┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 柔よく剛を制す
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 昨年末の衆院選特番(テレビ東京系)で「ダントツに面白かった」と巷の話題をさらった池上彰さんが、先週21日の「参院選ライブ」(同)にも登板。平均視聴率10%超という圧倒的な数字を叩き出し、各局がしのぎを削った選挙特番で、またもや民放トップの座を獲得しました。

 今回も「視聴者の立場に立って、知りたいこと、聞きたいことをとにかく聞く」という姿勢に徹し、情報を分かりやすく客観的に伝えるとともに、どんな相手に対しても臆することなく、舌鋒鋭く「いい質問」を連発。今後もしばらくは、「選挙特番は池上」の時代が続くことを予感させました。

 ところで、その池上さんが7月26日の朝日新聞「池上彰の新聞ななめ読み」で、同紙7月19日に掲載された全日本柔道連盟上村春樹会長のインタビュー記事を論評していました。自身の経験をふまえながら、こう語っています。

〈参議院選挙の投開票日、テレビで開票特番を担当し、政党の党首や候補者にインタビューした経験から言えば、インタビューは「言葉の格闘技」だと思います。狙った部位に、ストレートにパンチを見舞うこともあれば、ジャブを繰り出してリズムを壊す。相手のガードを下げて、本音をどう引き出すか。実にむずかしいことなのです〉

 それではこのインタビュー、どちらが勝ちを収めたか、というわけですが、ここしばらく、全柔連の上村会長がいつ辞任を表明するかは注目の的でした。パワハラ・暴力問題、助成金不正などの不祥事が相次いだばかりか、その閉鎖体質、自浄能力の欠如、危機対応の鈍さが厳しく指弾された全柔連を、2009年以来ずっと率いてきたのが上村会長です。問題が噴出している時期だからこそ、「途中で改革を投げ出すまねはしたくない」、「道筋をつけてから辞任したい」というのが氏の主張でした。

 世間からはすっかりワルモノ扱いされている渦中の人物を、こうしてインタビューの場に引き出した点は見事です。では、その内容はどうだったのか――。池上さんの判定は「全体として、インタビュアーに『技あり』はありましたが、上村会長に対して『一本』を取るまでには至らなかった」というのが結論です。

〈記事の最後には、取材した記者の「取材を終えて」のコメントが掲載されています。この中では、上村会長の主張について、「その主張の多くは首をかしげざるを得ない」と書いています。それなら、その部分をもっと追及すべきだったのに、と思ってしまいます。……柔よく剛を制す。柔らかな物言いながら相手を追い詰める。記者には、そんな力量を身につけてほしいと思います〉(*1)

 ひと口にインタビューといっても、テレビの生放送と新聞、あるいは雑誌の取材では、媒体の特性や条件が異なります。また取材対象もさまざまで、政治家に鋭く切り込む場合もあれば、社会的事件の責任者に迫るもの、あるいは大統領の単独会見から、芸能人のホンネ告白まで、すべてこれ、インタビューにあたります。

 ただ、そこに共通する特徴があるとすれば、他ではまだどこにも語られていない、本邦初公開の生の言葉を、直接相手から引き出すという狙いです。そのために入念な準備をして、インタビュアーは現場に臨みます。事前に相手の情報を収集し、具体的な質問項目を用意した上で、ある程度の筋書きを思い描いておくのです。ところが、実際に往々にして起こるのは、相手が思いもかけない答えを返してきたり、事前に想定したシナリオとは違う展開が見えてくることです。

 その時にどうするか。当初考えていた話の流れに戻すのか、それとも方向転換を図るべきか、瞬間的な判断が求められます。池上さんが「言葉の格闘技」と言っているのは、こうした場に即した判断力、臨機応変の対応力などです。そして、おそらくは突っ込みどころの機会を逃すな、という教訓も含まれていると思われます。

 先の論評を読みながら、咄嗟に思い浮かべた文章があります。5年前、同じ朝日新聞夕刊で読んだ一節です。「新聞記者にとってインタビューは真剣勝負というが、なに、大概はなまくら使いばかりだ。真剣を抜き放ち、決死の一太刀を浴びせようとしてやまない(葉)は際立つ。そしてその姿には、いささか虚無の影が差している……」という連載記事の中の言葉――。(*2)

 書いたのは編集委員(当時)の河谷史夫さん。そして、「真剣を抜き放ち、決死の一太刀を浴びせようとしてやまない」と評されたのは、「葉」の一字署名を用いていた同紙往年の名物記者、斎藤信也さんのことでした。

 1949年12月1日。終戦後の紙不足がようやく落ち着いたところで、夕刊が復活することになりました。その売り物が必要だとなって、「人もの」の担当に抜擢されたのが、当時35歳の斎藤信也記者でした。自ら名づけた「人物天気図」という欄が始まります。「葉子って女に惚れてるのかい」と、よく同僚に冷やかされるけれども、残念ながらそうではない。「葉」は「根や幹に非ず、いつなん時散るやもしれぬ葉っぱ、といった意味だ」と名前の由来を語っています。

 ただ、この「葉っぱ」は凄まじい剣術の使い手で、「決死の一太刀」を浴びせられた人たちはたまったものではなかったと思います。たとえば、佐藤栄作(後の首相)の書き出しはこうです。

〈味のない男である。材料は一応とりそろえているようだが、コクのない料理だ。鉄道の役人をやめて、僅々二年、官房長官、政調会長、幹事長と栄職にばかり就いてるんだから、ウマ味の出てきようがない〉

 天下の美女、原節子を相手にするとどうなるか――。

〈美人である。と断定して責任を負うつもりはない。素顔が見えぬからである。撮影中とあって、ドーランとか称する赤茶けた泥のようなものを塗りたくり、吹き込む風のまにまに髪はサンバラ。だから一層、眼がすごく黒光りし、歯が歯みがき広告のごとく白光りする。しかもなお、横顔の線などは、はなはだスッキリしとる〉

 人物評は辛辣ですが、軽妙な会話のやりとりでその人柄を浮かび上がらせる技も巧みです。作家の林芙美子には、「酒は一升くらいイケるんですか?」と聞いて、「のみませんよ。私を酒のみと概念で決めちゃってるんですよ。酒はきらい。…でも雨もよいの日なんか、おいしいわ。酔うと、生きてることなんか、どうでもよくなっちゃう」と語らせ、他の女流作家の人物月旦に及びます。

〈吉屋信子先生はどうでしょう?「とんとごぶさたして…」。認めないんですか?「認めてますよ、ただ流れが違いますもの」。宇野千代先生については「昔のものは好き、もっと仕事をしてもらいたい」。平林たい子先生は「手がたい。安心してよめます。男の人に伍して力のある人。あたしは葉っぱを茂らせても根はないんだけど、たい子さんには根がある」。宮本百合子先生はいかがでしょう?「共産党はオッカナイですからねえハハ。読みやすい。清潔な文学だと思います。ただ、自分が傷つかないで…」。左様、林芙美子は、小市民生活というものに傷ついているらしいところが、魅力なんだ。体を張ってるのは、前記才女おん五方、何れも同じだろう。ただマルクス・レーニン主義に抱かれたりすると、傷つくなんて必要はないのである〉

 列挙されている名前になじみがなければ面白さは半減しますが、この会話のやりとりの呼吸は見事と言うほかありません。口調に古めかしさはありますが、こういうインタビュー記事は至難の技です。いまの新聞の「ひと」欄は、基本的にはニュースに関連した人物紹介で、書き手はそのジャンルをカバーする担当部署の記者が務めます。安定感はありますが、毎回違う書き手だからといって個性的になるわけではありません。欄としての統一感を持たせるために、逆に定型化しているのが現状です。

 と言って、この時代にいきなり「決死の一太刀」を振り回すというのも乱暴な話です。ただし、どの新聞の「ひと」欄も似たり寄ったりだというのでは、新聞の自己否定につながります。昔の武芸者がそうであったように、己のペンの修練に余念のない彫心鏤骨(ちょうしんるこつ)の文章家が影をひそめてしまっては、少しも面白みがありません。「技あり」ではなく「一本」を本気で取りに行く気迫を欠いては、新聞の看板倒れになりかねません。

「葉」こと斎藤信也氏には、敗戦直後の伝説があります。「橋の上で、いやに威張って道をふさいでいる一列横隊のアメリカ兵十数名に突っ込んで行った」ところが、一撃されて眉間を割ったという逸話です。「人物天気図」がいまなお読んで面白い秘密は、こういう“向こう見ず”な気概を抜きにしては語れません。

 ところで、参院選の選挙当日でしたが、アメリカの伝説的な女性記者、ヘレン・トーマスさんの死が伝えられました。92歳。2010年に89歳で現役を引退するまで、ほぼ半世紀にわたってホワイトハウスを担当しました。記者会見では最前列中央が指定席になっていて、質問の口火を切るのは彼女というのが長い間のならわしでした。著書『ホワイトハウス発UPI――素顔の大統領』(新潮社・絶版)を読んで、政治報道の醍醐味を教えられたのは、私だけではないはずです。

 訃報を伝える記事の中に、「歯に衣(きぬ)着せぬ厳しい質問を浴びせ、歴代大統領から一目置かれる一方、イラク戦争批判からブッシュ政権時には一時指名されない時期があった」とありました。その「指名されない時期」を経て、3年ぶりにブッシュ大統領が直接指名した時の、彼女の質問は語り草です。2006年3月21日のことでした。

〈質問します、大統領閣下。あなたのイラク侵攻の決定は、数千人のアメリカ人とイラク人の死をもたらし、アメリカ人とイラク人に生涯にわたる傷を負わせました。(侵攻にあたって)少なくとも公表されたすべての理由は、真実でないと判明しています。私の質問は、あなたがなぜ戦争をしたかったのか、ということです。……本当の理由は何だったのでしょうか? 以前あなたは石油が理由ではない――それを探し求めるためでも、イスラエルのためでも、他のためでもないと言いました。では一体何なのですか?〉

 HELEN THOMAS: I’d like to ask you, Mr. President, your decision to invade Iraq has caused the deaths of thousands of Americans and Iraqis, wounds of Americans and Iraqis for a lifetime. Every reason given, publicly at least, has turned out not to be true. My question is, why did you really want to go to war? ……what was your real reason? You have said it wasn’t oil ? quest for oil, it hasn’t been Israel, or anything else. What was it?

「柔よく剛を制す」――インタビューの心構えと可能性について、あれこれ考えさせられた一週間です。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)