【考える本棚】
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 西芳照『サムライブルーの料理人』(白水社)
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出陣前のおにぎり------------------------------------------------------------------------

 李忠成選手の鮮やかな左足ボレーシュートがオーストラリア・ゴールに突き刺さり、日本代表チームがAFCアジアカップを制したのは、今年の1月29日でした。ずいぶん昔の試合のような気がします。私たちの日常の流れを完全に断ち切った、これも大震災の影響に違いありません。何もなければ、3月末にはキリンチャレンジカップ2011が開催され、7月にはアルゼンチンで開かれる南米選手権に日本代表チームは向かっているはずでした。その際は、この本の筆者も当然、招集されていたはずです。

 西芳照さんはサッカー日本代表チームが海外遠征するときの「帯同シェフ」です。ジーコ、オシム、岡田、ザッケローニ監督のもとで7年にわたり、50回以上の海外遠征試合に付き添い、世界と戦う選手たちを「食」の側面から支えてきました。ふだんは福島県楢葉町にあるナショナルトレーニングセンター、Jヴィレッジのレストランで総料理長を務めています。代表チームの食事を食べたことこそありませんが、Jヴィレッジでは以前ビュッフェスタイルのランチを楽しみました。知る人ぞ知る、あの西さんがどこかにおられるのだろうな、とそのとき想像したものです。

 本書はピッチの上に立つ選手の裏方として、サッカー日本代表に「最強のレシピ」を提案してきた専属シェフの奮戦記です。舞台裏のドキュメントには違いありませんが、「楽屋話を大公開!」といった趣とは対照的な、筆者の人柄そのもののような節度ある一冊です。自分と選手との間のどこに一線を引けばいいのか――彼のプロフェッショナリズムが随所に顔を出します。

〈私は長年料亭やレストランに来ていただくお客様に食事を提供する立場にいます。お客様の喜ぶ顔が見たい、おいしいと言ってもらいたい、という気持ちが料理をつくる原動力になっています。代表選手やスタッフを大事なお客様だと考え、その人たちが求めることに対応するのは職業的な性(さが)なのです。 しかし日本代表チームのサポートスタッフとしては、選手に対してお客様としてではなく、同じチームの一員として接することが求められます。サービス精神を発揮しすぎて、選手のリクエストのすべてに応えようとしてしまうと収拾がつかなくなるでしょう〉

 そして「選手たちがサッカーのこと、そして試合のことだけに集中できるように」努め、「無事に遠征を終えて元気に帰国できる」ために「自分も持てる力の二〇〇%を出し切ろうと決意をあらたにし」たとあります。

 では具体的に、帯同シェフに求められることというのは何でしょうか。第一には、衛生管理の徹底という課題です。そもそも西さんが日本サッカー協会からこの件を依頼されたのは、2004年3月、アラブ首長国連邦の首都、アブダビで開かれたアテネオリンピックアジア地区最終予選で、U23日本代表チームの選手が次々と下痢や腹痛に見舞われ、ピッチに立つのもやっと、という事件が起こったからでした。選手にとって、水や食べ物をおそるおそる口にすることは、試合とは関係のないところで大きなストレスになります。食事全般を管理する料理人への信頼感は不可欠です。

 次には栄養と食欲増進を考えたメニューづくりです。たとえば、サッカー選手のように走り続ける持久力が求められる人たちにとっては、エネルギー源となる炭水化物をしっかり摂取することが重要です。そうした栄養面とあわせてメンタルな意味からも、たくさん食べてもらうことが重要です。「選手たちが日本でふだん『おいしい』と思って食べているものと同じ料理を、同じような味つけで出す」のがその秘訣なのだとか。「代表に来て、西さんがつくってくれるおにぎりを見ただけで幸せな気分になる」(中村俊輔選手)というように、選手がストレスなく料理をたくさん食べられて、それが試合での最高のパフォーマンスにつながることが、帯同シェフの使命だというわけです。

 とはいえ、環境の違う国や地域でこれを実現するのは、そんなにたやすいことではありません。2004年のAFCアジアカップはそれでなくとも、異様な雰囲気の中での大会でした。一次リーグの舞台となった重慶は、中国の中でも反日感情のとくに強い地域でした。当時の首相が靖国神社を参拝したことなどで、スタジアムには「アウェイの洗礼」という以上の殺気立った空気が充満していました。重慶のホテルの厨房は狭く、そこのスタッフとは言葉も通じません。「こんなことで負けるものか」――逆境の中で西さんは奮い立ち、ピッチの外で人知れず戦いました。

 食材の準備、調達にも細心の注意が必要です。日本から持ち込むものを何にするか。シェフの差配、創意工夫が重要であることは言うまでもありません。ワールドカップ南アフリカ大会では、高地対策としてスイスで事前に「高地順化トレーニング」をやったことがベスト16進出の快挙につながったと言われています。同様に、「高地でもおいしいごはんを」と西さんが持ち込んだ圧力鍋は、現地で大活躍しました。「フンワリ、そしてしっとりねっとりした『正しい日本のごはん』という風情のごはん」を選手たちに毎日食べてもらいたい、という切なる願いからでした。メニューの点でも「鉄分補充」「糖質補充」「抗酸化物質(ビタミンEなど)の摂取」を基本に、レバー、アサリ、ひじき、切干大根など、これまで遠征先であまり使ったことのない食品を持ち込み、調理法にも工夫を凝らしたといいます。

 また海外遠征中に、練習やミーティング以外の時間で、チーム全員が集まる場面は食事の時しかありません。緊張した時間が続く中で、皆が揃ってとる食事はリラックスできる数少ない機会です。さらに、「選手たちはふだん別々のチームでプレイしていますから、顔は知っていても話をしたことがない人たちも多い」わけです。「食事の時間はコミュニケーションをとって、お互いをよく知り、よきチームメイトとなるチャンスでもあります」。

 西さんが編み出した「ライブクッキング」は、その意味でも「画期的」(中村俊輔選手)でした。「ビュッフェテーブルの一隅にコンロを並べ、選手たちの目の前で、彼らの注文を聞いてからパスタやうどんをゆでたり、肉を焼いたり」するエンタテイメント型の調理ですから、会話の糸口がここからいろいろな形で生まれました。ジーコ監督も目を細めて絶賛したそうで、徐々にバージョン・アップしながら現在にいたっているといいます。「ライブクッキングで何をつくってもらうかを考えるだけで、食事がますます楽しみになる」と選手たちの沸き立つ様子に、遠征中の心模様も見えるようです。

 では、西さんの目に選手たちの姿はどのように映っていたのでしょう。先ほど例に挙げた、2004年アジアカップの時――中国人観客から激しいブーイングを浴びせられる中で、チームは逆にまとまり始めていきました。

〈勝ち進んでいくうちに、サブのメンバーをふくめてチームとしての一体感が育まれていったのが、食事会場で接しているだけの私にも手に取るようにわかりました。とくに私が感銘を受けたのが、三浦淳宏選手や藤田俊哉選手といったベテランたちが、チームを一つにまとめようと心を砕く姿でした〉

 ところが、2年後のワールドカップドイツ大会では、食事会場で微妙に違う空気を感じます。「テーブルにつく選手がスターティングメンバーのグループとサブのグループとに分かれているのです。それぞれがかたまって別々のテーブルで食事をしていて、選手の間に壁があるのを感じました」。

 では、下馬評がこれ以下はないというほど惨憺たるものだった、ワールドカップ南アフリカ大会はどうだったのでしょう。直前のスイス合宿中のある日、西さんはライブクッキングではじめてラーメンを出します。歓声をあげてラーメンを食べている選手たちから目を転じて、ふと監督が座っているテーブルのほうを見た時です。「なんと監督も醤油ラーメンを食べながら笑みを浮かべているではあ

りませんか!」。

〈岡田監督の笑顔を見たのはいったい何カ月ぶりでしょうか! 岡田監督は冗談が好きで、気さくに話をされるあたたかい人です。話題が豊富で、実にさまざまなことについてユーモアを交えながらおもしろく話されます。ふだんの岡田監督を知っているので、代表監督になってからの険しい表情を見るたびに心配していました。代表監督とは、なんとプレッシャーのきつい仕事なのだろう、とため息をつきたくなる思いでした〉

 帯同シェフの思いがよく伝わってきます。元来はサッカーにほとんど興味がなかったという西さんは、いまでも「熱心なファンではないことを少し申し訳なく思っています」という人です。しかしながら、実はこの距離感がサポートスタッフとしての自覚と仕事への集中力につながっていることは明らかです。そこに彼の料理人としてのプロ根性が注入されます。

 この本の帯には阿部勇樹、田中マルクス闘莉王、中澤佑二、中村俊輔、長谷部誠選手らの謝辞が並んでいますが、この1月、4度目のアジアカップ優勝を飾った瞬間に、ピッチで選手たち一人ひとりと抱き合い、喜びを分かち合う人の輪に、西さんの姿もありました。指揮官がザッケローニ監督に代わり、新しい若手選手がチームに加わり、スタッフの顔ぶれも変わった中でのビッグ・タイトルの獲得でした。

 その約40日後に、東日本大震災が起きました。そしてこの本の末尾には、「追記」という形で版元の一文が掲げられることになりました。

〈本書の制作が最終段階に入った二〇一一年三月十一日、東日本大震災が起こり、著者、西芳照氏が暮らす福島県でもたいへんな被害が出ました。幸い、西氏と家族は無事でしたが、西氏がこよなく愛している故郷の地が深い傷を負ったことに悲しみを禁じえません〉

 試合当日、出陣前の選手たちにとって、おにぎりは欠かせないアイテムです。その必勝のおにぎりのために、西さんはあるときから実家のお米を持ち込むようになりました。「つくる現場に立ち会っているので、農薬をむやみに使わず、安心して食べられることは太鼓判を押せます」という「こしひかり」です。そして、「山では春にはわらびなどの山菜、秋には香茸や松茸などキノコ類がとれ、海に目を向ければ良質のヒラメやスズキの水揚げで有名な請戸漁港があります。山の幸にも海の幸にも恵まれた土地です」というお国自慢から、この本は始まっていました。「食べ物をつくる環境で育ててもらったことを感謝しています」とも。

 そのふるさとが「深い傷」を負いました。また西さんが総料理長を務めているJヴィレッジは、いま福島第一原発事故の対応拠点として、作業員と自衛隊員の前線基地となり、事業再開のメドは立っていません。

「いつもスマイル! 何があってもいつも笑顔で楽しく働こう」「逆境になればなるほど、『これを克服するのはおもしろいぞ!』と楽しむこと」を自分は心がけてきた、という筆者に、私たちはどういう形で「帯同」することができるのでしょう。それを図らずも、問いかけられていると思うのです。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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