「小津映画ブーム」が映画ファンにとどまらず、今のように隆盛になったのは80年代半ば、つまり小津監督の生誕80周年あたりからではないでしょうか。本や雑誌、TVでも、おなじみのピケ帽と袖をまくった白シャツ姿の写真をしばしば目にするようになりました。大人の魅力というかその格好のよさに、映画そっちのけになった新しいファンも多かったにちがいありません(実際、そういう友人と連れ立って銀座並木座に監督の写真の入ったチラシだけもらいにいったりしました)。

 しかも年を重ねるごとに小津関連の情報は充実の一途で、監督のポートレートもしかり。くだけたカーディガンにマフラーの仕事着、いかにも上等そうな艶の三つ揃いとソフト帽、ときには紬の着物……こちらの流行はどんどん移り変わるのに、いつ見てもちっとも時代遅れな印象がないのは不思議です。特集を組むにあたって写真を選ぶ際、スーツの襟やネクタイの幅からは年代の見当がつかないことにも気がつきました。いつも立派な体躯によく合った英国風の仕立て、背広はチャコールグレー、ネクタイやマフラーは赤みの入ったもの、同じタイプのものを毎年くり返して誂えたそうです。つまりは流行に左右されない彼独自のスタイルができあがっていて、生涯それで通したということなのでしょう。

 その「好み」というかセンスは、映画づくりの場でもいかんなく発揮されました。小津映画のファッション・チェックは女性ファンの間では定番の楽しみですが、それも当然、俳優たちの衣装は監督自らが選び、スタイリングし、今でいうヘアメイクにわたる指示もしたそうです。セットの看板やのれん文字の下図は自分で引き、美術担当のスタッフは小津の気の済むまで作り直すのがつねでした。また、絵や家具や花瓶などの調度、湯呑みや器にいたるまで本物にこだわり、ときには私物を持ち込みました。「人間の眼はごまかせても/キャメラの眼はごまかせない。ホンモノはよく写るものである」とは、監督の言。でも、若い頃から絵が好きで伊達男で買いもの好き、美術やコーディネートに手をつけはじめると楽しくてやめられない、というのが本音だったかもしれません。

 小津監督の遺品は大部分、鎌倉文学館に寄託されています。衣類は親しい人々への形見として分けられたためありませんが、日記をしるした手帖、パイプ、眼鏡、時計、湯呑み、スタンド、靴べらなど、小津監督の愛用の品々が数多く遺されています。撮影のためにひとつの部屋に並べていただくと、どれも小ぶりで、無駄な飾りがなくすっきりと粋。その印象は、監督の作品とも共通するものでした。特集のカラー頁に収めた品々はほんの一部にすぎませんが、小津映画ファンにとって、見覚えのあるもの、なつかしさを覚えるものがきっと見つかるはずです。