【考える本棚】
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 ハンス・エーリッヒ・ノサック『幻の勝利者に』(新潮社 絶版)
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父の目に涙------------------------------------------------------------------------

 学生時代から何度も引越しをして、その度にかなりの本を処分してきました。また、定期的に古本屋さんに来てもらって、思い切った本の整理も続けています。そんなサイクルを繰り返しながら、毎回どうしようかと迷ってはみるものの、結局手許に残してしまう何冊かの本。この作品も、そういう不思議な愛着を感じている一冊です。いまから42年前に刊行された単行本で(原著の刊行は1969年)、定価は650円。いまの文庫本並みの値段です。

 もう古書でしか手に入らない本ですから、あらすじを紹介してしまいましょう。ネタバレと言われる怖れもありますが、ストーリーが明らかになったからといって、作品の興趣が殺がれないところも、不思議な魅力というゆえんです。

 物語は、高校教師である「私」のモノローグとして展開していきます。「私」はがんらい歴史家で、1919年にハンブルクで起きた革命運動に関する論文で博士号を取得しています。表題が「革命動乱期における一兵士の天才的戦術について――1918年~23年におけるドイツ革命運動を中心にして」といういかにも実証的な歴史研究で、ハンブルク騒乱の際、革命側に勝利をもたらした一人の軍事的天才の謎を解明しようとした労作です。ナチス支配下ではかたく封印されていた文献・資料を渉猟しながら、「私」はその人物の実像に迫ろうとしたのです。

 さて、その男は武装蜂起初日のハンブルクにどこからともなく姿を現わすと、一門の大砲を扱いかねていた革命軍に手を貸します。そして、砲兵隊仕込みの大砲射撃の腕前を披露して、ハンブルク市庁舎の占領を助けます。さらにはこの中隊を率いると、近郊の兵営を無血のうちに占拠し、武器の調達にも成功を収めます。きわめつけは、戦いの帰趨を決することになる革命軍の進撃作戦を立案し、これを党の指導機関の意図にさからってまで遂行するのです。それはある地点に向かって急行軍すると見せかけながら、途中でにわかに方向を転じ、ベルリンからの友軍と中間地点で合流することで、反革命軍を包囲し、戦わずして敵方を解散に追い込むという“奇跡”をもたらすものでした。まさに天才的戦略としか言いようのない水際立った作戦を演出したのです。

 ところが、これだけの戦功を立てたにもかかわらず、彼はその直後に、忽然と姿をくらまします。勝利の絶頂ともいうべき祝賀の席から、この人物は突如失踪するのです。なぜ「歴史的視野」から急に消え去ったのか。反動分子に暗殺されたのではないか――といった、さまざまな風説が流れます。ただ、失踪後に彼からの最後の電報が、革命の指導機関宛てに出されていました(なぜか「私」の生まれ故郷の町から発信されていました)。「ブジ アンシンヲコウ ゲンキデ ドウシハイン」――。だがこれとて、暗殺の隠蔽を目的とした政治的なカモフラージュかもしれません。「私」は「学問的に確実な根拠を欠く」と判断を下す他ありませんでした。ともかく、姿を消してからの手がかりは一切なく、そもそもどこの誰であるのかさえ、不明のままでした。

 しかし、歴史家はこの解明に全力を挙げて挑戦し、ひとつの人物像をまとめ上げるに至ります。そして、その博士論文をもとにして一般向けの本を著します。革命軍の歴史的勝利の舞台となった町に建てられた碑銘にちなんで、『幻の勝利者に』と題したその本は評判を呼び、20代の終わりにあった著者を経済的にも潤します。

 ところで、この「私」の父親というのは、戦後にいち早くセルフサービスの食料品店を手がけて成功した田舎町の商人です。たまたま件の革命暴動が起きた日には、商談でハンブルクに出かけていました。騒動の現場を目撃することになり、予定より2週間近く遅れて帰宅したのです。行く時は上等の青の背広を着て出ていったのに、帰ってきた時には古着屋で買ったというだぶだぶの背広姿に、軍隊長靴をはいていたというエピソードもありました。

 父の死後、「私」は遺品を整理します。すると、その古い背広が見つかります。半世紀も昔の背広が、その後一度も袖を通すことなく、大切に仕舞われていたのです。ふとある場面が蘇ります。この奇妙な背広のことが、初めて話題になった夜のこと。そう、『幻の勝利者に』の普及本がよく売れていたその頃に、「私」は婚約者を連れて両親のもとを訪ねたのです。すると、普段は読書におよそ縁のない父親が、この本はすでに克明に読んでいて、ふざけ半分のおどけた調子で細かな論評を加え始めたのです。

「やっこさんの名前はハインっていったっけな?」

「ハインはごくありふれた名前だよ……だがその連中には、その、なんていったっけ、――戦術の天才かい、そんな気のきいたやつはいないね。わしみたいに、ごくありふれた野郎ばかりさ」

「ともかくハインの身になって、おまえさんの本もたえず見ながらあれこれ考えてみたわけさ、そんな男がどうやって革命などに足を踏みいれて撃ち合い沙汰やら市庁舎攻撃やらやらかしたあげく、鉄かぶとの写真までとられるはめになったか、ぜひ知りたいからな、ともかくなにか理由があるはずだ」

 手ぶり身ぶりをまじえつつ、方言まるだしで芝居っ気たっぷりに語る父の“名演”に、皆は笑い転げながら聞き入ります。息子の描き出した「幻の勝利者」が、なぜ革命軍と遭遇して、野砲の操作を教えることになったのか。さらには、兵営を正面から攻撃するのではなく、退路を開いてそこから士官たちが脱出するように誘導し、一滴の血を流すこともなく難なく武器を手に入れた顛末。「父の想像力に感心する」ばかりでした。

 そして歴史家の論述では、軍事的天才なくしては果たし得ないとされた最後の牽制作戦についても、父親はこともなげに異論を唱えるのです。

「そんなことは天才でなくてもできるさ。この町の小わっぱでも、よほど頭の鈍いやつでないかぎり同志ハインと同じようにしたろうさ」

 つまり、ごく初歩的な「商売のかけひき」さえ心得ていれば、そんな知恵などわけもない、と言うのです。……ここまでで明らかなように、読者はドラマティック・アイロニーとして、実はこの父親こそが「幻の勝利者」その人であることを諒解して読み進めます。その時点で、気づいていないのは息子たちだけです。父の語り口調があまりに役者そこのけであるために、あるいは文献・資料にすっかり目が曇らされているために、その場で明らかにされていく真実の意味を息子は理解できないでいるのです。

 したがって、遺品の古背広に縫い付けられた商標ラベルを見た瞬間に、彼は「電撃のようなショック」を受けるのです。そのラベルには、父親の出かけていたハンブルクではなく、彼が生涯に一度として行ったことがないはずの――あの「幻の勝利者」が姿を消した町の名前があったからです。

「私」は衝撃を受け、そして悟ります。……あの日、父は真実をしゃべっていたのだ。自分たちはそれを作り話だとばかり思いこんでいた。けれども、父は刻々の行動を細大もらさずに話したのだ。父は12日間だけ革命に加わり、汚れきった背広は処分して、古着に取り替えて脱出してきたのだ、と。

 歴史家は自らの学問的基盤を突き崩す、このラベルを古背広からはがします。そして洗面所で洗い流してしまいます。ひとり真実を知りながら、身の破滅を怖れて、証拠を闇に葬った、ということができるでしょう。そしてその文脈でこの作品を捉えれば、歴史的真実は文献・資料の「隙間」にこそ宿っていて、客観的必然の網目では捉えきれないところに人間的な真実も潜んでいる、という戒めとして読めなくもありません。

 ただ、この本にいまだに愛着を覚えるのは、それとはちょっと別の理由です。父親の行動そのものが示している問いかけに、何度も立ち帰らされてしまうからなのです。なぜ、彼は革命の現場を離れ、あえて日常に戻って来たのか。なぜ背広は大切に保存されたままだったのか。そして、なぜ父は息子の本を読んだ時に、真実をそれらしく語るのではなく、方言まるだしの口調で道化さながらに演じてみせたのか。

 いずれも、「答え」は小説の中に書かれています。しかし、それ以上の何か深いわけがあるのではないか、という疑問がどうしてもつきまとってしまうのです。とりわけ、息を引き取る直前に、日頃は快活な父親の目から「まちがいなく涙があふれていた」と、病院の若い看護婦が証言しています――。

〈「どこかお痛みですの?……先生をおよびしましょうか?」看護婦が尋ねます。そして涙を拭きとってやっていると……父は頭を振っていったそうです――「いやいや、ちょっとためしているところさ、娘さんや、わしにはそんなひまなんかなかったからな。」〉

 彼は何に涙していたのか、それが謎めいた言葉とともに残されました。息子にも、誰にも告げられなかった真実を抱えて死んでいく自分に対する感傷か? それとも一緒に弾をくぐった同志がやがて、ナチスによって処刑されたという運命の非情に泣いたのか?

 そう考えると、第一次大戦の敗戦から革命の胎動が起こり、やがてワイマール体制の誕生、ナチスの台頭、そして再び大戦へと突入し、敗戦、そして東西分裂へと進んでいくドイツの現代史が、父の生涯に重なって見えてきます。4年間、西部戦線に従軍して戻った父が、たまたま居合わせたハンブルクで革命の息吹をどのように受けとめたのか。行きがかりで手を貸すことになったという彼の中で、何が起こったのか。つかの間とはいえ、彼が本気で革命に参加したとしか思えない、何かをそこに想像しないではいられません。

 しかし、継ぐべき家業があること、初産を控えた(やがて歴史家となる息子を宿していました)妻が、家では心配しながら待っているに違いないこと。いつまでも留守にしておくわけにはいかない事情がありました。

 つまり、この小説が触れているのは、取り返しのつかない過去、「歴史」そのものへの愛惜の念だということです。父親の中には、いまだにその残り火が消えていなかったのだと思います。息子の本をおどけて批評するしかなかったのは、それがあまりに自分にとって痛切なテーマであり、哀しみをともなう思い出だったからに違いありません。それはおそらく臨終の日まで――いや、死が近づくにつれて、ますますリアルな姿をもって迫ってきたのではないでしょうか。もうひとつの、あり得たかもしれない自分の生き方として。さらには、ドイツという国の歴史そのものの可能性として。

 書いてしまえば、大した話ではありませんが、父親が最後に流している涙こそ「歴史」の手応えだと思えるようになったのは、そこそこに年を取ってからのことです。本を手放さなかったおかげだと思うのです。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)