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 賞についての2題
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 わさびの匂いを使った火災報知機の開発に成功したとして、日本人7人が今年の「イグ・ノーベル賞」の化学賞を共同受賞しました。同賞は、かのノーベル賞(本物の)の受賞者を含むハーバード大やMITらの教授が選考にあたり、「他の誰もやりそうにない、ユーモアと独自性を兼ね備えた研究や開発」に授与されています。過去にも多くの日本人が受賞していますが、「足の匂いの原因となる化学物質の特定」とか、「ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功したことに対して」とか、「ウシの排泄物からバニラの香り成分『バニリン』を抽出した研究」とか、犬語翻訳機「バウリンガル」の開発など、本当に“傑作”ぞろいです。

 バンダイの「たまごっち」が受賞したのは「数百万人分の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせたこと」に対する経済学賞でしたし、カラオケの発明者に対しては「人々に互いに寛容になる新しい手段を提供した」という平和賞でした。研究もふるっていれば、授賞理由もいつもユーモラスで、本物のノーベル賞よりも楽しみにしているくらいです。

 ただし、今年の「わさび警報機」の開発には、ある切実な思いがこめられていました。わさび成分のあのツーンとくる匂いを活用すれば、真夜中に警報音を鳴らさなくても眠っている人に火災を知らせることができるという発明です。つまり、これは聴覚に障害をもつ人たちを対象にしたものなのです。“音のない世界”をふだん考えたこともない私たちは、意表を突かれます。

〈たいした心構えもなくドアの前に立った私は、呼び鈴を押そうとした瞬間、はっとした。張り紙があり、「二、三回押してください」と書かれている。ドアが細く開けてあったので部屋の中をのぞき込むと、呼び鈴を押すたびに音だけでなく「光」が点滅するようになっている。在宅していても、ろうあ者である孝治には呼び鈴の音は聴こえない。そのための装置だった〉(黒岩比佐子『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』)

 こうした局面に実際に立たされてみないと、なかなか思いはそこまで及びません。松山善三監督、高峰秀子主演の映画『名もなく貧しく美しく』には、耳の不自由な両親であったばかりに、就寝中の異変を聞き取れず、愛児を死なせるというつらい場面がありました。今回の製品開発でも耳の不自由な少女との出会いがきっかけになったと、受賞者のひとりであるシームス社(東京・江東区)の漆畑直樹社長が語っています(日本経済新聞、10月24日)。実現の夢を追い、7年がかりの開発物語だったといいます。

 ところで先週、いま緊急出版を進めている本の「帯(表紙に巻かれているベルト状の紙ですね)」のキャッチコピーを考えるという仕事がありました。限られた時間の中で、表紙のデザイン案をイメージしながら、どうしたらスマートな表現になるだろうかと思案しました。その時、ふと懐かしく思い出したのが、「日本腰巻文学大賞」という変わり種の賞のことです。1971年から1980年まで発行されていた月刊雑誌『面白半分』が主催した賞で、毎号3篇の優秀作が誌面に掲げられ、半年に1回、最優秀作を選んで表彰するというものでした。

『面白半分』は70年代を象徴するサブカルチャー誌のひとつでした。著名な文学
者による編集長交代制のユニークなスタイルをとり、初代編集長の吉行淳之介さ
んから始まり、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、金子光晴、井上ひさし、
遠藤周作、田辺聖子、筒井康隆、半村良、田村隆一といった人たちがこの大役
(?)を務めました。「そのぐらいがダレなくてちょうどいいだろう」(吉行淳
之介)という判断から、基本的には半年交代でバトンタッチするというシステム
が採用されました。

 2代目の野坂昭如編集長の時代に、永井荷風作と言われる『四畳半襖の下張』
を全文掲載したところ、それが「わいせつ文書販売容疑」で起訴され、雑誌の名
が一気に広まりました(最高裁まで争い、罰金刑の有罪確定)。というように、
それぞれの編集長のカラーに合わせたヒット企画がありましたが、その中でもも
っとも出色だと思えたのが、「日本腰巻文学大賞」でした。4代目編集長五木寛
之さんの発案です。その「設定の辞」では、まず昨今の出版状況が語られます。
すなわち、世界に冠たる出版文化王国のわが国では、毎日あまたの書籍が刊行さ
れているけれども、とてもすべてに目を通すことはできないし、書評が必ずしも
確かな導き手であるとは言いがたい。新刊書のどれが「百年後の名著古典」とな
るかを発見するのは至難の業である、と。ところが――。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)