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 陸に沈む
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 今年の大学入試センター試験では、国語の平均点が過去最低になったといいま
す。その原因は、センター試験初登場だった小林秀雄の文章が「難易度を一気に
高めた」せいだ、と言われています。私たちが受験生だった40年ほど前には、小
林秀雄は入試問題の「常連」でした。模試などで「無常という事」が出る度にど
れほど苦しめられたことか……。

 それがいつの間にか、「過去問で対策を練ってきた受験生の意表を突いたようだ」(読売新聞、2月8日朝刊)と評されるようになっていました。「小林秀雄の文章は出題するな」という丸谷才一さんの大音声が、それほど轟(とどろ)きわたっていたのでしょうか(『完本 日本語のために』新潮文庫、所収)。

 ……と、ここまで書いたところで、その問題に取り組んでみることにしました。刀剣の「鍔(つば)」の美しさを語った評論で、実に面白い文章です。幸い、全問正解となりました。私たちが悩まされていた頃に比べて、質問が素直になっている印象です。ただ最後の問題は、問いの意味がすぐには理解できなくて、「この文章」というのがどの文章を指しているのか、戸惑いました(パソコン画面で見ていたせいでしょうか)。受験会場だときっと焦っていたに違いありません。

 さて、その小林秀雄の別の評論を、先週末の深夜、わざわざ本棚から探し出して読みふけるということがありました。実はその晩の会合に集まった同世代の善男善女たちが、口々に「今年が還暦」、「来年が還暦」などと話しているのを聞くうちに、ふと小林の文章が思い浮かんできたからです。

 入試ではありませんから、気軽に読むことができます。少し長めに引用してみましょう。

〈私は、今年、還暦で友達にお祝いなどされているが、どうも、当人にしてみると妙な気分である。私の周囲には、去年還暦、来年は還暦というのが幾人もいるが、見渡したところ、やはり賀の祝いにしっくり納まるような顔付きは見当らないのである。何んの事はない、何や彼(か)やと心忙(こころぜわ)しく、とても呑気に歳なぞとっていられない時勢に、みんな生活しているという事になるのだろう。 古い習慣というものは、皆いずれは、ちぐはぐな事になり、やがて消滅する、と言って了(しま)えば身も蓋もない。考えて行けば身も蓋もなくなる、そんな考えに、私は、興味の持ちようがない。話は逆なのである。お互に、こんな気忙しい世の中に生きているのだから、せめても還暦のお祝いでもやろうか、みんなそう考えているのだ。それなら身のある話になるだろう。それなら、賀の祝いという旧習が、いかに人生に深く根ざしたものであるかに、想いを致してもいいだろう〉(「還暦」、『小林秀雄全作品24』新潮社、所収)

 かく言う私自身、今年で還暦を迎えます。人から祝ってもらうのか、冷やかされるのか、いずれにせよ、「ふたたび生まれた年の干支に戻る」という年まわりになったことだけは確かです。顔付きも心構えも、何もかもが「しっくり」こないことだらけですが、こればかりは致し方ありません。ただ、同世代の人間が集まると、勢い話題がそこに及び、誰からともなく「還暦をどう迎えるべきか」、「これを節目に、人生をどうリセットするか」という問いかけが行われることになるのです。

 リセット、リフレッシュ、リスタート、リフォーム、リビルド、リバイタライズ、レボルブ……最初にreのつく単語はたくさんありますが、どれがしっくりくるのか、まだイメージがまとまりません。先の会合では五木寛之さんの『林住期(りんじゅうき)』(幻冬舎文庫)のことが話題になりました。

 それによれば、誕生からの25年間が「学生期(がくしょうき)」。これは心身をきたえ、学習し、体験を積む期間。次の25年間が「家住期(かじゅうき)」で、就職し、結婚し、家庭をつくり、子供を育てるという社会人の時期。これまでは、その50年間、人生の前半部分こそが黄金期であり、青・壮年時代こそが華であるかのように言われてきました。

 そして「林住期」――50歳から次の25年間――は、老いと死に向けて「徐々に坂を下っていく」イメージでとらえられてきたのです。それを五木さんは覆します。前半の50年間は「林住期」のために、「営々と準備され、磨きあげられ、土台として用意された不可欠の財産、武器」なのであって、仮に陸上競技の跳躍にたとえるならば、スタートラインについて、合図とともにダッシュするのが「学生期」、さらに加速してスピードをあげ、タイミングをはかるのが「家住期」、そして――、

〈「林住期」は人生におけるジャンプであり、離陸である、と私は思う。 まったく新しくスタートするのではない。過去を切りすてて旅立つのでもない。それまでの暮らしを否定し、0(ゼロ)からやり直すのでもない。 これまでにたくわえた体力、気力、経験、キャリア、能力、センスなどの豊かな財産の、すべてを土台にしてジャンプするのである。その意志のあるなしこそ「林住期」の成功と失敗を左右する〉

 というのです。60歳は、林住期に入ってすでに10年が経過しているわけですが、私自身に限っていえば、まだジャンプした実感はありません。その意志がなかった、と言えばそれまでですが、そういう機が熟さなかったというほうがピッタリきます。では、来るべき離陸(テイク・オフ)に向かって緊張感にみちた助走を続けているか、といえば、そういうイメージもありません。ただ、年相応の考え方を身につけたいという思いは、ここにきて強く感じるようになりました。

 そんなことをぼんやり考えながら、帰宅して読み始めたのが小林秀雄のエッセイです。

〈還暦と言えば、昔はもう隠居である。今日では、社会生活の条件がまるで違って了った、という意味でなら、もうそんな馬鹿な真似も出来ないと言うのはいい。だが、これに準じて隠居という言葉の意味も馬鹿気たものにして了う理由はあるまい。隠居という言葉には、私達が、実に長い歴史を通じ、生活経験に照らし、練磨して来た具体的な思想が含れている筈だろう。年齢の呼びかけにどう応ずるかについての日本風な或は東洋風な智慧があるに違いないだろう。そんな事を言い出すと私などには手に負えぬ難かしい問題になって来るが、ともあれ、私は、隠居という言葉を真面目に受取っている〉(同)

 これに続けて小林は、『荘子』則陽篇に登場する、孔子が用いた「陸沈」という面白い言葉を紹介しています。陸沈とは「大隠は朝市(ちょうし)に隠る」の意だといいます。聖人というものは、人と同じような暮らしを営みながら、朝市(朝廷と市場のような人の集まるところ)にひっそりと隠れて住んでいる――。

 社会に背を向けるのでも、社会から見捨てられるのでもない。ましてや世間に迎合するのでもない。そんな「水に自然と沈む」ようなことは誰にだってできるけれども、「一番困難で、一番積極的な生き方は、世間の直中(ただなか)に、つまり水無きところに沈む事だ」というのです。

「市隠」とか「逸民」といった考え方と同じです。落語に出てくる横丁のご隠居さんのように、市井にまぎれて暮らしていて、普段はちょっとバカにされたりしながら、みんなと親しく付き合っている。熊さんや八っつぁんは何かことあるごとにご隠居さんの意見を聞きに行く。ご隠居さんは世俗にありながら、どこか世俗を超越して人生の本質的なことを考えている。「年の功」という美徳を身にまとっているので尊敬されている……。

 小林秀雄はこの文章を書く前年に、「現代思想について」という題で講演をしています。昭和36年8月15日、長崎県雲仙で行われた国民文化研究会の夏季学生合宿教室での2時間半ほどの講義です。「私の話はほんの雑談です。こういう講演は私はあまり好かないので、みんな断わっています。……自分からしゃべってやろうという積極的なものは、何も持っていません」という調子で始めながら、ユング、ベルグソン、フロイト、本居宣長と、諄々と説いていくうちに、語り口が次第に熱を帯び、真剣みを増していく様子がCDの肉声を通じてよく伝わってきます(*)。その冒頭で、落語の枕のようにして語られているのが、「隠居」論です。

 西洋にはおそらくないであろうこの言葉の微妙なニュアンス、それが孕んでいる深い智慧について、59歳の小林秀雄が若い人たちに語りかけています。「年をとることとものを考えることの間にどういう関係があるのか」――還暦を直前に控えた小林秀雄の語り口こそが、いま自分が還暦を考える際のヒントになります。

 知られるように、孔子は還暦を「耳順」の年と言いました。「六十にして耳順う」は「他人の言葉を素直に受け入れられるようになった」ということだと解されています。含蓄が深くて難しい話です。

〈年齢とは、これに進んで応和しようとしなければ、納得のいかぬ実在である〉

 小林秀雄の至言を待つまでもなく、60歳という年齢にふさわしい考え方が宿ってくるまでは、時が熟するのを忍耐強く待ちながら生きていくしかないようです。しかし、そんな自覚を促すきっかけとしては、“赤いちゃんちゃんこ”の儀式も意味があるということでしょう。還暦を持て余さないようにするのは、入試問題よりはるかに難しい、ということだけは間違いありません。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)