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 がんばれ、縄文人
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 先週のこのメールマガジンで紹介した星野博美さんの『コンニャク屋漂流記』(文藝春秋)もそうでしたが、今年度の小林秀雄賞を受賞した高橋秀実さんの『ご先祖様はどちら様』(新潮社)は、まさに自分の先祖はどういう人なのだろう、という興味から始まったルーツ探しのノンフィクションです。芸能人の「家族史」に焦点をあて、彼らのアイデンティティを見つめ直そうというNHKの「ファミリーヒストリー」という番組も続いていますし、自らの来歴を確かめたいという志向は、いま静かなブームを迎えている気がします。

 それにしても、高橋さんの作品で、何度読んでも笑ってしまうのはその書き出し(ルーツ探しのきっかけ)です。ある結婚披露宴に招かれた氏は、そこで同業の先輩男性と初めて顔を合わせます。宴がお開きとなって会場を後にしようとした時、背後から声がかかります。「お前、来週の水曜日、時間ある?」(……来週ですか?)「詳細は後でファックスするから」。

 そして、当日その指定の場所に出かけると、先輩はいきなり「スーツ何着持ってるの、お前」に始まり、「年収いくら?」「それで喰えるの?」などと矢継ぎ早に尋ね、「よくやってるよ、お前」などと肩を叩きます。いつしか「俺たち」と言い始めた先輩は、やがて、しみじみと呟きます。

 「俺たちにはつらい世の中だよ」(……そう、なんですか?) 「俺もつらいけど、お前はもっとつらいと思うよ」(……えっ、そうなんです か?) 「そうだよ」(……なんで、ですか?) 「なんてったって、お前は最後のジョウモンだからな」(……ジョウモン?) 「縄文人だよ」(……最後の?) 「そう、最後の」(……はァ)

 そして情報化社会を軽快に生き、楽しげに振舞っている弥生人たちに対し、「俺たち縄文人」は「過去の遺物」のように扱われ始めていると、いまの境遇を嘆きます。では縄文人とはどういう人なのか、と疑問が芽生えたところで、筆者はこの受賞作のテーマを手にするわけです。

 ところで、縄文人、弥生人と言われて、私がすぐに思い浮かべてしまうのは日本人の顔の対比です。最近の人類学の研究によれば、日本人には二つの顔のルーツがあるようで、その一つは、数万年前に南方から直接日本列島に入ってきた人たちです。縄文時代にすでに日本列島に存在していた人たちという意味で「縄文人」という言い方をします。もう一つが、二千数百年前に(つまり比較的最近に)、シベリアを含めた大陸の奥から南へ下りてきて、朝鮮半島を通って日本に来た人たちです。彼らが日本に農耕文化を持ち込んで弥生時代をもたらしたので、「弥生人」と呼ばれています。

 こうした分類は原島博さん(元東京大学大学院工学系研究科教授・電子情報工学)から教えていただきました。原島さんは「日本顔学会」(1995年発足)の設立メンバーのひとりで、「顔学(かおがく)」のスポークスマンとして、世界に例を見ないこのユニークな学会を牽引してこられました。学会が扱うテーマは幅広く、実に学際的なのですが、その中のひとつに「日本人の顔の変遷」がありました。

 縄文人とは、具体的には彫りが深く、立体的な顔です。濃い眉。二重まぶた。隆起した鼻。厚い唇。豊かな耳たぶ。ひげも濃く、顎など顔全体が角張っています。歯は小さめで、噛み合わせが良く、全体的な印象でいうと、縄文人は濃厚顔、ソース顔で西洋人に近いと言えます。おそらく「先輩」は初めて会った高橋さんの顔に、自分と共通する何かを感じて、親しみを抱いたのだと思われます。

 一方、弥生人は北の寒い地域で暮らしていたので、厳しい寒冷地に適応した顔になっています。なるべく顔から熱を逃がさないように、顔の表面積を狭くするために、でこぼこのないのっぺり顔が特徴です。薄い眉。目の上のまぶたが厚く、一重まぶた。切れ長の目。筋が通った鼻。薄い唇。ひげは薄く、丸めの顎です。また凍って取れてしまわないように、耳たぶが小さくなっています。歯は大きく、上が出ています。全体の印象では、淡白な顔になっていて、ショーユ顔で東洋的です。世界的には特別な顔で、それだけ寒冷地の環境が厳しかったと見られています。

 そして歴史的には、後から渡来した弥生人は中国の進んだ文化を日本に持ち込んできましたから、先住民である縄文人に取って代わって支配階級になりました。したがって、いわゆる貴族顔は弥生顔であり、「それに対して縄文顔は、弥生顔をした貴族の人から見ると、地方に出ていくと襲ってくる恐い顔というイメージでした」。鬼のお面の顔が、ほとんど縄文顔を強調したイメージになっているのは、そういうことからも理解できます。いまの日本人の顔は、縄文顔と弥生顔をミックスしたものになっており、ふたつの顔に上下の別はなく、ショーユ顔かソース顔かはもはや趣味の問題です。

 ――以上、原島博さんの『顔学への招待』(岩波書店)に導いていただきましたが、そこでさらに指摘されているのは、どうも戦後半世紀の間に、日本人の顔には「ひょっとしたら数百年分の変化」が起きているのではないか、ということです。それは次第に顔が小さくなっている――それも顔の下半分、特に顎が小さくなっているという事実です。そして、この「小顔」傾向は、戦後日本の食生活の変化と密接な関係があるというのです。つまり、柔らかい食べ物が主体になり、食事時間も短くなってきたために、噛む回数が極端に少なくなり、それによって顎の発達が阻害されて小さくなっているというわけです。もしこのままの傾向が続くとすれば、100年後の日本人の顔は「顎が極端に小さい逆三角形顔」になるというのです。ということは、顎など顔全体が角張っている縄文顔は、やはり「過去の遺物」になりつつあるということなのでしょう。

 また顎が小さくなれば、当然ながら歯がそこにおさまりきらなくなります。歯並びが悪くなることは避けられません。これは外見上の美的な問題だけでなく、噛み合わせが悪くなることで咀嚼能力の低下を引き起こします。言うまでもなく、顔についている器官のうちで、鼻、目、耳よりも早く、最初にできたのは口です。つまり、これは生き物として最も基本的な栄養摂取の機能が退化することに他ならない、という言い方も可能です。その意味でも、世の小顔ブームは“未来顔”の先取りなのか、それとも生物的衰弱の兆候と見るべきなのか、日本人の顔にとってはいまが重大な岐路なのかもしれません。

 それに追い討ちをかけたのが、岩村暢子さんのレポートでした。『普通の家族がいちばん怖い 徹底調査! 破滅する日本の食卓』(新潮社、2007年)*、そしてその続編である『家族の勝手でしょ! 写真274枚で見る食卓の喜劇』(同、2010年)です。前著は正月とクリスマスという家庭にとって二大イベントとなる日の食卓が、いまどのような実態であるかをリサーチしたものでした。すると、かつて「家族揃って祝うもの」と考えられていたハレの日の“原イメージ”はかろうじて残っているものの、現実は家族がそれぞれに自分のペースで自分の好みのものを勝手に食べるという、バラバラの食卓が「普通の光景」となっていました。そして食卓に並ぶ「メニュー」も、半ば恐れていた以上にショッキングなものでした。ほとんど噛まないでも大丈夫な食品のオンパレードで、まさに「逆三角形顔」への一本道です。

『家族の勝手でしょ!』は274枚の食卓ナマ写真が、いまどきの家族の食事シーンをリアルに伝える作品です。お菓子の朝食、素ラーメンや素パスタ、バラバラ食からさらに「勝手食い」へ――と、こちらもさまざまな事例に驚かされます。栄養や健康志向、グルメガイドなどの情報感度が高まっている一方で、「食」に対する意識の低下がどうしてこれほど進んでいるのか、という矛盾に戸惑います。現代のさまざまな社会病理や家族関係の変化などを読み解くための、この本は貴重な1次資料と言えるでしょう。今年度の辻静雄食文化賞を受けましたが、その受賞理由として「長期間の調査に基づき、家庭の食卓の今を鮮烈な写真とともにあぶり出した意欲作。当事者家族のインタビューを含む丁寧な調査記録の社会学的価値に対して」とあります。まさに「食卓は家族や社会を映し出す鏡」であって、おそらくここまで「食」の劣化を招いた背景には、効率化を自己目的化した戦後の日本人の思考様式や行動パターンが大きく関わっている気がします。

 そこで、改めて日本人の顔です。こんな食事を続けていたら、一体どうなるのだろうと思います。食事時間はますます短縮化され、柔らかいものしか口にしなければ、咀嚼を忘れた顎はさらに小さくなるでしょう。歯の噛み合わせ問題はより深刻化するに違いありません。“未来顔”がはたして進化なのか、退化なのか、本当に訳が分かりません。

 ただ、人生の大事を前にした時、しっかり歯を食いしばって立ち向かうような、顎の張った意志的な人物に、より多くのリーダー性を感じるのは私だけでしょうか。困難に直面して、ハナから「歯が立たない」のでは話になりません。その意味でも現代の文脈に対置するものとして――いまに蘇らせるべきひとつの価値として“縄文顔”の復権を唱えてみてはどうでしょうか。がんばれ、縄文人!

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)