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 「聖者の行進」を踊ろう
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 三原橋地下街にあった「銀座シネパトス」が来年3月末で閉館することに決まりました。1998年に「銀座並木座」がなくなり、銀座唯一の名画座として孤塁を守ってきただけに、ベテラン選手の引退を惜しむような思いが湧いてきます。

 1970年代に学生生活を過ごした者にとって、「ぴあ」を片手にあちこちの名画座で古い映画を観て歩くのは楽しみでした。よく通った渋谷全線座、飯田橋佳作座はすでになく、神保町シアター、ラピュタ阿佐ヶ谷などがその後新しく誕生しているものの、なじみの“小屋”がまたひとつ消えてしまうのは、何とも寂しい限りです。

 聞けば、京橋のフィルムセンターなどに通ってくる客層も、最近は高齢化が著しいとのこと。DVDが普及し、BS、CSなどでの放送も増えていますから、若い人がわざわざ名画座で昔の映画を観なくなったというのも、世界的な傾向なのだそうです。となれば、建物の老朽化とともに、閉館があいつぐのもやむを得ないことかもしれません。

「映画館発祥の地」であった浅草でも、今年10月までに六区と呼ばれる地域に残っていた映画館5館(浅草中映劇場、浅草名画座、浅草新劇場、浅草シネマ、浅草世界館)がすべて閉館の予定です。昭和初期に建てられ、築およそ80年。建て替えが必要な時期だといいますが、取り壊された後の計画はまだ具体的になっていないとか。

〈浅草は生きている。――大衆は刻々に歩む。その大衆の浅草は常に一切のものの古い型を溶かしては、新しい型に変える鋳物場だ〉

 この町がモダン都市東京の最前線を担っていた頃に、添田唖蝉坊のこの言葉を引用したのは、『浅草紅団』(1930年)の川端康成でした。その言葉のひそみにならえば、スカイツリー人気に湧くこの町で、“娯楽の王様”の新旧交代が進むのはむしろ遅きに失したといえなくもありません。

 10月21日までとなった浅草中映劇場で、先週「生誕88周年記念 岡本喜八監督特集」を見てきました。「第5回したまちコメディ映画祭in 台東」の企画として行われたもので、上映されたのは「ああ爆弾」「近頃なぜかチャールストン」「独立愚連隊」の3作品です。久々に「近頃なぜかチャールストン」と「独立愚連隊」の2本を見て、やはり岡本作品は「見て楽しい」と改めて感じ入りました。

「近頃なぜかチャールストン」は1981年の作品で、現代の日本が舞台です。監督5作目にあたる「独立愚連隊」(1959年)は、舞台が日中戦争さ中の中国大陸北部。時代設定も背景もまったく対照的な作品ですが、ともに監督のオリジナル脚本。そして、いずれも苦心のあとを少しも感じさせない小気味良い仕上がりながら、実に緻密に練り上げられた構成で、細かいカットを積み重ねた映像のリズム感、テンポの良さ、音楽の効果的な使い方など、岡本喜八ならではの職人技です。しかも、深いところに通底するメッセージがあり、いま見るとなお面白いという“お得感”までありました。

「近頃なぜかチャールストン」は、独立国ヤマタイ国の住人と称する謎の老人集団の物語です。彼らとそこに紛れ込んだ資産家のドラ息子が巻き起こすスラップスティック・コメディ。超低予算で、なおかつ撮影日数19日で完成させたという名人芸の楽屋話も笑えますが、それより何より作品自体のアナーキーでカラッとした笑いの質が上等です。30年前の作品なのに、とにかくぶっ飛んでいて、少しも古びた感じがありません。ヤマタイ国のご老人たち――小沢栄太郎(総理大臣)、田中邦衛(陸軍大臣)、今福将雄(外務大臣)、殿山泰司(文部大臣)、千石規子(大蔵大臣)、堺左千夫(逓信大臣)、岸田森(内閣書記官長)といった芸達者の豪華メンバーが、とことん芝居を楽しみながら、これでもかという“怪演”を繰り広げます。

 見どころは満載ですが、「どれかひとつを」と言われれば、文句なしに選びたいのは、ヤマタイ国の防衛戦で、はかなく“名誉の戦死”を遂げた殿山泰司の「遺体(?)」を囲んで、全員が「聖者の行進」を踊りながら供養をする場面です。岡本組の役者パワー炸裂という感じで、むちゃくちゃにカッコ良くて、突き抜けた破壊力が尾を引きます。思い出し笑いがまだこみあげてくるほどです。

 さて、「独立愚連隊」はといえば、尖閣諸島をめぐって中国国内の反日暴動が激化し、また韓国とは竹島問題、歴史認識をめぐる対立がきわどい昨今であるだけに、少し「危険な」笑いにハラハラさせられます。公開当時もかなり物議をかもしたと聞きますが、すべては岡本監督の筋金入りの反骨精神のなせる業。

 そして西部劇タッチのつくりは、監督の愛した米国映画へのオマージュです。主人公が登場する冒頭のツカミの場面から、ヤマ場となる拳銃での決闘シーンや、主人公たちが荒野を馬で駆けていくラストシーンまで、日中戦争に題材を借りた西部劇だといってもいいスタイルです。おまけに、敗戦後まだ14年というタイミングで、派手に銃を撃ちまくって、八路軍の死体の山を築き上げる場面というのは、ずいぶん良識派の人たちの顰蹙を買った模様です。

〈これについては一言もない。一言もないというのは、あの写真そもそもの発想が戦時中スケソーダラと死神に追っかけられた一市民であり一兵士であった極めて弱者の私自身からふくれ上がっただけで、高邁な理念から出発したものではさらさらなかったからだ。そういう姿勢が良かったか悪かったかは未だに判らない。ただ、首筋から噴水のように血をふき出し、或はこぼれ落ちたハラワタを押し込み乍ら死ンで行った同期候補生たちの中でふるえていた私には、戦争という奴は敵も味方も虫ケラの如く死ンで行くもの、としか思えなかっただけだ。〈独立愚連隊〉は止むなく闘って全滅した。中国兵も三四十名の死体を残して前進して行った。それをインデアンの大虐殺と解釈されたのはまことに残念だ〉(「無批評はシャクの種」、岡本喜八『マジメとフマジメの間』ちくま文庫所収)

 士官学校の庭に250キロ爆弾が落ちてきて、自分の仲間の大半が「ハラワタをさらけ出し、足や手を吹っとばし、頸動脈をぶった切られて死ンだ。彼等の肉片をこびりつかせ、頭からドップリ血のりを浴びても生き永らえた」というのが岡本監督です。「ささやかな戦争体験」であるにせよ、自分はそれを忘れるわけにはいかないので、せめて“戦争ハイヤダヨォーッ!”とひと言叫びたかったと語ります。

〈戦争は悲劇だった。しかも喜劇でもあった。戦争映画もどっちかだ。だから喜劇に仕立て、バカバカシサを笑いとばす事に意義を感じた。戦時中の我々はいかにも弱者であった。……しかし弱くてちいちゃなニンゲンであった兵士たちにとって、バカバカシサへの反抗は切迫した願望でもあった。 あまりにも切迫した願望のせいか、独立グレン隊は小高い視野にも立たず、慟哭もせずフマジメに誕生した。彼等はフマジメに闘って或いは拍手され或いは石をもて追われた。しかしフマジメに闘っても、ニンゲンでありたい事をマジメに願って、願うの余りヤミクモに抵抗を試みた愛すべき戦友たちだったとは思っている〉(「愚連隊小史・マジメとフマジメの間」、前掲書所収)

 たとえば、日本の「軍旗」を後生大事に奉るのは、マジメな軍人精神の発露です。待てよ、そんなものにどれほどの意味があるのかと、シニカルに眺めているのはフマジメな兵士(愚連隊)です。それでも、彼らは軍旗はためく下に戦います。しかし、その物神化があまりにバカバカしいまでに増大すれば、ニンゲンたちはこの不条理に「ヤミクモに抵抗」する他ありません……。

 この作品も見どころ満載なのは同じですが、私のお気に入りは三船敏郎の役どころです。サード助監督時代に、「同じ下宿にいて、同じ釜のメシを喰った」という親しい間柄であるからこその起用法。監督デビュー作「結婚のすべて」(1958年)では、天下のミフネがタイツ姿のバレエ教師役で登場し、あの野太い声で「アンドゥトロワ」とやって爆笑を誘ったというのですが(未見)、こちらの作品では城壁から突き落とされて「頭がパーになった隊長」という役柄です。のどかな朝っぱらから、「敵襲ー!」とひとり絶叫して、戦闘態勢の指揮を執るのですが、当然誰からも無視されます。悠々と川で洗濯している女たちに向かっては(兵士と勘違いして)、「お前ら、それでも金玉ついてんのかぁ!」と怒鳴りあげます。それを「ついているわけないよ。女だもの。パカだなぁ」とやり返される始末。

 よくこんな脇役を引き受けたと思う三船敏郎の太っ腹も大したものですが、役者をこうして巧みに活かす演出術のセンスも光ります。加えて、この場面が面白いのは洗濯をしている女たちが従軍慰安婦で、ミフネに名セリフで応じたのが、朝鮮半島から来ている女性であること。しかも、彼女はここで一旗揚げて、ゆくゆくは一緒に新宿で喫茶店を開こうと、仲のいい日本人仲間に話を持ちかけているのです。このあたりの軽妙さが、岡本喜八流の「無思想の思想」です。戦争という重いテーマにがんじがらめになった進歩的でステレオタイプの戦争映画を、いともたやすく脱臼させてしまうのです。

「近頃なぜかチャールストン」は「独立愚連隊」の時代から、岡本喜八が「いかに変わらなかったか」の証明のような映画です。「独立愚連隊」の連中がもしいまも生き永らえていたならば、と発想したところから、非行中高年グループのイメージが浮かんだそうです。1981年にヤツらがいたら、何をやらかしているのだろうか……。「戦中派」の心の奥底で澱のように溜まった思いこそが、あの「聖者の行進」の熱っぽく、ファンキーで、パンクな踊りにそのままつながっているのです。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)