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 負げねぇぞ気仙沼
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「食欲の秋」にふさわしく各書店の料理本コーナーが活気づいています。今年は『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房)で勢いを得た社員食堂シリーズの続刊があいついだり、週刊漫画誌「モーニング」が“読むと食べたくなる”増刊「モーニング 食」(講談社)というパワフルな球を投げ込んできたり、いつにもまして賑やかな話題にあふれています。とんねるずのテレビ番組で人気の『きたな美味い店』(扶桑社)という本も出ました。「味にすべての情熱をそそぎこむあまり、お店の外観には気が回らなくなったにちがいない、きたないけど美味い店」50軒が紹介されています。ただ、この“裏ミシュラン”で体験済みだったのは、わずかに“3つ星店”の浅草「風流お好み焼き 染太郎」だけでした。この世界の奥の深さを感じます。

 そうした多彩な動きに伍して、「考える人」の最新特集「考える料理」にちなんだブック・フェアが、三省堂書店有楽町店と同神保町本店で始まりました。特集の中の「アンケート 私の好きな料理の本ベスト3」にリストアップされた本を中心に、見た目も鮮やかなコーナーができあがっています。POPには、アンケート回答者のコメントが使われていて、

〈日々働きながら、凝り過ぎもせず、健康にも気を配ったおいしいご飯を作り食べる幸せ。生活のなかの調理と食事の風景を描いたこのマンガ、調理読本としても使えます。 山本貴光〉

 という『きのう何食べた?』(よしながふみ、講談社)は、たちまち売切れとなりました。また『花のズボラ飯』(久住昌之原作・水沢悦子画、秋田書店)、『ぐう~の音』(大田垣晴子、文藝春秋)などのマンガ系、あるいは「エッセイを装った料理書」(青山南)の名著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(石井好子)なども「たちまち売切れ」組だとか。そんな立ち話を書店の担当者としていると、「へぇ、“考える料理”ねぇ」と呟きながら足を止める男性客が――。それとなく隣で様子を窺いながら、そっとその場を外しました(心の中で手を合わせて)。

 さて「食欲の秋」といえば、今年強烈にそれを意識したのは、先月末に気仙沼(宮城県)でサンマを食べた時でした。刺身と塩焼き――これが過去最高の美味しさだったのです。ちょうどその前に、気仙沼湾沿いの被災地を3時間くらい歩きました。お腹もちょうど「ぐう~の音」でした。脂が乗っていて、お皿から大きくはみ出た美丈夫のサンマ。そこで感心したのは、一緒のテーブルの人たちが、そろって「正しいサンマの食べ方」をしたことです。つまり、頭と骨だけを残して(まるでマンガの絵のように)きれいに食べ尽くしたことでした。

 その日は気仙沼の「気楽会」が主催する“被災地観光”のプレツアー(お試し版)でした。「気楽会」というのは、“気仙沼を楽しむ”“気仙沼を楽しくする”という目的で、昭和50年代生まれの人たちが中心となった地元有志の集まりです。3月の震災・津波による死者・行方不明者は1400人以上。町を少し歩けば、気仙沼が本当に元気を取り戻すまでには、まだ長い時間が必要なことが分かります。けれども、気楽会の人たちは「まずは気仙沼を見て、知ってほしい。そして復興に向けて動き始めている人たちと触れ合ってほしい」と考え、10月16日と11月20日の2回の日曜日に、自ら案内役を買って出て、この“町歩き半日ツアー”の実施を決めました。

 いま発売中の「旅」11月号には、このツアーの概要や、「気楽会」メンバーの横顔、また仮店舗で営業を再開したいろいろなお店の話が紹介されています。その記事で何より惹きつけられるのは、登場人物たちの表情です。その笑顔の写真を見ているうちに、たまらず会いたくなって出かけてきたのです。

 気楽会のHP http://www.nakamati.com/koyama/kirakukai/

 気楽会の気仙沼日記(メンバーブログ) http://kirakukai.blog.shinobi.jp/

 気楽会は2006年10月1日に発足しました。先日、ちょうど5周年を祝ったところです。その「気楽会宣言」に曰く、

 一、私たちは、気仙沼の魅力を掘り起こし、我がまちのすばらしさを地域内外 に発信します。 一、私たちは、熱き心とチャレンジ精神を持って、笑顔を絶やさず行動を起こ します。 一、私たちは、同世代の仲間との絆を深め、若い力で気仙沼を盛り上げます。

 決まっているのは、毎週定例会を開くこと。気仙沼の若者同士がつながる機会を持ち、会の趣旨に沿った楽しいアイディアを出し合います。ワイワイと語りながら、それが盛り上がれば具体的に企画化して実行に移します。自らの手で楽しいことを創り出せる人間が一人でも増えれば、気仙沼はもっと楽しい町になるに違いない。面白そうなイベントに参加するのもいいけれど、一番楽しいのは、そういうイベントやプロジェクトを自分たち自身で考え、企画し、実行すること――そんなチャレンジ精神で、震災前からすでにいくつもの実績を積み上げてきました。

 プレツアーで彼らと一緒に歩きながら、各所でその話を聞きました。たくさんの人たちが亡くなった場所を、ワイワイ、ガヤガヤと“観光”してもいいのだろうか。いまなお葛藤があるそうです。「でも、動き出さなければ何も始まらない」、「被災地のことを忘れないでいてほしい」。

 気づいたのは、気楽会の人たちが日頃からお互いによく語り合っているということでした。それぞれの考えがよく整理されていて、人に届く自分の言葉を持っています。そして気負いもなく、他人の目を意識し過ぎることもなく、ごく自然体でこの土地に育った自分たちの物語を語っています。周りを見回せば津波に洗われた風景なのですが、彼らの姿を見ていると、本当にこちらが励まされるような気がしてきます。人がいれば、希望がある。一緒に食べたサンマは、ですから格別の味でした。

 さて、10月16日のツアー本番。快晴のお天気に恵まれました。定員10名のところ、東京、千葉、仙台などから12名の参加者がありました。「被災者の気持ちを考えると、これまでなかなか来るきっかけが見つかりませんでした。いい機会だったと思います」。約5時間の町歩き。きっとさまざまな感慨が、訪問者の脳裏には刻まれたはずです。家も家族も失った人たちが、それでも「負げねぇぞ」と示す心意気に「じかに触れられただけでも大きかった」などと。

 ひと月の間に、旬はサンマから戻りガツオの季節に変わっていました。しかし、14年連続の「生鮮カツオ水揚げ日本一」を誇った気仙沼漁港も、今年はそれが半分近くに激減しています。カツオは春夏に日本近海を北上し、秋に南下して脂の乗った戻りガツオとなります。ところが、それを一本釣りする際の撒き餌のカタクチイワシが思うように手に入りません。沿岸の海にあったイワシ定置網の大半が、津波で損壊、流失したためです。北海道沖で小エビを食べながら成長し、三陸沖まで南下してきた戻りガツオは別格の美味しさだと、町のご自慢でした。エサ不足で出漁自体ができない、というのはさぞ歯がゆいことに違いありません。

 気楽会の人たちから、「次回こそ是非」と勧められているのは「気仙沼ホルモン」です。どうして海の幸に恵まれたこの地で、豚のモツ焼(ボイルしない生のものを使うそうです)が名物なのか、といえば、遠洋漁業から帰港した船員たちが、まず食べたいのは肉だから、だそうです。そこで安価な豚のモツが重宝されたというのです。これを韓国人から伝授された味噌ニンニクに漬け込んで焼き、ウスターソースをかけた千切りキャベツと一緒に食べるのが気仙沼スタイルです。遠洋まで操業に出かけると、1年以上に及ぶ船の生活です。その間の野菜不足を解消するためにも、千切りキャベツは山盛りです。その刻み方に店の特徴があるのだとも。「味噌ニンニクの甘辛い味つけのホルモンと、サッパリとして酸味のあるウスターソースのかかったキャベツとが、口の中で混ざり合って、箸が止まりません」。

 秋深まれば、海の幸ともまた違う趣として、これも風情かもしれません。どうやら来月もここに来るような気がしています。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)