特集「小津安二郎を育てたもの」を思い立ったきっかけは、一枚のポートレートでした。
 ちょうど一年前、1962年の日本をテーマにした特集(「1962年に帰る」2006年冬号)の折に素材となる写真を、新潮社写真部の膨大なストックから掘り起こしていました。編集長が(私が小津ファンであることを知っていて)、わざわざ呼んで見せてくれたのが、この写真。

 小津映画といえば、世界中の映画人から敬愛され、ローポジション、同じ構図や同じせりふの繰り返し、オーヴァーラップやフェイドイン/アウトを使わない……などなど独特の手法が飽かず語られる、いわば「通の映画」。といっても通しか観ない小難しい映画ではなく、生誕90年(1993年)、100年(2003年)記念のたびに、街でもテレビでもかならず小津作品の旧作回顧放映(レトロスペクティヴ)が行われます。そこで目にするのはたいてい、白いピケ帽に白い長袖シャツの小津監督のポートレートです。

 この白い帽子は、監督の仕事着でした。穏やかななかにも厳しさを秘めた表情、もの思うような、時に貫くようなまなざしは、撮影という真剣勝負の場ならではのものだろうと思います。ふだんはソフト帽とグレイフラノやツイードの三つ揃いを広い肩と厚い胸でりゅうと着こなし、小津映画でおなじみの端正なサラリーマンの一枚も二枚も上をゆく英国紳士然としたたたずまいで、また別の格好よさにクラクラきてしまいます。

 けれど、上に掲げた写真の、くつろいだ笑顔はどうでしょう。よく馴染んだ紬の着物、座敷に切った炉と江戸趣味の座布団、大らかな素描が何枚か飾られ、「VAT69」のロゴの入った無骨な灰皿がおいてある。私生活での小津安二郎という人の大人っぽさ、もっといえば大人の色気のようなものに、再び三たび、打たれました。

 一年前の特集の折、「時代の最良な文化を象徴するものとしてポートレートの掲載許可をお願い」する手紙を小津安二郎の著作権継承者に送りました。その小津ハマさんからいただいたお返事は、いまも記憶に鮮やかです。
「あの時代の最良の文化などと云われましたら、照れ屋だった安二郎のこと、先生と呼ばれるほどの馬鹿でなしと固辞したろうとは存じますが」

 磊落で繊細、ダンディで食いしん坊、粋で俗っぽく、そして含羞の人だったという小津安二郎。明治に生まれて、私たちの知らない時代を生きた人。1960年代に、すっかり成熟した大人として立ち、いまでも私たちに豊かなものを伝えてくれる人。小津安二郎の顔を見ているうちに、誰が、何が、この稀有な人物を育て上げたのかを知りたいと思いました。 
 HPの記事では、編集の舞台裏もまじえながら、誌面に掲載しきれなかった小津映画の土台となるものを紹介してまいりたいと思います。

 2007年冬号は、本日から書店に並んでいます。どうぞお手にとって、じっくり御覧ください。