線「青山一丁目」の駅の上のビル内ですから、この界隈の住人や勤め人が主たる利用客なのでしょう。60坪ほどの、そんなに大きな店舗ではありません。その一角に、今回のテーマにふさわしく、控えめなコーナーがありました。「小沢書店の影を求めて 1972~2000」。棚に並ぶ本を眺めれば、その意図がすぐに分かります。あえて詳しく書きませんが、なるほどこういう展開を考えたのか、と理解と愛情の深さに感動しました。「小沢書店の本のない、小沢書店をめぐる、小沢書店について」のフェアです。

 傍らに、深い紺色の表紙の小冊子が置かれていました。作り手のセンスのよさを感じさせる体裁のもので、小沢書店の刊行順総目録になっていました。このフェアを思い立った経緯が最後の頁に記されていて、思わず全文を引用したくなるような文章です。冒頭の部分だけを抜書きしてみます。

〈小沢書店のことが気になっていました。古本屋で見かけるたび手にとって、ページを開いてパラパラと眺めました。少し潔癖すぎるような気もしましたがその装丁はいつもなにか目について、手にとってしまう、そんな力を持っていました。読むたび行き届いた編集に静かに興奮を覚えました。いつか、社主であった長谷川郁夫さんの文章に出会いました。それはかつての小沢書店の本のような快い風を纏っていました。いったい小沢書店とはどんな出版社だったのだろうか。そんな疑問にやすやすと答えを与えてくれるような本には出会えませんでした〉

 このフェアを企画・担当した人は、あいにくこの日はお休みでした。是非お会いしたいので出直すことにしましたが、帰り際に棚を改めて見渡すと、内堀弘さんの『ボン書店の幻――モダニズム出版社の光と影』(ちくま文庫)が目に入りました。なるほど、まさにこの本みたいに、小沢書店もまた、ひとりの情熱によって記憶の彼方からふたたび影を現したのだな、と思いました。そう思ってから、「ボン書店」の解説は、そうだ、長谷川さんが書いておられたな、と気づきました。

 ちょうどいま雑誌「BRUTUS」(マガジンハウス)6月1日号では、「本屋好き。」という特集が組まれていて、「スタイルのある全国の本屋200店」が取り上げられています。どれくらい知っているお店があるかと目を凝らして見ると、いくつかゆかりのある場所が紹介されていました。大きく取り上げられていたのは、鳥取駅前の商店街にある定有堂書店。ちょうど1年前に立ち寄った日は、あいにく店主の奈良敏行さんが不在でしたが、「町の本屋」の雰囲気を大切に残したアットホームな空間でした。つい先週、32歳の長崎健一社長と知り合ったばかりなのは、熊本市にある長崎書店。創業122年という老舗で、近年思い切ったリニューアルを断行したと聞いたばかりです。 50年続いた本屋を閉じる寸前まで追い込まれて、乾坤一擲の勝負に出たのは札幌のくすみ書房。売上下位の文庫本を取り揃えた「売れない文庫フェア」は地元メディアの話題となって、店に賑わいが戻りました。社長の久住邦晴さんはやわらかい発想の持ち主で、その後も「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」、「大人たちこそこれを読め!」、「これが売れない中公文庫ほぼ全点」などなど、ユニークなフェアを連発しています。

 千駄木の往来堂書店、早稲田のあゆみブックス、代々木上原駅前の幸福書房、その界隈を通る時は、いまでもできるだけ立ち寄ることにしています。谷内六郎さんの外壁タイル画が目印の青山通りの山陽堂書店。こちらは創業121年目の節目を迎え、この6月3日にギャラリーがオープンする予定です。

 盛岡のさわや書店、さいたま市の須原屋、国立の増田書店、京都の恵文社一乗寺店。どこにも思い出があります。嬉しかったのは、和歌山県日高郡日高川町初湯川のイハラ・ハートショップもちゃんと入っていたことです。一昨年、東京国際ブックフェアのセミナーで店主の井原万見子さんとお会いして、即刻、彼女の『すごい本屋!』(朝日新聞出版)を買いに走りました。彼女のブログには旧美山村の四季折々の風景や子どもたちの様子が紹介されていて、「山の本屋」さんはとても身近に感じられます。「BE-PAL」(小学館)6月号「ゲンキな田舎!」でも取り上げられていて、いままた注目が集まっているみたいです。

 こうして見てくると、私はセレクトショップのような洒落た本屋さんよりも、昔ながらの町の本屋に愛着を感じていることがよく分かります。ただ、最新の調査(2011年5月1日)によれば、日本の書店数は1万5061店で、前年より253店減だとか。商いとして依然厳しい状況にあることは変わりませんが、あの店主がいるから、あの店員がいるから、という理由で、フラッと足を向けたくなるお店には、何とか生きのびてほしいと願うばかりです。それは飲食店でも、温泉宿でもまったく同じですが……。

 さて、改めて「小沢書店フェア」に行ってきました。担当した秋葉直哉さんにもお会いしました。29歳。うー若い。青山ブックセンター本店などを経て、こちらに異動したのが半年前だといいます。この間に手がけたフェアでは、「父についてかたる子」や、草森紳一さんと植草甚一さんとを並べた「しんいちとじんいち」などがあるそうです。それにしても、今回の準備はかなり大変だったでしょう、と聞くと、「半年くらい準備したでしょうか」と。「まずは刊行リストを作って全貌を掴まなければ」と思い、国立国会図書館で調べ、あとは小沢書店の昔のPR誌「Poetica」や古い本にはさまっていた刊行案内をチェックしたり、相応の苦労があったようです。その成果が計631点の刊行物を時系列的に網羅した小冊子です。「まだ抜けがあるかもしれませんが、9割5分はカバーできたのでは」。

 肝心の長谷川郁夫さんとはなかなか連絡が取れなくて、やっとそれがかなったのはフェア初日のことでした。そしてその夜、宴席にいた長谷川さんと初めて顔を合わせることになったといいます。「きっと怖い方だろうと思っていたら、気さくにいろいろ話して下さって、フェアのことも喜んでいただきました」と。秋葉さんもさぞや緊張したと思いますが、長谷川さんはもっと驚いたに違いありません。何の前触れもなく、いきなりトリビュート・アルバムを手渡されたようなものですから。

 労作であることもたしかですが、小冊子の体裁が素晴らしいと言うと、「全部手作りでやりました。家のプリンターで印刷して、自分で糸を綴じました。カバーのデザインは1976年に小沢書店から出た岡田隆彦『日本の世紀末』の装幀を見て、これなら自分でもできるかなと」。なるほど、言われてみればその通りです。さっそくわが家にある現物で確かめました。

 29歳ということは、大学2年生の年に小沢書店が倒産したそうで、新刊でこの書肆と接点をもつ機会はなかったと言います。そういう人が、ある時から森を分け入るようにして、小沢書店の影を求めて歩き始めたというところに面白さを感じます。本というものの魅力と可能性はこういうところにもあるのでしょう。いま経産省プロジェクトとして「フューチャー・ブックストア・フォーラム」といった事業が始動していますが、肝心なのは「好きなことを仕事にしている」と感じさせる書店には必ず人がついてくるという点です。秋葉さんが次にどういう企画をやるのか、棚の表情の変化を見るのを楽しみに、また立ち寄ることになるでしょう。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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