2007年春号「短篇小説を読もう」特集では、短篇小説のそもそものおこりを探ってみたいと思っていました。さらに、日本はもとよりヨーロッパ各国やアメリカなど、言語や文化が変われば短篇の書かれ方やその性格にも違いがでてくるものなのか、そうしたことも知りたい。

 ということでお話を伺ったのが丸谷才一さんです。丸谷さんといえば、村上春樹さんと同様、まず長篇小説作家という印象がありますが、川端賞受賞作の『樹影譚』など、たくらみに満ちたすぐれた短篇小説の書き手でもあります。また翻訳家、アンソロジストとしても、『イギリス短篇24』から『花柳小説名作選』まで、洋の東西を問わず、多くの短篇を読み、訳し、編んでこられた、大勢の短篇愛好家の恩人でもあります。

 今回の特集の巻頭企画となるロングインタビューでは、目からうろこの落ちるような発見がいくつもある、とびきり面白いお話を伺うことができました。

 丸谷さんの口から最初に飛び出したのは、「イギリスでは短篇小説の地位が低い」という、今回の特集の冒頭の発言としては、やや不穏な言葉でした。

丸谷 イギリスではいったいに短篇小説というのは位置が低いんですよ。なにしろ長篇小説の国ですから、長篇小説がぐーんと格が高くて、反面短篇小説はひどく軽んじられる傾向がある。短篇小説を英語ではふつうショート・ストーリーといいますね。そのショート・ストーリーという言葉が、オックスフォードの英語大辞典(OED)に載ったのは、1930年のサプリメント(補遺)のときが初めてで、つまり1930年まではショート・ストーリーという言葉は公認されていないわけね。

 なんと。なぜイギリスにおいてはことほどさように短篇小説の地位が低いのか、それはインタビューのつづきをごらんいただくとして、さらにお話を伺ううちに浮かび上がってきたのは、短篇小説のおこりと発展が、ジャーナリズムの歴史と大いに関係しているということです。

 フランスの短篇小説の祖といえばなんといってもモーパッサンですが、彼がもっとも活躍したのは1880年代。その舞台は日刊紙だったのだそうです。日本の夕刊紙に近いような形式の新聞がいくつもあって、それが短篇小説を掲載する場所として機能していた。一方イギリスでは、新聞にも雑誌にもクリスマス号など特別な号を除けば短篇小説の掲載の場はなかったといいます。同じヨーロッパでも大きな違いがあったのです。
 そしてアメリカはというと、なんといっても「ニューヨーカー」があり、サローヤン、サリンジャー、アップダイクなど多くの名手たちが活躍してきました。では日本はどうでしょう。

丸谷 日本でも雑誌と短篇小説のかかわりは濃密ですね。昔の日本の総合雑誌は、「中央公論」でも「改造」でも、目次の左のほうに毎月短篇小説のタイトルが二つか三つ並んでいました。……谷崎潤一郎とか永井荷風とかの短篇を読んで、それを楽しんでから、河上肇とか徳富蘇峰とかの論文を読んで勉強したわけでしょう。
 そんなふうに、近代日本の文学では、短篇小説が支配的形式――ドミナント・フォームだったんです。……日本人は短篇小説が好きで、たとえば文学賞でも、日本人がいちばん大事に思ってる文学賞は短篇中心の芥川賞で、長篇小説中心の谷崎潤一郎賞ではないわけね。……とにかく、読者も短篇小説が好きだし、小説家も短篇小説が好きだな。

 このあと丸谷さんのお話は、日本の短詩形式を手がかりにした斬新な短篇小説論、短篇小説に革命を起こしたポーとボルヘスのこと、好きな短篇あれこれ、というふうにつづいていきます。丸谷さんがこれほどまとまったかたちで短篇小説について語られたのは、おそらく今回が初めてです。短篇小説がお好きな方には必読のインタビューですので、どうぞお見逃しなきよう。