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 それでも人は走る
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 過去5年は自分もあそこを走っていたのに、今年は頭痛を抱えてテレビ観戦か、とややメランコリックな日曜日の朝でした。とはいえ、今回は雪も雨もないばかりか、よけいな陽射しも風もなく、東京マラソンにはこれまで縁がなかった絶好のコンディション。レースのスタートと同時に、さっそく画面に釘付けとなりました。見どころのひとつは、言うまでもなく、ロンドン五輪代表の選考がかかった日本男子勢の争いです。もっぱらの注目は、公務員としてフルタイムで働く「市民ランナーの星」川内優輝選手(埼玉県庁)でしたが、結果は惜しくも14位。マラソンの難しさを考えさせられました。

 もうひとつは、昨年故障のために欠場となった前世界記録保持者(2時間3分59秒)のハイレ・ゲブレシラシエ選手(エチオピア)が出場したことです。2010年のニューヨークシティ・マラソンで途中棄権した後、引退を宣言。ほどなく撤回したものの、この2年は満足のいく成績が残せていません。38歳という年齢や、今年ドバイで3人のエチオピア選手がそろって2時間4分台をマークするなど、自国での世代交代の波も押し寄せています。マラソンでの五輪初出場をめざしますが、状況はかなり厳しいと言えそうです。しかし、何といっても最初に2時間4分の壁を破った「皇帝」です。その“異次元”の走りをわずかでも垣間見ることができれば、という期待がふくらみました。

 ところで、世界記録が誕生する瞬間を私たちの目に焼きつけ、マラソンという競技の魅力、醍醐味を決定的に印象づけてくれたのは、何といっても1964年、東京オリンピックの覇者アベベ・ビキラ選手(エチオピア)です。2時間12分11秒2という優勝タイムは、当時、驚異の世界記録と言われたものです。

 ところが、それを翌年には日本の重松森雄選手があっさりと書きかえ(2時間12分0秒)、そこから60年代は記録短縮のラッシュが始まりました。そして、テレビ中継を私も見ていた1967年の福岡国際マラソンで、オーストラリアのデレク・クレイトン選手が初めて2時間10分の壁を破り、そのまた2年後に同選手が9分の壁を破り、と、この間の記録更新は恐るべきスピードでした。その後はしばらくなだらかな推移が続きましたが、2000年代に突入して以降の、この10年の高速化はふたたび目覚しい勢いがあります。

 東京マラソン直前の記者会見で、ゲブレシラシエ選手がマラソンの将来について「記録はもっと伸びる。ただ、2時間を切るには20~25年はかかるのでは」という見通しを述べていましたが、いまの世界記録は、昨年9月にパトリック・マカウ選手(ケニア)がベルリンで樹立した2時間3分38秒です。ある研究グループによれば、「マラソンで初めて2時間を切るのは遅くても2028年」であり、「2040年には1時間57分18秒まで短縮され、人類が別の種に進化する前に誰かが1時間48分25秒を達成する」と推論されています。人間の代謝能力の進化と、世界記録の更新の歴史から割り出した計算モデルでは、そういう「上界(理論上可能なスピードの上限)」が導かれるというのです。つい先日読んだ『世界記録はどこまで伸びるのか』(ジョン・ブレンカス、河出書房新社)という本に紹介されている話です。

 この本の原題は「ザ・パーフェクション・ポイント」といい、人類が決して超えられない極限点のことを指しています。より正確に言えば、「決して超えることはできないが、期待をかきたてるくらい近づけるような、限りなく可能性のある最高点」――つまり「見果てぬ夢」としての究極の目標のことです。そしてこの著者は、上記の1時間48分25秒説は、実際に人間が出せる力の限界を無視した“机上の空論”であると斥けています。

 それでは、マラソンのパーフェクション・ポイントはどこにあるのか、というと、人間の持久力にとって大きな限定要因となる三つの生理学的要因(最大酸素摂取量、血液中の乳酸閾値、ランニングの効率性)を理想的な形でバランスさせたアスリートであるならば、1時間57分58秒で走ることができる――これがフルマラソンの極限点だというのです。

 過去において、人間の限界ではないか、と言われた記録がいくつかありました。とくに鮮烈な記憶として残っているのは、1968年のメキシコ五輪で、アメリカのボブ・ビーモン選手が、男子走り幅跳びで見せた8m90cmという驚異のジャンプです。世界記録を一気に55cm更新し、この記録は「更新されるどころか、同じ記録さえ二度と出ないだろう」とさえ言われました。標高2240mというメキシコシティの薄い空気が生んだ「1回きりの異例な出来事」と見なされたのです。

 ところが、「破られない記録は存在しない」(チャイ・ブリス)、「私の記録は誰かが破るまでの記録だ」(ヨギ・ベラ)といった名言が、ここでも裏書きされることになりました。23年後、アメリカのマイケル・パウエル選手がさらに5センチ遠くまで跳びました。しかも競技場の場所は、メキシコシティよりも標高が約2200メートル低い東京だったのです。

 あるいは北京五輪男子陸上100メートルで、ウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が9秒69をマークした時、9秒7の壁があまりにもあっけなく破られた驚きとともに、この記録を上回ることはさすがに当分あり得ないのではないか、と思えたものです。ところが、翌年に同選手が9秒58を打ち立てたことで、「終わり」ははたしてあるのだろうか、という興味がかき立てられました。

 けれども、必ずや限界は存在します。「少なくとも、人間がまったく新しい種に進化しないかぎり」、終わりはどこかで訪れるはずです。9秒58という偉大な記録が、人類の究極の限界に対して、いったいどこに位置しているのか。その指標となる100mのパーフェクション・ポイントは8秒99と特定されています。

 ところで、最近翻訳された『なぜ人は走るのか ランニングの人類史』(トル・ゴタス、筑摩書房)によれば、「人類は競走その他の運動種目において、まもなく世界記録の限界に達する」とあります。スポーツ医学の研究者らは、世界記録の水準が高レベルに達するにつれて、記録更新の勢いが衰えている事実を指摘し、「二〇二七年を過ぎると、走る種目での世界記録の更新はほぼなくなるだろう」と結論づけています。そして、「さらなる記録の発展を可能にするためのひとつの手立ては、タイムを小数点以下第三位まで記録することだろう」と、何とも興ざめなアイディアを披露しています。

〈一八九六年のアテネ・オリンピックで、運動選手たちは身体能力の七五パーセントしか活用していなかったと、研究者らは見積もっている。現代の最も優秀な選手は、身体能力の九九パーセントかそれ以上を使っており、能力活用レベルの向上には科学が貢献している。より速く走るために、合法、非合法を問わず、無数の手段や技術が使われてきた。ドーピングのせいで世界記録の水準が不自然なほど高くなっているので、薬物なくしてさらなる記録の向上はむずかしいだろう〉

 こういう、一方での行き詰まり感があることも手伝って、「走る」欲望の枝葉はいまやウルトラマラソン、エクストリームマラソンと言われる方向に伸び始めています。今年で27回目を迎えるサロマ湖100kmウルトラマラソンをはじめ、100kmを標準にした国内の大会も確実に増えています。海外では、ギリシャのスパルタスロン(245.3km)、シドニー・メルボルンマラソン(1983-1991年。「ウェストフィールドラン」とも呼ばれ、1989年、日本人で初めて歌手の高石ともやさんが完走した時は1018kmで争われ、記録は8日10時間52分)、アメリカ大陸横断マラソン(4700km)、ネパールのエベレスト・マラソン、サハラ砂漠、ゴビ砂漠、アタカマ砂漠、はては南極大陸横断マラソンまで、ほとんど探検旅行を思わせる大会が各大陸で繰り広げられています。当然、限界に挑戦する姿は、映画や小説、ノンフィクションの素材として、多くの作品に描かれています。

 また、「人間の取り柄は持久力」だと言われますが、「長距離走であれば馬をも負かす」ということを証明するのが、イギリスのウェールズで、1980年から毎年開催されている「人馬対抗マラソン」です。「ランナーや自転車、馬が、起伏の多い原野の、マラソンより少し短いコースで競走する」という競技ですが、2004年の優勝ランナーは2時間5分19秒で、トップの馬をゆうに2分凌いでいた、とあります(『なぜ人は走るのか』)。

 同様に、人間でなければおそらくあり得ない種目としては、一定時間に周回コースをグルグル回って、その走行距離を競う時間レース(24時間走、48時間走など)があります。神宮外苑などでも行われていますが、24時間走の世界記録は、たしか1日のうちにフルマラソンを7回以上も続けさまに走るという驚異的な数字です。このように、探せば「走る」フロンティアはまだまだありそうですが、面白いのは、そうまでして走る人間の欲望のほうです。人にとって「走る」ことの意味と魅力とは一体何なのか? 枝葉が伸び行く先の極限点を究明するのもさることながら、人をそのように仕向けている「動機」の解明にむしろ尽きない興味を覚えます。

〈わたしたちは走り始めたときに人類になったと、生物学者は考えている。たぶんわたしたちは、人類であり続けるために、大いに歩き、走らなくてはならないのだ。肉体的、精神的な機能を停止した、機械での移動を強いられる怠惰な生き物になってしまわないように。……体を動かすことから得られる奥深い満足感は、どんどん機械化されていく世界で、人という生物の本質へ意識を向けさせてくれる数多くのきっかけのひとつだ。子どもたちの姿を――子どもたちが本能から楽しく、遊びで走っているようすを、じっと眺めてみるといい〉(前掲書)

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)