【考える本棚】
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 J.シンプソン『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』(岩波現代文庫)
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それしか方法はなかった------------------------------------------------------------------------

 24年前の作品ながら、すでに“遭難文学の古典的名著”とさえ評される本書をドキュメント映画にした「運命を分けたザイル」(2005年日本公開)を見る機会がありました。原作にまさるとも劣らぬ迫力だとは聞いていましたが、息詰まるような映像の連続に言葉を失うばかりでした。容易に人を寄せ付けない南米ペルー・アンデスの高峰がどういうスケールのものであるか、またその氷壁に取り付くというのがいかに凄絶なチャレンジとなるかは、迫真の映像で見て初めて実感されるところです。

 こんな過酷な自然の中に一度として足を踏み入れたことのない人間にとっては、この手の“気まぐれな女神”に関わることがいかに危険をともなう営為であり、そこから無事に生還することがどれほど困難な行程になるかは、とても活字だけでは想像し切れません。山岳ノンフィクションの白眉と言われる傑作であっても、それだけで“追体験”するには限界がありました。

 3人の登場人物――主人公である2人のクライマーと、ベース・キャンプで彼らを待ち受けるテント・キーパー――の当事者たちが、カメラの前で当時のことを証言しています。それに役者による再現映像を巧みに組み合せていく演出が、見事に奏効しています。生と死の極限状況にあって、ふたりの登山家がそれぞれに何を思い、行動していたか――お互いの思惑、相手に対する信頼、疑念、憤懣、葛藤――が、本人たちの口から生々しく語られることによって、緊迫感をはらんだ劇的効果がいっそう高まります。

 それにしてもどうやってこれを撮影したのだろうと思うショットの連続でした。徹底したリアリズムのみがもたらす揺るぎない迫真性と臨場感は、原作とまったく同様です。

 1985年5月、若き野心的な登山家たちがアンデス山脈のシウラ・グランデ峰(6356m)を、それまで誰も達成したことのない西壁から登攀しようと試みます。ひとりが本書の著者であるジョー・シンプソン、当時25歳。エジンバラ大学で英文学と哲学の修士号を修得するかたわら、在学中からヨーロッパ・アルプスの50を超えるルートを登攀してきた尖鋭的な登山家です。もうひとりがサイモン・イェーツ。ジョーによれば、「楽天的で積極的なサイモンは、自分とまるで異質だが、頼りがいがあって誠実で、パーティを組む相手としては私が望むすべてであった」という相棒です。

 彼らは、最小限の食料と機材だけをリュックに詰めて、短期間で一気に頂上をめざすアルパイン・スタイルを選択します。バックアップ体制を取らないこのスタイルでは、頼りとなるのはパートナーです。ザイルでつながれた仲間の技量、能力、人柄への信頼だけがすべてです。いかなる予想外の出来事に遭遇した場合にもこれだけが命綱であり、逆に相棒に何かが生じれば、もろともに命取りとなりかねません。

 ベース・キャンプを出発して3日目。予想以上に苦しめられる登りとなりましたが、彼らは西壁を制覇し、初登頂に成功します。しかし、登頂の喜びはつかの間です。「遭難の80%は下山時に起きる」ことを、彼らはあまりに熟知しているからです。

 現にその1時間後には、悪天候に見舞われ、下りの稜線を見失います。そして複雑に張り出した雪庇(せっぴ)の崩落に巻き込まれたジョーは、数十メートル滑落。右足を骨折してしまいます。高度6000m、体感温度マイナス60℃の極寒の世界で、大怪我をして歩けないことは、何を意味するか。「足を折ってしまったんだ。おしまいだ。おれは死ぬんだ」――ジョーはするどく死を意識します。しかし、この時サイモンは冷静でした。あくまで二人で下山することに希望を見出します。二人の体を90mのザイルで繋ぎ、ジョーを45m下まで降ろし、そこでジョーに足場を「確保」してもらってから自分も降り、さらにジョーを45m降ろし……という方法を、猛吹雪の中で繰り返していきます。

 しかし、運命は過酷でした。何度目かの下降中に、雪の斜面と見えたのがまたもや雪庇であったため、ジョーは宙吊りになって身動きが取れなくなってしまいます。相手に異変を知らせようにも、叫んでも声は届きません。サイモンからもジョーの姿は視認することができません。

〈突風が吹いてめちゃめちゃに揺さぶられ、そのたびに体が冷えていった。腰と腿の部分がハーネスで締めつけられているので、血のめぐりが悪く、両足が痺れてくる。膝の痛みは消えていた。両腕をだらんと下げたまま、手袋の中の使えなくなった手の重みを感じていた。元に戻しようがない。宙吊り状態から脱出する方法も考えられなかった。上に登ることもできず、サイモンもここまで下りてこれはしない〉

 サイモンは下の様子がまったく分からない中で、ザイルにかかり続ける重みに耐えていました。やがて1時間近くがたち、足場が次第に崩れ、彼自身がずずっと下に引っ張られ始めます。「ちくしょう! 何とかしなければ! ナイフだ!ふいに頭に浮かんできた。そう、ナイフだ。急げ、そう、出すんだ」――本書に圧倒的なリアリティを与えているのは、著者の文章が続く中に、ところどころサイモンの証言が織り交ぜられている点です。映画もその手法を取り入れているように、この客観性が作品の緊張感をさらに高めます。サイモンは状況を冷静に判断し、「ほかに選ぶべき道は残されていない」と、ザイルにナイフの刃を当てます。

〈力は必要なかった。刃が触れた瞬間、ピンと張ったザイルははじけ飛び、引っ張りの力を失った私は穴の後ろにのけぞった。体が震えていた〉

 ジョーは宙に投げ出され、深いクレバスの中に墜落していきます。そして、奇跡的にも氷の棚に引っかかったところで、やがて気がつきます。それから、たぐり寄せたザイルの断面を見て、何が起きたかを理解し、声をあげて泣き出します。

 骨折した足でクレバスの入口まで登ることは不可能です。憔悴しきった体と、動けばたちまち襲ってくる右足の激痛。寒さと闇。孤独と絶望。忍び寄る死の恐怖と戦いながら、ジョーは考えます。ここで座して死を待つよりも、死中に活路を求めるべきではないか――。彼はイチかバチかの勝負に出ます。クレバスのさらに奥深くへと、ザイルを使って下降を始めるのです。そして深淵の底で数条の太陽の光が差しこむ小さな抜け穴を発見し、そこから外界への脱出を図ります。ここから続く生還までの超人的な死闘こそが、この作品のハイライトに他なりません。

 一方で、ザイルを切ったサイモンもまた、重い足取りでベース・キャンプに向っていました。何が起こったか、いずれ真実を告げなければならないことで心は爆発しそうになっていました。

〈私は真実を語るのはばかなことだと自分に言い聞かせていた。……ジョーの両親が何と言うか考えただけで耐えられない。……何を話すべきかに心はとらわれ続けていた。あれは理屈にかなっていたし、適切な処置でもあった。理屈では間違いない。しかし、何かがそうすることを避けようとしていた。たぶん、罪の意識だ。ザイルを切断する以外方法はなかった、と何度自分に言い聞かせても、ほかの考えが私を苦しめた〉

 氷の洞窟を抜け出たジョーは、決して諦めませんでした。吹雪に方角を見失いそうになりながらも、無数のクレバスが不気味な口を開けている氷河の中を抜け、さらには大きな岩がゴロゴロしているガレ場を這いつくばって進み、鬼のような気迫でベース・キャンプを目ざします。彼を苦しめるのは、体力的な限界や激痛はもちろんのこと、激しい脱水症と、さらには「ベース・キャンプがすでに撤収されているかもしれない。そこには誰ももういないのではないか」という猜疑心です。

 しかし、サイモンはキャンプ地に居続けていました。ジョーは死んだ、と思いながら、立ち去る決断がつかなかったのです。そして、いよいよ明日はリマの街へ引き上げようという最後の晩、真夜中に自分を呼ぶ声に気づきます。声の先を探すと、「生きて、そこにいるとは信じられない」ジョーが、亡霊かと見まがう変わり果てた姿で横たわっていたのです。遭難から4日、2人がシウラ・グランデ峰に出発してから7日目のことでした。

〈サイモンはテントの中に私の体を引っ張り込むと、温かな寝袋の山を背にあてがってくれた。私の脇に膝をついてじっと見つめる彼の目の中に、憐れみ、恐れ、驚愕が混じり合い、闘っているのが見てとれた。私は笑いかけた。彼もにっこり笑い返して、ゆっくり首を左右に振った。「ありがとう、サイモン」私が言った。「あれでいいんだよ」彼はつと視線を外して、顔をそむけた。「とにかく、ありがとう」〉

 最初の事故が発生して骨折した際にも、一緒に下山しようと力を尽くしてくれた。そしてザイルを切ったことに関しても、「きみを責めはしないよ。それしか方法はなかったんだ」、「気にしないで。二人でここにいるんだ。終わったことなんだ」とジョーは感謝の言葉を繰り返します。ザイルを切る、というサイモンの決断が、結果として二人の命を救ったのです。

 英国に戻ったサイモンは、「自分が生きるためにザイルを切った」と正直に告白し、そのために山岳界からバッシングを受けました。ジョーは一貫して彼を擁護し続けます。「逆の立場であれば、自分もそうしたであろう」と語り、本書を著したのも「命の恩人であるサイモンに捧げるつもりであった」と。

 映画の最後に明らかにされますが、ジョーはその後、6度にわたる足の手術を受け、厳しいリハビリにも耐えて、2年後にはまた登山の世界に復帰します。サイモンについては触れられていませんでしたが、おそらく彼もまた山を登り続けているはずです。ただ、「一生涯その罪の重さを背負っている」と本人が語っていたように、ジョーの言葉にも決して癒されることのない心の傷を抱えて、はてしない自問自答の迷路から逃れ出ることは難しいでしょうが――。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)