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 こんな夢を見た
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 先日、久々に夢を見て、目を覚ましました。最新号で「眠りと夢の謎」とい
う特集をしたにもかかわらず、実は最近あまり夢を見ていない、という文章を書
いたばかりでした。

〈眠りも人それぞれなら、夢にも人の個性が現れます。……原色系の豪華絢爛極彩色の夢を見る人や、ヘビが出てきたところで必ず悲鳴をあげて目を覚ます人、自由自在に空を飛翔する夢が定番だという人など、実に多様です。まったく夢を見ないと豪語する人たちも稀にはいます。 編集子はといえば(註・私のことです)、以前はしばしば墜落の夢を見ました。滑り台、階段、断崖絶壁、ビルの上――高い場所の、その端に立った瞬間から、恐怖の予感が走り、墜落していく途中で動悸が高まって目を覚まし、「あー夢だったか」と、闇の中でしばらく心を鎮めるというのがお定まりでした。 それも、最近はすっかり見なくなりました。いまだに入学試験で大失態を演じる夢を見て冷や汗を流す、という初老男性の話を聞くと、墜落する夢と縁が薄らいだのは、嬉しいような、少し寂しいような、複雑な気持ちがしなくもありません〉(「波」2月号、新潮社)

 そんなボヤきが神様に聞こえたのかもしれません。久々に夢を見ました。ただし、「墜落」ものではありません。せっかくの記憶が残っているうちに、夢文学の傑作――夏目漱石の『夢十夜』のひそみにならって、これを書き留めておきたいと思います。

 こんな夢を見た。 どうやら自分の勤め先の部署の人間が、海外でトラブルに巻き込まれたらしい。中東のどこかの国のようである。髭を生やした大勢の男たちが二人の日本人を取り囲んでいる。彼らは必死で抗弁し、抵抗しようとしているが、その声は群集のざわめきにかき消されて何も聞こえない。騒ぎはますます大きくなっているようだ。何かを必死になって訴えようとしているが、それがかえって火に油を注いでいる気配もある。一体何が起こったのか? しばらくその様子をこちら側から、自分はテレビの実況中継のようにして眺めている。ハラハラするのだが、なにぶん日本から遠く離れた場所で起きているので、どうすることもできない。心配しながら、ただ見ているしかない。 そのうち、断片的な情報が伝えられてくる。彼らが何か場違いなことを言ったらしく、それが人々の怒りを買い、こんな事件に発展したのだという。いやいや、そうではない。彼らは犠牲者である。まったく取るに足りないようなことから誤解が生まれ、それが次第に増幅されてしまったのだ。だから本人たちもまるで訳が分からないうちに、パニックが拡がってしまった……。 とにかく様子が分からない。 その後も憶測交じりの情報が入ってくるけれども、信憑性は不確かである。 自分は出先で会議に出席しているところだ。そこに電話がかかってくる。「外務省の人からです」と取り次がれる。外務省には知人も多いので、誰彼の顔を思い浮かべながら、「これでようやく少しは状況が分かるかもしれない」と思って、受話器を取る。 ところが、知らない人からだった。懇意にしている人たちとは似ても似つかない事務的な口調である。聞いているうちに、次第に不愉快になってくる。「お聞きになっていると思いますが」という説明も要領を得ない。その上、何かこちらに非があるかのような口ぶりだ。「あなたの部下のためにこんな事態が生じてしまったのです」「こちらもいい迷惑なのです」といったニュアンスが言葉の端々に感じられる。ますます不快な気持が募ってくる。 ところが、その言葉が時々よく聞き取れない。周囲にいる人たちの話し声のせいである。「少し静かにしてほしい」と頼む。 すると、電話口の向うから、「反省してもらわないと困るんですよね」と言うのが聞こえた。思わず、「何を根拠にそんなことを言うのか」と声を荒げてしまう。「真相がまだ分からないというのに、その言い方は失礼じゃないか」と激昂する。 周りの人たちが驚いて、自分を緊張して見つめる様子が伝わってくる。 その後、しばらくやりとりをして、電話を切る。興奮を鎮めなければ、と思う。その時、いきなり大きな音を立てて、また電話が鳴り始めた。 それが枕元の電話の音だと気づいて、ハッとして目を覚ます。 もちろん、電話が鳴っていたのは、夢の中だけのことである。

 ざっとこんな内容です。せっかく久々の夢だというのに、「夢のない夢」でがっかりしてしまいます。なんでこんな夢を見たのだろう、とそのまま寝床で考え始めました。事件に巻き込まれていたあの二人組は、誰だろう? あいにく顔がはっきり見えませんでしたが、男二人だったような気がする一方で、男女の組合せだったような気もしてきます……。

 それにトラブルの原因が何だったのか、実況放送を見ていたような気がするくせに、輪郭がぼやけてしまって思い出せません。本当に何か暴言を吐いて、それが異国の人々の怒りを買ったのか――。後から聞かされたストーリーで、いつの間にかそう思い込まされているだけかもしれない、という気もしてきます。

 そこで、昨晩寝る前に考えていたことを思い起こしてみました。まず一番に思い浮かんだのは、アルジェリアでの邦人人質事件です。犠牲者10人のうち9人の遺体が帰国した、という夕刊の記事を読みながら、死亡確認がもっとも遅れた方の遺体だけが政府専用機の出発に間に合わなかった、というのを知り、何ともやりきれない気持ちを味わっていました。

 事件が遠い場所で起きて、得られる情報が限られている。細切れの情報が入ってくるが、信憑性は定かでない。しかも、身近な人間が巻き込まれている以上、早く真相をつかみたい。何とか事態が収拾できないものかという思いが募る――そんなところが、非常に似通った心理状態です。

 もうひとつは、あるショッキングな知らせを夕方に受けたことでした。これもわが身の無力感を覚えないわけにはいかない出来事でした。さらに「二人組」にも思い当たるフシがあります。一人の身の上に起こったことについて、もう一人と話したばかり。ちょっとした心配事で、それも頭にありました。

 それから、帰宅して聞いた知人からの伝言。「今度の特集は面白かったけれども、あれだけ『眠りと夢』をやるのなら、酒と酔っ払いとインスピレーションの話が読みたかった。杜甫が代表で、李白もほしかったね」とか。年賀状を漢文で書いてくる人らしい感想だと思いながら、このひと言で妙に“夢”を意識させられたのも確かです。

 さらに言えば、夕方、下北沢にある「B&B」という書店の人からメールをもらったこともひとつです。今度の特集に合わせて、「誌面で紹介されている書籍のほか、主人公が眠ってばかりいる小説や、夢を科学する本などを選んで、ミニフェアを開催中」という案内でした。「椅子の上で眠る本たちを、そっと手にとってください」という写真とコピー。

 添えられていたひと言に、先日、翻訳家でアメリカ文学者の柴田元幸さんがイベントで来店された時に、このフェアについてお客さんに宣伝してくださいました、とありました。実は、柴田さんには特集の中で、夢にまつわるアメリカの短編小説をひとつ翻訳していただきました。「陰気な鏡」という、ブライアン・エヴンソンの奇妙な味わいの作品です。タイトルからしてやや無気味な、その作品のさわりを紹介してみましょう――。

〈仰向けに横たわったまま、上に広がる闇に見入り、眠りに戻ろうとしていると、突然それが聞こえてきた。ゆっくりと、規則正しく引っかく音が、すぐ外から、壁のすぐ向こう側から聞こえてくる。何だろう? 不意に音が止んだ。それから、やっと体の緊張が解けてきたところで、ふたたびはじまった。何なんだ? 誰だ?――もっとも、次の瞬間、その問いの答えをおそらく自分が知りたがっていないことを彼は悟った。 仰向けに横たわって、怯えと高揚の両方を感じながら、ゆっくりと引っかく音に耳を澄まし、今後自分の人生はどんなふうになるんだろうとハーモンは考え、立ち上がって見にいくしかない瞬間をできるかぎり引き延ばしていた〉

 この小説のことを思い出したのも影響があったに違いありません。その他、あれやこれやと夢につながりそうな事柄が思い浮かんできました。そうした雑多な出来事を夜中に反芻していたのですから、睡眠中の脳内では、きっとこれらの情報がファイルのフォルダーを探し求めるようにして、はげしく行きかっていたに違いありません。

 漱石の『夢十夜』には作家の裡にひそむ原罪意識が表出している、といった分析が行われています。私の場合は、そういう深い考察はいっさい必要なさそうです。きわめて直近の出来事に基づく反射的な情報処理――右から左への「取って出し」の夢だと言えそうです。

 とはいえ、喉がカラカラに渇いて目が覚めました。そして起き上がって水を飲んでいるうちに、「せっかくだからメモしておこう」と思い始めました。時計の針は1月25日午前5時35分を指していました。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)