【考える本棚】
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 畑中三応子
『ファッションフード、あります。―はやりの食べ物クロニクル1970-2010』
(紀伊國屋書店)
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あの感動とときめきをもう一度
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 写真だとどこまでお伝えできるか分かりませんが、この本は見た瞬間に、思わず頬がゆるんでしまうようなカバーデザインです。上のほうに少し顔を覗かせている薄茶色の部分は、紙の両面にエンボス加工(型押し)が施されていて、見た目の印象も、手に取った時の凸凹感も、「オッ」とときめくような仕掛けです。また、本を軽やかに包んでいる帯も、普段はこんなところに使われないような薄い包装紙に、きれいなパステルカラーの文字を、3色でお洒落な感じに刷ったもの。独特の折り方は、とても言葉で説明できそうにありませんが、ともかくこれで丁寧に本をくるんだところで、はい、出来上がり。

 さらにビックリなのは、表紙の凸凹の立体感を出すために、ミゾにはやや濃い目の焦げ茶の色がご丁寧にも敷いてあることです。同業者は、つい「いくらかかったんだろうか」とコストのことを心配したり、本を取り扱う際の強度の問題――帯が破れやすいのではないか、といったことを気にしてしまうのですが、そういう「左脳」が反応するよりまず先に、「右脳」が飛び上がらんばかりに喜びました。柄にもなく「かわいい!」と言いそうになるくらい――。

 ちょうどワッフルやクレープを見た時の感じというか、コーンカップに入ったソフトクリームを手にした時のウキウキ感というか。言ってみれば、とても「美味しそうな」表紙の本、なのです。

 デザイナーはと見れば、やはり祖父江慎+佐藤亜沙美(コズフィッシュ)の名前がありました。印刷所の方々(製版、製本の担当者名も奥付にあります!)、それに編集者の奮励努力の姿がしのばれて、思わずアタマが下がります。さらにページを開くと、まだまだ驚きが続きます。1章ごとに違う紙の色と文字の色(わざわざ全面に薄く色を敷き、微妙なニュアンスを出しています)、それに大量の図版を組み込んだポップなレイアウト、アクセントとしての強調文字、細かい註とキャプション、スパイスの効いた小見出し、昔の喫茶店のメニューみたいなレトロな目次、巻末の年表……等々、いたるところに凝った工夫がされていて、しかも全体の印象はあくまで明るく、気取らない体裁です。

 まずは書店で、「さぁさぁお立会い、御用とお急ぎのない方はゆっくりと見ておいで」と言いたくなるような造りです。

 さて、本のデザインはそんな感じでありますが、中身もまたユニークで、楽しさにあふれた、「食」の文化史です。「ファッションフード」とは耳慣れない言葉ですが、いわゆる流行の洋服や音楽、アートやマンガなどのポップカルチャーと同様に、時代の波に乗りながら、はやりすたりを繰り返してきた食べ物を総称して、著者はそう名づけました。

 そして、このファッションフードが70年代以降、どのように華やかな変遷をたどってきたのか。それとともに私たちの食生活、食文化がいかに変化し、そこに日本人の欲望や価値観がどう結びついてきたのか。その足どりを丹念に追ったのが本書です。マグドナルドの上陸から、カップヌードルの登場、ファミレスの普及、グルメブームに浮かれたバブル時代、『美味しんぼ』、B級グルメ、健康志向、チューハイ、ドライ戦争に名水ブーム、そして90年代のイタめし、ティラミス、スイーツ、モツ鍋、手打ち蕎麦、スローフード……など、個別具体的なアイテムを取り上げながら、「食」を支えたさまざまな物語と、その時代背景を鮮やかに浮かび上がらせます。

 敗戦直後の飢餓状態から高度経済成長期を経て、日本人は「食」本来の目的――空腹を満たし栄養を摂取する――から離れて、「食をレジャー化する傾向」を加速させてきました。食べ物にも常に「新しさ」を求め、新鮮な味覚を楽しむと同時に、その付加価値(食べ物情報)を消費するようになったのです。

 古来新しいもの好きで、欧米のライフスタイルを受容することに憧れを抱き、なおかつ「人と同じことをしていたい」ヨコ並び意識の強いこの国の住人が、「食べ物を風俗として消費するだけの経済力」を身につけて、ハラだけでなくアタマも満足させる「食」を求めて狂奔しました。しかも、他のポップカルチャーが世代や階層によって限定されがちなのに対し、食べ物は老若男女を問わず、誰もがオープンに、たやすく参加できるのです。高度大衆消費社会の成熟とあいまって、日本が世界に冠たるファッションフード王国として、この文化現象の先頭を走ってきたのは、当然すぎる結果だといえるかもしれません。

 そしていまや、「ハラだけでなくアタマで」モノを食べている私たちは、“たかが豆腐”に「北海道産有機丸大豆と南アルプスの湧き水を使って、瀬戸内海の天然にがりで固めた絹ごし」を求め、1個100円程度のコンビニの袋パンにまで「マヤ文明から続く世界でいちばん辛い唐辛子ハバネロを使った激辛カレーパン」などという長々しい口上を付けて当たり前だと思っています。

 ともあれ、こうしたファッションフードの目まぐるしい栄枯盛衰の起源を、著者は「万博」と「アンノン」の時代に求めます。言われてみれば、そうかもしれません。何となく、60年代からの流れの中でぼんやりとやり過ごしてきましたが、本格的なファッションフードのキック・オフは、あそこだったのかと思い当たるからです。万博の開幕が1970年3月14日、「アンアン」の創刊が3月3日。当時、小学生だった著者が自らの実感に基づきながら、この原点を語り起こします。

「人類の進歩と調和」の夢の祭典は、「世界の味の博覧会」でもありました。「食堂と飲食品の売店あわせて約三〇〇という桁はずれの店舗数のうち、外国パビリオン内のレストランやスナックが三五。その多くが本国からコックを呼び、材料を現地から直送してお国自慢の料理を披露した」というのは、ワールドクラスの“食いだおれ”です。

〈この六ヵ月しか寿命のない小さな未来都市に、これまで日本人が追い続けた外国の食べ物が、向こうからこっちにやって来たのだからたまらない。高い、日本語が通じない、日本人の舌に合わないなどの批判もあるにはあったが、本物の味に直にふれることによって、これまで模倣の枠にとどまっていたアメリカ型食生活や西洋料理が一気に本物志向に向かい、流行の度合いを強めるきっかけになったことは間違いないだろう。 実際、万博に行った人にとって、「なにを食べたか」はかなり重要なキーワードではないか。かくいう私もそのひとり。小学六年生の灼熱の夏休みだった。……オーストラリア館の売店で買ったハンバーガーの驚異的なおいしさだけは、いまもはっきり覚えている。それは初体験のハンバーガーで、最初は抵抗があったが、一口かじるやあふれ出る肉汁に圧倒され、夢中で食べた。いま思えばただのハンバーガー。でも食べ物であんなに感動できたことはめったにない〉

 同じような幸福感は、「アンアン」、そして翌71年5月に創刊された「ノンノ」の食べ物ページから受けた「めくるめく刺激と衝撃」にもちょうど重なります。

〈それにしても、あの頃のアンノンはどこを開いても、いまでもちっとも古くない。それどころか、思わず本気で読みたくなる特集記事が満載で、編集者の「これまでと違うことをやってやろう」というギラギラした熱気が伝わってくる。…… 創刊から二、三年経って編集内容にひとつの定型ができるまでは、食べ物にかぎってもやりたい放題で、毎号ごとに単発特集を組んでおり、試行錯誤のあとが見える。そうして確立していったアンノンの食べ物ページが、高度経済成長によって消費力を得た七〇年代の女の子の“フィーリング”に訴えかけ、ファッションフードの急先鋒たらしめた……〉

 その最大の武器となったのが、読者対象だった18~24歳までの女子大生、OLたちをとりこにした表現方法――つまり、彼らの日常的なおしゃべり言葉を主体にした「言文一致運動」であったと指摘しています。

〈“クレープ”って知ってる? コーヒーに入れるもの? パリではちがいます。薄べったいホットケーキ風のもの。ドンドン焼きネ。中にバター、お砂糖、ラム酒、ジャムなんかを入れて、四つに折りたたんで食べるの。レストランにもあるけど、街の屋台の歩き食いが楽しいわネ。これパリ的ヨ〉(「こういうヒト見ると あァパリ だなと思っちゃう」「アンアン」1970年5月20日号)

 かくしてファッションフードの興隆期に思春期を送った実体験をふまえ、またある時点からは第一線の料理編集者となって現場に身を置いた観察者として、著者はそれに続くファッションフードの変遷をとらえて分析し、評価を与えようと試みます。

「あとがき」で「食の流行に対して斜に構えていたはずの自分が、いかにその内部にどっぷり浸かって高揚していたかを痛感した」と述べていますが、これを逆に言えば、ニュートラルな文献主義の年代記ではなく、高い授業料も払えば、多大な労力と時間をつぎ込んだ、血の通った個人史(物語)だということになります。また、執筆に際しては、過去の雑誌記事をもう一度丹念にチェックしていますので、その折々の時代の空気や人々の表情が手に取るように伝わってきます。したがって、各事象に対して示される著者独自の見解や文化論的な位置づけが、小気味良いだけでなく、非常に説得的に響きます。

 一例を挙げておきます。世を挙げてグルメブームに浮かれていた時に、それに反旗を翻すように現れた『スーパーガイド東京B級グルメ』(文春文庫)を論評して、「軽佻浮薄なファッション派グルメの跳梁跋扈を食い止めようとする気概」にあふれていた、と語った後で、すっとカメラを引くように、この事象を俯瞰的にとらえます。

〈A級グルメのテリトリーが山の手だったのに対し、B級グルメは下町。土地高騰と地上げが進み、建設ラッシュで都市の景観が変貌しつつあった当時の東京の、路地と水路と人情が残る下町を見直す都市論の流行とも足並みを揃えた。 B級グルメが偏愛したのは、たとえば下町の食堂の親父が作るメリケン粉たっぷりのカレーや、名もなきパン屋のアンドーナツのレトロ感。一途に新しい流行を追ってきたファッションフードの世界で、新しいものより古いものを評価するという思想は革命的だった〉

 いずれにせよ、きのうきょうに思いついて、すぐに書ける本ではありません。十分すぎる元手をかけて、根気と情熱と、長年の知見と体験のありったけをつぎ込んだ、サービス精神に溢れた一冊です。読者がこれで「あの頃の自分」を懐かしく思い出す糸口になることは請け合いです。

 願わくは、「食べ物を通して世界が広がるように思えた、あの感動とときめきをもう一度」――。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)