【考える本棚】
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 菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー)
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いまだ「戦後」のさなか
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 テレビドキュメンタリーの世界に画期をなしたと言われ、「街録番組」の原点とされる名作「あなたは…」(TBS、1966年11月20日放送)を、先週初めて見る機会がありました(*)。東京の街で出会った任意の人たちに、同じ質問を、同じ調子でインタビューしていき、それに答える表情をクローズアップで捉えた作品です。今年が没後30年にあたる寺山修司が構成を担当。音楽が武満徹。ディレクターは後に、日本初の独立系テレビ番組制作会社、テレビマンユニオンを創設することになるTBSの若手、萩元晴彦、村木良彦が務めました。

 意表をついて繰り出される質問は「いま、いちばん欲しいものは何ですか?」に始まり、「あなたにとって幸福とは何ですか?」、「では、いまあなたは幸福ですか?」、「人に愛されていると感じることがありますか?」、「祖国のために戦うことはできますか?」というふうに続いていきます。水揚げされたマグロが並んだ築地の魚市場で、仲買人と思われる男性に質問をぶつける場面から始まって、出勤途上のサラリーマン、主婦、ボクサー、小学生、結婚式場の花嫁、米兵、東大生、デモ行進している勤労青年、モデル、女子工員などが次々に登場してきます。

「何を」答えるかもさることながら、「いかに」答えるかという、被写体の表情や、その場の緊張した雰囲気が臨場感をもって迫ってきます。「あなたにとって幸福とは何ですか?」に対して、ほとんどの人が「平凡な生活」と答えているその口ぶりに、どこかしら醒めたニュアンスや諦めが感じられたことも、意外な発見でした。

「天皇陛下はお好きですか?」、「戦争の日を思い出すことがありますか?」、「ベトナム戦争にあなたも責任があると思いますか?」といった時代相を感じさせる質問も含まれています。そして「最後に聞きますが、あなたはいったい誰ですか?」――。

 もし、同じようにマイクを突きつけられ、同じ問いを浴びせかけられたとするならば、当時、小学生の自分はどう答えていただろうか、とちょっと想像してみます。“歴史的現在”に立ち返って、その頃周りにいた人たちの表情や、日々の暮らしの感触を記憶の奥底から手繰り寄せてみます。

 1961年7月21日に誕生した歌が、日本での大ヒットの余勢を駆って、米ビルボード誌ヒットチャートの第一位に躍り出たのは、ちょうど50年前の1963年6月15日です。「ウヘッフォムフフィテ アハルコフホフホフホフ(上を向いて歩こう)」とニキビだらけの笑顔を振りまきながら、坂本九が歌ったのは「幸せは雲の上に 幸せは空の上に」でした。そして翌1964年の東京オリンピック。日本晴れの秋空に、自衛隊機が描いた五輪のマーク。それを見て感激した私たちは、同じ坂本九が歌う「幸せなら手をたたこう」を聞いていました。

「幸せなら態度でしめそうよ ほら みんなで手をたたこう」

「あなたは…」が放送されるのは、それから約2年後です。「幸せ」は戦後の日本人がはぐくんだ共通の夢であり続けていたはずなのに、老若男女829人にインタビューしたこの番組に、手放しで現在の幸福(あるいは将来の予感)を明るく語った人は見当たりませんでした。いきなりカメラの前に立たされた緊張感もあったのでしょうが、高度経済成長のバラ色のイメージにはそぐわない、何か“屈託”やシニシズムの翳がすでにそこには感じられました。

 この時期に、何かが変わり始めていたのでしょうか? 「幸せ」の夢にいつしか疑問が付されていたのでしょうか? それが、いまの目で見るととても気になります。テレビが映しとっていた「あるがまま」の「ただの現在」(この点が番組製作者たちの自負でもありました*)が、2010年代の文脈で新たな問いを投げかけます……。

 菊地史彦氏の労作『「幸せ」の戦後史』を紹介しようとして、わざわざこんな前置きを長々と述べたのは、他でもありません。本書における著者の企ては、まさに私たちが生きてきた戦後日本の時代相を、「豊かな暮らし」を追求するという軸に沿って改めて検証し、そこに生起した時代の感情を自らの手に取り戻したいという試みだからです。

 たとえば上記の60年代半ばへの洞察は、当時新鋭だった映画監督、浦山桐郎と山田洋次の作品に即して語られます。60年代初期の浦山の出世作「キューポラのある街」(日活、1962年)の吉永小百合、「非行少女」(日活、1963年)の和泉雅子と、山田の「下町の太陽」(松竹、1963年)における倍賞千恵子のヒロイン像が、やがて1969年に製作されるそれぞれの監督の代表作「私が棄てた女」と「男はつらいよ」で、いかなる内的変化を遂げざるを得なかったか、という卓抜な分析として述べられています。

 著者とは、ほぼ同年にあたります。したがって、共通する時代の空気を呼吸し、似たような「社会意識」を抱き、ある時はそれに惑わされ、ある時はそれに反発しながら、現在にいたる道のりを歩んできました。本書に登場するさまざまな小説、映画、アニメ、音楽、書物から、人物、事件、流行にいたるまで、ほとんどの事例は私自身にとっても忘れがたい思い出です。著者がこれらの事例を丁寧に、自ら納得のいく言葉で確認しようとしている姿は、そのまま私自身の「個人史」を掘り起こすきっかけともなりました。

 とはいえ、同世代であるがゆえに、「それは違う!」と叫びたくなるような見解の相違が生じないとは限りません。ところが、不思議なくらいに、それは杞憂に終わりました。むしろ個々の事例に虚心に向き合おうとする著者の情熱に促されて、個人的な記憶やイメージが次々に喚起されてくるという得がたい読書体験をすることができました。おそらくこの本の読者は各人各様に、自分の心に深く響いてくる箇所を見出すことになるのでしょう。それが本書の魅力のひとつです。

「歴史とは現在と過去との対話である」と述べたのは、『歴史とは何か』(岩波新書)のE・H・カーですが、自分たちの生きてきた時代の物語を描こうとするのは、言うまでもなく困難にして、実に根気の要る作業です。

 時代の流れを「鳥の目」をもって大局的に捉えながら、そこに生息した人間の喜怒哀楽を「虫の目」をもって描き出すという、ふたつの視点がともに必要です。俗説や通説に足をとられないように警戒を怠らず、同時に自らの認識を相対化する目を保持しなければ、時代の本質に迫ることはできません。また、その時々の具体的な実感にできるだけ寄り添わない限りは、歴史の体温を取り逃がすことになりかねません。この“難物”をさばくには、幅広い知見と、目配りの確かさ、優れたバランス感覚が求められる所以です。

 著者は敗戦から2011年3月11日までの60余年におよぶ、日本人の「社会意識」の変遷を捉えようと試みます。それを「労働」、「家族」、「アメリカ」という3つのキーワード(ルート)に沿って踏査していきます。

 焦土の中から復興の道を歩み始めた日本人は、「誰もが豊かな暮らしを享受する権利を持ち、誰もが豊かな暮らしを獲得する機会において平等かつ公平であるべきだ」という信念とともに生きてきました。「上を向いて歩こう」の坂本九が、サビの部分では心もち視線を上に向け、「幸せは雲の上に 幸せは空の上に」と眩しそうに歌ったように、「坂の上の雲」の彼方に目をやり、そこに向かって上昇することをめざしたのが戦後の日本人でした。

 ところがいま、この歌が切なく響くのは、そうやって重ねられてきた「努力や苦労や失敗が少し虚しく見えるからである」と著者は語ります。

 なぜ、そう感じられてしまうのか。いや、「虚しく見える」ことが紛れもない事実であるとすれば、どうしてそういう事態を招いてしまったのか。どういう過程を経て、「現在」がこのような形に導かれてきたのか――。それを確かめたいという強い思いが著者を衝き動かしました。そして、「我々は相変わらずまだ『戦後』のさなかに生きている」と指摘するのです。

〈“戦後は終わった”とする言説が大勢である。二〇一〇年代の現在を「戦後」と感じる人は少数派であろう。ところが、この現在を適切に表現する別の言葉があるかと問えば、すぐに口をついて出るものはない。「ポスト戦後」と言うなら、それはやはり「戦後」の内にある概念である。 むろん、一九四五年以後、現在までの時間を区切る事件や現象はいくつも観察される。……歴史を破断するさまざまな亀裂や断層を数え挙げるなら、現在に至る時間の集積を、「戦後史」と一括りにするのは困難かもしれない。 しかし、にもかかわらず、我々は相変わらずまだ「戦後」のさなかに生きている。いうまでもなく、「戦後」を強制的にもたらしたアメリカとの関係は、さまざまな摩擦を経ながら、非対称な同盟関係を続けている。つきあい方は少しずつ変わってきたものの、向こうが圧倒的な主導権を握り続けているのは明白である〉

 こう述べた後に、福島第一原発の事故も、その後の時間も、いまだに「戦後史」の中にあるのではないか、と語ります。

〈「戦後」とは、二十一世紀の日本にとって、なお渦中の情勢だと私は考えている〉

 時間のない読者は、冒頭の9ページだけでも、まず目を通していただきたいと思います。2011年大晦日のNHK紅白歌合戦で、白組の司会を務めた「嵐」が歌った「ふるさと」から、戦後の歌謡曲に現れた「フルサトの歌の変容」を論じた、この秀逸な分析に、本書の真骨頂は集約されています。戦後史全体を見渡す見取り図の呈示と、転換点をなした断層の鮮やかな分析と――。

 これが初の単著となる著者の「文運長久」を祈りたいと思います。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)