【考える本棚】
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 板坂耀子『江戸の紀行文 泰平の世の旅人たち』(中公新書)
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『おくのほそ道』は変り種------------------------------------------------------------------------

 先週のメールマガジンに思いがけないほど多くの反響があって驚きました。8月初めに夏季休暇を利用して岩手・三陸海岸の被災地をまわり、その後、遠野で自然農場を営む友人の多田克彦さんを訪ねて、彼の被災地支援活動について話を聞かせてもらったという内容です。多田さんという、きわめて現実感覚にすぐれた実践家の存在に感銘を受けた、と言う人が大半でした。

 これまで多田農場の製品(ヨーグルトやプリン)を通して名前は知っていたが、あるいは「現代農業のオピニオン・リーダー」として敬愛していたけれども、その多田さんがああいう人だとはまったく想像していなかったという声。震災直後の“高揚感”が消え、「祭りのあと(ポスト・フェストュム)」的な抑うつ気分が漂うなかで、多田さんの話を聞いて勇気づけられた(希望を感じた)という反応。さらには、「ボランティアとして東北へ行きたい」と言っている海外の若者たちを多田さんに委ねることはできないか、という相談までありました。

 いろいろな反響を聞きながら思ったのは、被災地の復興に向けて、「では、自分はいったい何ができるのか」といまなお問い続けている人が多い、ということでした。その求めに対して何らかの具体的な示唆を与える人の存在、アイディアや手がかりをずっと探しあぐねていた、という感じが伝わってきました。このメールマガジンを書き始めて1年少々ですが、こんなに反応が寄せられたのは初めての経験です。多田さんの取組みは「息の長い“支援活動”」だと書きましたが、また機会を見て続編をお伝えできればと思います。

 さて、今回ご紹介するのは、江戸時代の紀行文の全体像を明快に示した好著です。『伊勢物語』『土佐日記』『十六夜日記』などを経て、江戸期にも日本人の旅行記は盛んに書かれていたといいますが、これまで適当なロード・マップを手にする機会がありませんでした。本書が出たのは今年の1月末で、実は昨年末に刊行した「考える人」2011年冬号の特集「紀行文学を読もう」には間に合いませんでした。とても残念でした。というのも、江戸時代にかくも多彩な紀行が書かれ、これほどにも豊かな広がりを持ち、それが「ほぼそのままに明治以降の紀行にもひきつがれていった」とは、予想をはるかに超えていたからです。

 それもそのはずです。「江戸時代の紀行全体についていうと、二千五百点を超えて現存する作品の大半がまだ活字にさえなっておらず、三十年ほど前までは、存在さえも無視され、『面白くない』『つまらない』『文学的に価値がない』というのが学界の定説だった」というのです。それに対して、このジャンルを徹底的に読み込んできた著者が、従来の「定説」に静かな退場を促しながら、江戸期の紀行文学の魅力を縦横に語ったのが本書です。

 書名から最初に予想した目次は、松尾芭蕉、菅江真澄、松浦武四郎、高山彦九郎といった著名人たちの名前でした。ところが、その誰一人の名前もなく、「『おくのほそ道』は名作か?」という刺激的な第一章のタイトルが目に飛び込みます。ページを開けば、『おくのほそ道』は確かに文学の名品かもしれないが、江戸時代の紀行としては、「ひとつまちがったら名作どころか迷作になったかもしれないと言いたいぐらいの異色作であり、作為にみちて無理をしている不自然な作品である」と断じられています。

 この点は上田秋成がつとに指摘していたように、中世の時代ならいざ知らず、江戸の泰平の世にあっては、好んで旅に出る人、旅を楽しむ人がもはや主流であるにもかかわらず、「それ以前の古い紀行が基調にしていた、『都をはなれて地方にいく恐怖と悲しみ』『日常を捨てて非日常の毎日を過ごす不安と緊張』を、そのまま受け継ぎ、再現してみせた」のが『おくのほそ道』だというわけです。つまり、「物語の枠」にしたがって「現実を生きる作業」を意図的に選びとったのが芭蕉であり、その虚構性はドン・キホーテが騎士物語の“夢想”に生きようとしたことに似ている、という指摘です。

 一方で、芭蕉に代わって、江戸の代表的紀行家として挙げられている名前が、またビックリです。18世紀後半の大旅行家である橘南谿、古川古松軒はよしとして、朱子学の大家である林羅山、『養生訓』『女大学』の貝原益軒、国学者の本居宣長、それに石出吉深、土屋斐子(あやこ)、小津久足(ひさたり)という、私にとってはまったく「無印」の顔ぶれがそれぞれ一章を割いて詳述されています。意外という他ありません。

 この見取り図の前提としては、まず旅を取り巻く状況が江戸期になって大きく変化した、ということを考慮する必要があります。日本の古代から中世にかけては、旅は危険で困難なものでした。また、国全体が不安定で未知の地域が多かったために、故郷をはなれて旅をすることは辛く悲しい体験でもありました。ところが、江戸時代になると、「全国の政情はほぼ安定し、治安は保たれ、旅は従来の緊張感が薄れ、娯楽化して」いきます。また地方文化が発展して、都と地方の落差も少なくなります。

 すると、人々が紀行に求める要素も次第に多様化し、『土佐日記』に始まる伝統的な紀行のように「旅をした誰かの心情を味わう」という目的だけでない、新たな読み手の要求が生まれてきます。つまり、実際の旅に役立つ実用書や「面白い」旅の体験記、あるいは実際には旅に行けない人が「内面の旅」を体験するための紀行が読まれるようになります。このような状況変化のもとに、江戸期は実に2500点を超える紀行が書かれました。そして、それらの作品は当時の旅と旅人の現実を生き生きと描き出しながら、新しい紀行文学の世界を開拓し、発展させたというのが著者の主張です。にもかかわらず、それらの大半がまだ活字になっていないというのですから、「宝の山」は存在しないも同然だったわけです。

 では、具体的に紀行の主流を担ったのはどのような人たちだったのでしょうか。真っ先に挙げられているのが、朱子学の代表的な学者、林羅山です。羅山は古代の地誌や辞書の出版に関わった経験から、地誌的な記述に力を注ぎ、「感傷性のない明るく客観的な」作品を著します。「項目ごとに短く一話をまとめ、漢詩も交えて歯切れのいい文体で綴る内容は、それまでの紀行とは明らかに異なって、知的で明るく、旅の憂いなどとは縁遠い」新しい紀行の基礎となります。

 その流れをさらに推し進めたのが貝原益軒でした。筑前福岡藩の藩士で歴史と地誌の大著をものし、朱子学者であると同時に、本草学を発展させ「日本博物学の祖」とされる科学者です。彼は紀行作品も数多く書きました。しかも、それらは広く読まれて版を重ね、後代の紀行家たちには信奉者も多く現われました。「近世紀行の主流の源」と位置づけられる所以です。地誌として徹底し、簡素で平明な文章で、「実用性」と「正確さ」を重んじる作風です。一方で、ストイックな人柄、創作態度からにじみ出る文章の「巧まずして生まれる美しさ」など、すぐれて文学的な魅力も彼の紀行には備わっていました。

 一人ひとりを詳述する余裕はありませんが、こうしてクローズ・アップされる紀行作家の人選や作品評には、門外漢である私たちをも覚醒するような仮説と意外性が含まれています。たとえば、「からごころ」を排除し、『源氏物語』などの伝統を引く擬古文スタイルを採った宣長が、なぜ擬古文の「冗長さや難解さ」から免れることができたのか、という説明では、彼の文章が「自身が批判した漢文の明晰さや論理性を有効にとりいれて」いたからだ、と著者は述べます。

 また、明るい筆致で自己の内面を巧みに描いた宣長は、「個人の感情にあえて目を向けなかった」貝原益軒らの紀行スタイルに、「再び個人の文学としての魅力を加えることに成功した」とも。その一例として挙げられているのは、ある宿の主人が吹聴する名所古蹟のトンデモ解説ぶりを、克明にユーモラスに叙述する宣長です。それは、私たちが抱いているあの国学者のイメージではありません。「古へをしたふ心」にとっては何とも興ざめな現実を前にしても、「時代は変化する。今と昔はちがう。それはそれでいい」と大らかな姿勢を崩しません。この宣長の鷹揚な人柄は、本書で出会った余得のひとつです。

 同様に土屋斐子という「一人の知的で身分も高い東国の女性」が、夫の赴任にともなって移り住んだ関西の地で「もう一つの文化圏を、ゆるやかに時間をかけてうけいれてゆく」過程を綴った『和泉日記』のこと。あるいは、小津久足という、現存するだけでも約50点におよぶ多くの紀行を著した伊勢松坂の豪商のこと(小津安二郎はその子孫にあたるそうです)。

 彼らはいずれも未知の人物でしたが、その作品の読みどころが周到に原文引用されていて、その妙味を楽しむことができます。小津久足は研究者の間でもほとんど知られていない存在だということですが、彼の『陸奥日記』は「江戸時代の紀行の到達点」であり、「芭蕉の『おくのほそ道』とはまったく異なる、みちのくの旅を、読者は味わうことができるだろう」と著者は推奨しています。こうして、江戸の旅を深め、大いに語らった先人たちの蓄積が、明治維新をはさんで近代の紀行作家たち――志賀重昴の『日本風景論』などにひきつがれていったという流れも、よく理解できる叙述となっています。

 ともあれ、著者の築き上げてきた膨大な文献渉猟の成果と知見が、これほどコンパクトにまとめて示されたことには感謝するばかりです。新書という本の形態のありがたさも、また改めて感じるところです。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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