【考える本棚】
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 NHK_PR1号
『中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜユルい?』
(新潮社)
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ユルさの鉄人がゆく------------------------------------------------------------------------ お堅いはずのNHK広報の“軟式”ツイッターアカウントを開設したのが本書の著者。正体はいっさい明かしませんが、「気がつけば50万フォロワー!」という人気アカウントの「中の人」です。アイコンは午後3時のNHK時計。その自己紹介もふるっています。

NHK広報局(かなりユルい会話など)@NHK_PRやや癖のあるツイートが特徴。ツイートも多いので、苦手だとお感じの方はNHK公式ツイッターアカウント一覧 http://nhk.jp/_extserv からお好みのものをご利用ください。通常業務の間にゆるく運用しており、繁忙期には止まります。タイムラインの全ては読めませんので予めご了承ください。アイコンはおやつの時間。東京都渋谷区神南2?2?1・http://www.nhk.or.jp/pr/

「ツイッターって、もしかしたらNHKの広報に使えるかもしれない」という閃きから、この物語は始まります。とかく「まじめでお堅くて、面白くない、融通が利かない」と見られているNHK。そんな企業イメージを払拭して、少しでもいい組織だと思われたい。親しみを感じたり、好きになってくれる人が増えてほしい。ならば、ようし、こっそり一人でやっちゃうか……。

 こうして正式に届けを出すこともなく、勢いで発進させたというのがそもそもです。最初に悩んだのは、このアカウントのキャラ設定をどうするか、という問題。NHKに固着したカラーを打ち破るためには、親しみやすい“人格”が不可欠だと考えます。とはいえ、NHKのまじめさは外せません。なので、「生協の白石さん」(*1)みたいな誠実さ、優しさ、それに「のだめカンタービレ」の「のだめちゃん」(*2)の天然の味、「バカリズム」(*3)の面白さ、そして最後に素顔の自分を加えて、それをゆっくり弱火にかけます。あとは成り行き次第で、なんとか目鼻がつくだろうという目算です。ところが静かにスタートしたのが、やがて発覚。2009年12月には、NHKの公式アカウントとして正式デビューするに至ります。

 ただし、コンセプトは一切変えません。宣伝することが目的ではなく、たくさん会話をすることで、NHKに興味を持ってもらう、そしてみんなと仲良く友達どうしのようになって、NHKの印象をいい方向に変えていくことをめざします。

「好きな食べ物は何ですか?」@NHK_PR「プリンです」「プリンのほかには何が好きですか?」@NHK_PR「凍ったプリンです」

「夜中も呟いていますけれど、ちゃんと寝てるんですか?」@NHK_PR「睡眠中は常に寝ておりますよ。ご安心ください」

 うっかりした間違いや脱線がむしろツイッターの世界では歓迎されることも織り込んで、「だめキャラ」のユルさが基調となります。

@NHK_PR「本日の私が気になっている番組。総合テレビ『迷宮美術館』この番組、まだ迷ったことはありません。BS1『魚 対 釣り名人』どうせ名人が勝ちますよ。教育とBSで『落語』どうして自局でかぶるんだよ!」「魚が勝つことはあるんですか?」「そんな紹介の仕方で怒られませんか?」

 そんな時、ある広告会社が「4マスを超える新媒体」としてツイッターのプレゼンテーションにやってきます。コストパフォーマンスが良く、いつでも好きなだけ情報発信ができる、まったく新しい広告媒体だと。「3000人のフォロワーをアカウント開設時にはお付けします」という“好餌”までちらつかせた売り込みです。

 ところが、NHK_PRにはすでに4万人のフォロワーがいると知って、仰天します。そして、「自分たちは情報発信というよりは、NHKを少しでも好きになってくれるファンを増やしたいと思っている。だから、むしろ相手の話をちゃんと聞く情報受信のツールと考えている」と教えられ、広告会社はあっさり退却を余儀なくされます。

 ただ、いいこと尽くめではありません。フォロワーが一定数を超えると、当然お叱りや、ネガティブな反応が増えてきます。「NHKの公式なのだからNHKらしいツイートをするべきだ」、「なぜ、ちゃんと宣伝をしないのか」、「おしゃべりみたいなツイートに受信料を払っているわけじゃないぞ」等々。

 面白いのはNHK_PRさんの対応です。アンフォローを勧めるのです。露骨に言えば、「イヤなら見るな」というわけですが、「ご覧になりたいものは、たぶんここにはありません」とゆるやかに退場を促すのです。「学校でも会社でも、どうしても合わない人っているじゃないですか。あなたとは合いませんねって言いたくなるような人が」。「そういう、合わない人に無理に合わせようとして、こっちのやる気がなくなっちゃったり、狙っている戦略の方向がずれちゃったりするのがイヤなんですよ」と。

 かと思えば、小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還するという夜に、初の「炎上」事件が起こります。その日の昼頃、「はやぶさ再突入の生中継はないのでしょうか?」という質問が届きます。あいにく、サッカー・ワールドカップの中継にぶつかっていて、はやぶさの放送はありません。「中継はありませんが、ニュースなどでお伝えすると思います」――そう答えて、一件落着と思っていました。

 ところが、夜に入ったあたりから、「どうして中継しないのか」という詰問調のツイートが増えてきます。さらにそれがエスカレートして、「番組を切り替えてでも中継しろ」と厳しいお叱りに変っていきます。「日本国民がみんな望んでいるのに、なんで中継しない。お前、どこの国の放送局だよ」、「ご理解なんかしねえよ。受信料返せ」。そして、ついには手に負えないレベルに達します。

「PRさん、叩かれてるの?」@NHK_PR「もう限界かも知れません」

 つい弱音を吐いてしまいます。しかし、それはあくまでNHK_PRのメンション欄の中だけの嵐でした。一般のタイムラインにはありふれた夜の時間が流れていました。局のコールセンターにもほとんど電話はなく、世の中はいたって平穏だったのです……。

 ともあれ、そういう人気アカウントとしてNHK_PRが定着し始めていたことを、私はまったく知りませんでした。おそらく何ごともなければ、それが視野に入ってくることもなかったでしょう。ところが、2011年3月11日がすべてを一変させました。

 14時46分54秒。テレビから緊急地震速報が流れた瞬間から、著者はツイートを続けます。現場判断で必要と思われることはなんでもやろう、と心に決めて――。ところが、津波が各地に到達するにつれ、メンション欄には目をふさぎたくなるような悲痛なツイートが寄せられます。「PRさん助けてください」「PRさんもうだめです」――しかし、答えることができません。「詳しい状況も場所もわからないまま、いいかげんなことを答えること」ができなかったのです。無力感が襲ってきます。

 こうして時間が過ぎ行く中で、ふと目に留まったのは「一人の中学生が動画配信サイトを利用して、NHKの放送をそのままインターネットに流している」というツイートでした。「なるほど、そうか! そういう方法があったのか」。これなら、停電している地域でも、放送を受信することができるかもしれない……。これはすぐに知らせなきゃ!

 ところが、一瞬の躊躇が走りました。この情報をツイートしたら、あとで大きな問題になるだろう。クビになるかも知れないな……と。しかし、著者が次に取った行動は、「情報感謝!」というコメントをつけて、それをリツイートすることでした。

〈「いいや、クビになっても」 私はそう決めました。 今、NHKが緊急体制で放送しているのは、出来るだけ多くの命を守るためです。それなのに、その放送が届いていないのなら……。どんな手段を使ってでも、情報が届かないよりは届くようにしたほうがいいに決まっています。……それで一人でも助かる人がいるのなら、私がクビになるくらい、たいしたことではありません〉

 このツイートは瞬く間にリツイートされ、拡散されました。同時に、「NHKはネットでの配信を認めたのか」という質問が届き始めます。自分が勝手に諒解したのだと、はっきり言明する他ありません。「停電のため、テレビがご覧になれない地域があります。人命にかかわることですから、少しでも情報が届く手段があるのでしたら、活用して頂きたく存じます(ただ、これは私の独断ですので、あとで責任は取るつもりです)」。

 それ以後も危機的な状況は続きました。原子力発電所の事故発生。NHKに対する要望などが怒濤のように著者のもとには押し寄せます。そして日を追うにつれ、疲労と不安の極に達した人々からは、攻撃的な言葉が大量の罵詈雑言となって届きます。著者はそこで、またひとつの大きな決断を下します。批判されるに決まっているけれども、この流れを断ち切るためには、誰かが発しなければならないメッセージ――。

@NHK_PR「被災地では、被災された方も支援にあたっている方も疲労がたまり、たいへんお辛い状態かと存じます。孤立状態にある方も大勢いらっしゃいます。誰もが緊張しています。だからこそ、このアカウントでは、今後、出来る限り日常的なユルいツイートをします。ご批判もあるとは思いますが、ご理解ください」

@NHK_PR「皆さん長い緊張状態が続いているようで、様々なところでイライラと批判と強い口調の言葉があふれています。だからこそ、このアカウントでは出来るだけ日常的なユルいツイートをしようと決めました。ご批判もあるとは思いますが、ご理解ください」

 こうしたPRさんの独自の判断と勇気に着目し、共感を示した人たちが大勢いました。その中に「ほぼ日刊イトイ新聞」の“乗組員”たちも入っていました。「ほぼ日」の震災奮戦記『できることをしよう。』(糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞、新潮社)には、PRさん自身も登場してきます。そしてこの本を編集した際に、私も一度だけお会いする機会がありました。軟式アカウントのキャラそのままかと思われる人柄と、140字のツイートを臨機応変に繰り出す鋭い反射神経の持ち主でした。

 では、このようなPRさんなくしては、NHK_PRは存続し得ないのか。答えはイエスでもあり、ノーでもあります。このアカウントがどのような熱い思いとともに作られてきて、なぜ成功を収めたのかは、PRさんの個性を抜きにしては語れません。一方、企業アカウントである以上、担当者が交代することはつねに「あり得る」話です。個人のパーソナリティによるところが大きいツイッターを、どうやって閉鎖しないで次に引き継いでいくのか。根っこにある考え方をどのように共有していくのか。現場では、そのチャレンジがすでに始まっている様子です。

 最後に、少しわかりにくい書名について。ここには、ふたつの意味がこめられています。ひとつはNHK本体と「視聴者」「お客様」との間に立って、それぞれの話を相手に伝える仲介役が著者の立ち位置とみなされていること。内と外との媒介者だ、というわけです。しかし、それにもまして大切なのは、NHKは公共放送だという事実。本当の「中の人」とは、そこで働く特定の誰かではなく、「NHKを自分たちのものだと感じ、信頼し、そして支えてくださっているみなさん一人一人」のことなのだ、という思いです。

「みなさまのNHK」というだけではなく、「みなさまがNHK」でもあってほしい。だから「中の人などいない」と自分は定番ギャグのように繰り返すのだ、と。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)