┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 そこにブルース・リーが入門した
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 かつて世界中にドラゴン・ブームを巻き起こしたブルース・リーが、32歳でこ
の世を去って、今年で40年になります。それを機に、関係者の証言を集めたドキ
ュメンタリー映画「アイアム ブルース・リー」や、実弟による伝記映画「李小
龍(ブルース・リー) マイブラザー」が相次いで公開されるなど、不世出の映
画スターに対する関心はいまだに衰えを見せません。あの「燃えよドラゴン」
(1973年日本公開)の冒頭シーンで、拳法の練習に現れた少年に向かって、
“Don’t think. Feel!”と放ったひと言が一世を風靡したように、ブルース・
リーは70年代の文化的ヒーローでもありました。

 その「ブルース・リーの映画とともに育った」という上海生れ、香港育ちのウォン・カーウァイ監督が、ブルース・リーに武術を伝授した恩師イップ・マン(葉問)という存在に注目して、「構想17年、準備期間8年、撮影3年」という執念の大作を仕上げたというのです。カーウァイ監督ならではの映像美の世界とカンフーの激しい動きがどのような融合を見せるのか。またトニー・レオン、チャン・ツィイー、チャン・チェンらの俳優たちが、武術家をどのように演じ切るのか。「燃えよドラゴン」にすっかりはまった者としては、「見逃すわけにいかない」十分過ぎる理由がありました。

 カーウァイ監督が、この映画を撮りたいと思ったのは、1996年に『ブエノスアイレス』を撮影中のことだったといいます。ある日、アルゼンチンの駅の売店で、雑誌の表紙を飾る写真にふと目が留まります。ひとつが毛沢東、もうひとつがブルース・リーでした。死後20年以上経っているにもかかわらず、いまだに地球の裏側でも人気があることを知り、「いったいその秘密は何だろう」と衝撃を受けたというのです。

 それが、「ブルース・リーの物語を撮りたい」と強く思ったきっかけでした。ところが、ブルース・リーについて調べていくうちに、そのアイディアは徐々に形を変え、彼に武術を教えたイップ・マンという宗師(グランド・マスター)の実像により強く惹かれ始めます。

 イップ・マンは、中国・南部の佛山の裕福な家に生れ、「詠春拳」と呼ばれる武術の鍛錬に励みながら、家族と穏やかな日々を送っていました。ところが、歴史は清代末期から中華民国の誕生、日中戦争、共産党中国の成立という激動の時代へと突入していきます。とりわけ、1937年の日中戦争の勃発によって、家は接収され、日本軍への協力を拒否したイップ・マンは、生れて初めて生活の困窮にも直面します。「40歳までが私の春の時代だった」という前半生は、こうして幕を閉じるのです。それは同時に、中国全土で各流派がしのぎを削り、交流や融合が繰り広げられていた、中国武術界にとっての黄金期の終焉をも意味していました。

 次女を餓死させるという悲劇に見舞われるなど、戦中の苦難を経て、1949年、中華人民共和国が成立した年に、イップ・マンは香港へと逃れます。故郷に残した妻子を呼び寄せるのは60年代になってからだといい、自らは1972年に没するその時まで、二度と帰郷することはありませんでした。香港で、イップ・マンは中国武術の指導にあたり、それまで門外不出だった「詠春拳」の普及に努めます。そこへ入門してきた一人が、ブルース・リーだったというわけです。

 映画のあらすじはこの際省略しますが、イップ・マンという人物を知るにつれ、カーウァイ監督はカンフーの哲学に関心を深めたといいます。カンフーの道を辿り、香港をスタートして、北から南まで中国全土を訪れ、マカオ、台北、日本にも足を運びます。「詠春拳」、「形意拳」、「八卦掌」、「八極拳」、「心意拳」など各流派の100人を超える老師たちに会い、拳法の流儀や特徴だけでなく、中国武術界の知られざる物語や秘められた謎について取材を続けます。この3年間に及ぶ“旅”を通じて、マーシャル・アーツ(武術)に対する理解と尊敬の念が深まったといいます。

 したがって、この作品はカンフーを描いていますが、従来のカンフー映画とはやや趣が異なります。派手なスタントやアクロバチックなパフォーマンスはなく、リアルな技が重視されます。それも、腕や体の一部の動きではなく、全体の流れやバランス、無駄のない合理的な動きのまとまりとして独自の捉え方がなされます。

〈宗師たちは「本当の勝敗を決める一撃は瞬間的で、見えない」と語る。それではアクション映画は成立しない。動きの原理も見せたかった。例えば、拳が前に突き出された時、力は拳になく、体や腕にある。このことをスローモーションで映画的に見せた〉(ウォン・カーウァイ監督インタビュー、毎日新聞夕刊、2013年6月3日)

 繊細な指の動き、滑るような足の運び、敏捷で素早い超絶技巧。これらがスローモーションとクローズ・アップによって鮮やかに捉えられます。しかしそれだけに、キャスティングにあたって、俳優たちには過酷な条件が課せられました。各流派の身のこなしを完璧に自分のものとするために、また宗師にふさわしい品格と倫理観を体現するために、数年間におよぶハードなトレーニングを義務づけられたというのです。たとえば、主役のイップ・マンを演じたトニー・レオンは、実際にイップ・マンの門弟だった人物について、47歳で初めて武術を習い始めました。約4年間、毎日3時間の練習を続けたといいます。2度、腕の骨折を経験しました。成果は作品が示す通りです。

 またヒロインであり、宗師である父から「八卦掌」の奥義“六十四手”などを会得した女性格闘家ルオメイを演じたチャン・ツィイーは、4人の先生から4種類の違ったスタイルを習得したといいます。かつてバレエをやっていたことや、映画「グリーン・デスティニー」でのアクションの経験があったとはいえ、約18ヵ月の特訓は相当にハードなメニューだったようです。「メイキング」のフィルムを見ると、相撲でいう「股割」に悲鳴を上げながら、歯を食いしばっている彼女の姿があります。 さらに「八極拳」の使い手を演じたチャン・チェンは、この映画のための特訓が実を結び、2012年11月、中国・吉林省で開催された八極拳全国大会に出場して優勝するという話題で注目されました。ともかく、それほどの過酷な要求を俳優たちに突きつけたおかげで、まさに血肉化された武術の技と精神が、本物の迫力を帯びて迫ってきます。

 ロバート・デ・ニーロが「レイジンブ・ブル」を演じるために20キロ太ったとか、「アンタッチャブル」では実際に頭髪を抜いてアル・カポネを演じたとか、俳優のプロ根性の凄まじさはいろいろ聞いてきましたが、やや異次元の驚きを感じさせられます。撮影の過酷さも尋常ではありません。

 冒頭の格闘シーンは、雨が降りしきる中での夜の撮影です。45日間、毎晩びしょ濡れの状態で夜通しの強行だったといいます。気温15度で、「本当に寒くて震えていた」というトニー・レオンは、100人以上の相手と戦う緊張の連続でした。「20日撮影した時点で監督に疲れ切ったと伝えたが、彼はまったく気にしていなかった。咳が止まらなくなり、めまいがした。病院で気管支炎と診断された。回復するのに5日かかった」というのです。

 真冬の、凍てつく深夜の駅での死闘場面。当時の奉天の駅舎を模して作られたオープンセットで約3ヵ月、気温マイナス30℃の中で毎晩撮影が続けられました。父親を殺害した仇敵との果し合いに臨むのがチャン・ツィイーです。互いに一歩も引くことのできない、息詰まるような宿命の対決。停まっていた列車が徐々に動き出し、スピードを上げて脇を駆け抜けていくプラットフォームで、延々と続けられるその決闘は、手に汗を握る迫力と緊迫感に襲われます。いったい何両編成なのか、いつまでも途切れることなく走り続ける列車の姿は、この監督の飽くなき演出の欲望を象徴するかのように、いつまでも最後尾が見えそうにありません。

 耽美的な映像の見事さにかけては「花様年華」、「2046」をはじめ、定評ある名作を世に送り出してきたカーウァイ監督らしく、今回も魅惑的な映像をこれでもか、というばかりに堪能させてくれます。夜の冷たい雨のシーンでは、光と影の微妙な按配でモノクロの世界の美しさを引き出し、研ぎ澄まされたアクションの切れ味を際立たせます。室内での戦いでは、狭く入り組んだ空間を巧みなカメラワークで華麗なスペクタクルのように仕立て、勝負の緊迫感とともに、「技」の抽象的な美しさ、完成された「型」の持つ様式美を伝えます。さらにはそれらの技の交錯を通じて、戦う者の身体から匂いたつ色気や甘美な情感で画面を満たします。

 優れた武術家同士は至高の体技の応酬を通じて、常人では及びもつかないような、高度で深いコミュニケーションを交わしているはずです。この映画では、前半のハイライトとなるイップ・マン(トニー・レオン)とルオメイ(チャン・ツィイー)との戦いがまさにそれにあたります。誇り高き気丈なヒロインと、静かで抑制の取れた物腰のヒーローが、激しく、ぎりぎりまで接近した戦いのひと時を共有します。洗練された動きはあたかも流麗なデュエットダンスのようにも映り、男女の激しい身体の交錯がまるでラブシーンのように妖艶に浮かび上がります。官能的で、それだけに戦うことの切なさと哀しさを感じさせる場面です。

 それもこれも俳優たちの華麗な動きがあっての話です。さらにいえば、彼らが体得する武術の微妙な差異を読み取ることができれば、あるいは北京語で話すルオメイと広東語で話すイップ・マンの言葉のニュアンスが多少とも理解できれば、物語の深い味わいにもっと近づくこともできたのでしょうが……。

 さて、ともに苦難の道のりを経て、この二人は香港で再会を果たします。診療所を開いていたルオメイを訪ねたイップ・マンは、初めて手合わせした14年前に交わした約束――東北部を訪れて、ルオメイから「葉底蔵花」という秘伝の技を見せてもらうこと――を本気で実現しようとしていたこと、そのために防寒用のコートまで誂えていたのだと告げて、大陸からずっと携えてきたそのコートのボタンをひとつ差し出します。

 ルオメイは、10年前の大晦日の夜に、奉天の駅で繰り広げられた壮絶な復讐劇の話を彼に聞かせます。心ならずも生れてしまった長い空白は、日中戦争、そして内戦の勃発が、彼らの運命を大きく狂わせた結果でした。

 その再会から2年後、イップ・マンを呼び出したルオメイは、これまで決して口にはしなかった彼女の胸のうちを明かします。感情を吐露する彼女をやわらかく受け止める役どころは、トニー・レオンという役者の本領がもっとも豊かに表われる、カーウァイ映画の真骨頂です。これ以上の紹介はあえて控えますが、ひとつだけ彼女の言葉に触れておきます。

「父がいった。武術には3段階あると。自分を知り、世間を知り、人生を知る。自分は知った。世間もそれなりに。でも人生は残念だけど……。私の武術は全うできなかった」

 幾重もの思いがたたみこまれた別離の言葉です。場面は、2人の顔が交互にクローズ・アップされるだけですが、これ以上の演出はありません。ここまで、ほぼノーメイクで演じてきたチャン・ツィイーが、初めて口紅を引いて現れます。

 A true martial artist does not live for. He simply lives.「武術家は拳法のために生きるのではない。人として生きるのだ」

 ブルース・リーの言葉が最後に字幕に掲げられます。ルオメイの死後、イップ・マンは彼女に託された思いを果たすかのように、後進の育成に努めます。「日々の精進には報いがある。跡を継ぐ者が必ず現れる」――ラスト・シーンにはイップ・マンに弟子入りする、ブルース・リーと思しき少年が登場してきます。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)