【考える本棚】
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 ジェイムス・クリュス『笑いを売った少年』(未知谷)
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マーガリンと笑い------------------------------------------------------------------------

 ティムという名の、素晴らしい笑いをもった少年がいました。お腹の底から出てくる、楽しくてたまらないような笑い声。それに接した人の心をなごませ、明るくするような、とびきりの笑いの持ち主。しかもその笑いは、いつも最後にしゃっくりが出て、しめくくりとなりました。

 そんなかけがえのない笑いをもったティムですが、その境遇はとても厳しいものでした。3歳の時に、大好きだった母親を亡くし、貧しい人たちが暮らす狭い裏通りに引っ越してきました。それからは、ねずみのような顔をした痩せた継母と、チーズのように青白い顔をしたわがままな義兄との暮らしが始まります。陽気だった実母とは打って変わって、理由もなくティムを殴る継母、底意地の悪い義兄のために、彼は笑うことを忘れてしまいそうなほどでした。それでも、父親の存在が心の支えとなりました。日曜日になると、父親はティムの手を引いて、ふたりっきりで競馬場まで“散歩”に出かけたものでした。

 ところが、12歳の時にその父親も事故で失います。ティムは絶望的な気分に陥ります。すると、その心の間隙を縫うようにして、チェックの背広を着た謎の紳士が現れます。そして、ティムに不思議な取引を持ちかけるのです。題名にある通り、ティムはその紳士に自分の笑いを売り渡してしまうのです。

 さて、ティムが取引をした相手というのは、大金持ちのルイ・リュフェット男爵という人物でした。こういう物語にはおなじみの「悪魔」のような存在です。二人の間には本格的な契約書が取り交わされます。「本契約は、L・リュフェット氏を一方の当事者とし、ティム・ターラー氏を他方の当事者とし、何月何日に某所において、両当事者間に締結され、同一内容の二通が作成され、両当事者によって署名されるものとする」に始まる7項目。そこにはこの契約について決して第三者には口外しないこと、もしそれが守られない場合にはどうなるか、などが明記されているのでした。

 そして取引の条件というのは、ティムが自分の笑いを「L・リュフェット氏の任意な使用にゆだねる」代わりに、リュフェット氏はティムに「いかなる賭けにも勝つ」能力をひとつの例外もなしに与えるという約束でした。笑いと富との交換条件です。したがって、両当事者が契約書に署名を終えると同時に、リュフェット氏は「言いようがないほど感じよく笑い始め」、一方ティムは同じように笑おうとしますが、その意志とは反対に、「口は真一文字に結ばれて」しまいます。代わりに、手にした5マルク玉2枚を元手に、競馬でまたたく間に大儲けをするのです。

 こうして、ティムはたやすく富を手にすることができますが、それは継母と義兄を喜ばせるだけで、彼には新たな悩みと苦痛がもたらされるばかりでした。ひとつも楽しくありません。笑いをすっかり失ったティムは、次第にその価値の大きさに気づきます。彼は大切な自分の笑いを売り払ってしまったために、世界中でいちばん孤独で悲しい少年になったことを知るのです。そしてついに、14歳になったある日、ティムは謎の紳士に奪われた自分の笑いを取り戻すために、船乗りとなって旅に出る決意をします。

 つまり、ここから先の物語はどうやって少年が笑いを取り戻すか、という一点に向けての展開となります。いかなる困難が待ち受け、それをティムがどう乗り越えて、目的を成し遂げるのか。相手はなにぶん悪魔です。容易な戦いではありません。14歳の少年が狡知にたけた男爵に立ち向かっていくサスペンスの運びが鮮やかです。また、笑いのない世界というのがどのように不幸なものであるか、が痛ましいほどに描かれます。

 ある時ティムは、小さな女の子が思いきり口を開いて、大きなリンゴをかじろうとしている姿に目を奪われます。女の子はティムの視線に気づいて、リンゴを口からはなすと、彼に微笑(ほほえ)みかけます。ティムも微笑みかえそう、とします。

〈ティムは、笑おうとするたびに悲惨な結果になるということを忘れていた。小さな女の子は、車の窓のむこうの顔が突然ひきつっておそろしい顔になったのを見て、びっくりして、泣き始めた。そして、果物売りの後ろにかくれた。 ティムはあわてて両手で顔をかくして、クッションに深く身をうずめた。だが、そのとき、様子を観察していた男爵が、窓ガラスをおろして女の子に笑いながらイタリア語でなにか話しかけた。女の子は、まだ頬を涙にぬらしたまま、果物売りの後ろから出て、ためらいながら車に近より、窓ごしに男爵にリンゴをわたした。男爵がそのかわりにピカピカの硬貨をわたすと、その子は顔をかがやかせて、「グラーツィエ、シニョーレ」と言って、また笑い始めた〉

 男爵はティムに忠告します。「学ばなければなりませんよ……微笑もうとするかわりに、将来は、小銭をやるんですな。たいていの場合には、チップは親しそうな態度よりもずっと効果的です」。ティムは心の中で思います。「それなら、なぜ、ぼくの笑いを買ったんですか?」と。

 こうしていつの間にか、人間にとって笑いとは何か、を私たちもまた考えさせられることになります。ティムと男爵の神経戦の各所には、いくつもの箴言が散りばめられています。 「笑いは人と動物を区別するもの。人と呼ばれる資格は、笑うべきときに笑え ること」 「笑うことを教えてください、そして魂を救ってください」 「笑いは内面への自由です」 「笑うことができないものは、驚くこともできないのだ」 「笑いは気持ちを軽くし、心を自由にしてくれます」 「笑いはマーガリンのように売ったり買ったりできる商品じゃないんだよ。笑 いを売り買いするのは、まちがいだ。笑いは、売り買いできないんだ。笑いは、 自分でかちとるものなんだよ」 「最後に笑うものが、もっとも良く笑う」 「笑うべきときに笑うことができるのが人間だ」 「人間が笑っている所では、悪魔は力を失う」

 笑いを取り戻したい一心で、ティムは男爵との知恵比べを重ねながら、徐々に成長を遂げていきます。そして手助けをする友人たちも現われて、最終決着の場面に向けて、物語は緊迫の度を高めていきます。 

 ここで作者についての紹介をしておきますと(実はこの作品を読むまでまったく知りませんでした)、ジェイムス・クリュス(1926-1997)という人は、『飛ぶ教室』(岩波少年文庫、光文社古典新訳文庫ほか)などで知られるドイツの児童文学の大家エーリッヒ・ケストナーに才能を見出された人で、これは1962年に書かれた彼の4冊目の作品です。日本ではあまり知られていませんでしたが、ケストナーやミヒャエル・エンデに次ぐ、第三の作家だということです。

 冒頭でも言及されていますが、この作品は19世紀初頭に書かれたドイツ・ロマン派の文学、シャミッソーの『影をなくした男』(池内紀訳、岩波文庫)を明らかに踏まえています。灰色服の謎の男に乞われるままに、無尽蔵に金貨が出てくる「幸運の金袋」と自分の「影」を引き換えてしまったために、とんでもない人生を送るハメになった青年の悲喜劇を描いた作品です。ドイツでは、どうやら若さと引き換えにファウストから魂を奪おうとしたメフィストフェレスの末裔たちが、こうした寓話の伝統をずっと支えているようです。もちろん『モモ』(ミヒャエル・エンデ、岩波少年文庫)に出てくる“時間泥棒”の灰色の男たちもまた――。

 加えて、ティムの教訓は「この世にはお金で買っていいものと悪いものがある」という、最近のマイケル・サンデル教授の“白熱教室”――市場万能主義の行き過ぎを警告する――にも通じる、きわめて今日的なテーマです。「笑いはマーガリンのように売ったり買ったりできる商品」ではなく、人間が人間であるために、決して手放してはならない価値の最たるものです。しかし、そう心得ているにもかかわらず、魔の手は思いもかけないところから、知らず知らずのうちに忍び寄ってくるからこそ恐ろしいのです。

 昨日発売の「考える人」はその「笑い」についての特集です。2002年7月創刊の弊誌にとって、今号が創刊10周年記念号にあたります。是非お手にとって、「ご笑覧」いただければ幸いです。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)