この特集の掲載号が発売になって、一枚の葉書をいただきました。「どうして○○○○が選ばれていないのに、××××のようなものが入っているのか。見識を疑う」という趣旨のものでした。葉書を書いて投函せずとも、同じよな思いにおそわれた読者の方もきっとなからずいらしたはずです。似たようなご感想を抱かれた方には「申しわけありません」とお詫びするしかないのですが。

 100人の選び方は、多数決的な方式をとりませんでした。「考える人」の執筆陣が、「この人についてならぜひ書きたい」と思ってくださるかどうか。この「個人的な思い」を最優先したのです。そして、数人だけは編集部がどうしても入れたいと思った人を選んでいます。つまり、圧倒的多数の人々が、「戦後日本の『考える人』となれば、この人は外せないだろう」と思ったとしても、誰かが具体的に手を挙げなければ、100人に入らない、ということになる。それを承知で組んだ特集なのです。

 しかし「個人的な思い」こそが、後世に伝えるためのいちばんの原動力ではないかと思います。今回の特集の原稿は(──自画自賛、手前味噌で恐縮ですが)すばらしいものが集まりました。読みながら感動するものはひとつふたつではありません。もし、まだお読みになっていない方がいらしたとしたら、それはもったいない、と敢えて申し上げたい気持ちです。

 たとえば、まず引用したいのは、橋本治さんが歌舞伎役者の中村歌右衛門さんについて書いた文章です。全文をご紹介したいところですが、以下に冒頭の四分の一ほど引用いたします。あとはぜひ、本文にあたってくだされば、と思います。尊敬すべき、賞賛すべき人物について文章を書くことのすばらしさ、その文章を読むことの感動を味わっていただければと思います。

「六世中村歌右衛門は、二〇〇一年の三月に八十四歳で死んだ。最後の舞台はその五年前である。つまり彼は、七十九歳まで女方として舞台に立っていたことになる。その晩年近くに、彼の写真展が開かれた。人は、その美しさにびっくりした。改めてびっくりした人と、初めてその美しさを知ってびっくりした人と、両方いた。そういう話を聞いて、私は悲しかった。私にとって、六世中村歌右衛門は永遠に美しい人なのである。その美しさは永遠に損われない。ただ、彼は『体力』を失った。六世中村歌右衛門にとって、『体力を失う』ということは、とんでもなく悲しいことだった。

 歌右衛門は、私より三十一歳年上である。十九の私がその舞台を見れば、彼は五十歳である。五十歳の八重垣姫を見て、私は『美しい』と思った。彼の年齢を感じなかった。それから一、二年たって、彼はげっそり老けた。頬がこけていた。そんな歌右衛門を見たことがなかった。彼の上に老いは歴然と訪れて、しかし、それであっても、彼は美しかった。あえて言ってしまえば、ますます美しかった。なぜかと言えば、彼の最大の美は『表現する』というところにあったからである」