生物学界の「黄門様」、メイナード=スミスを知ってますか?

 日本から二人もノーベル賞受賞者が出た今年、ふたたび「研究」や「学問」のフィールドに光が当たっています。「先進諸国」のなかで自然科学部門での受賞が少ないのはなぜか、と論じられる機会が少なくなかった日本に、三年連続の朗報となりました。

 受賞者が圧倒的に多いのはやはりアメリカですが、実質的には海外からアメリカへ引き抜かれた移住者の数も相当含まれており、そもそもが「多民族国家」であるアメリカを単純に一番優れていると結論するのはどうでしょうか? やはり伝統的に、あるいは志の高さ、発想の意外性などで抜きんでているのは、イギリスなのかもしれません。

 イギリスの面白さは、ノーベル賞を受賞したわけではない異才、天才、大秀才がゴロゴロしているところでしょう。たとえば「利己的遺伝子」理論で一世を風靡したリチャード・ドーキンスもそのひとり。また、日本においてはドーキンスほど知られていないものの、生物学の世界に数学のゲーム理論を導入し、動物の行動に新たな光を当て、今や押しも押されもせぬ大生物学者となったジョン・メイナード=スミスの存在も忘れるわけにはいきません。メイナード=スミスは生物学界の「黄門様」である、とは竹内久美子氏の言葉です。

 すでに八十歳を超えた「黄門様」メイナード=スミスはまだまだ元気です。ケンブリッジ大学工学部を卒業し、いったんは航空機会社に就職、エンジニアとして働いた後、ふたたび学問の世界に舞い戻り、数々のめざましい研究で「進化生物学」の指導者的役割を担うことになったメイナード=スミス。彼が切り拓いた進化生物理論は、生物学の枠を超えて、経済学や政治学の分野でも華々しい注目を浴びました。

「進化論」と聞くと、「キリンの首はなぜ伸びたか?」とか「ウサギの耳はなぜ長いのか?」といったものを連想しがちですが、九〇年代以降になると、進化生物理論は、私たち人間社会の歴史、経済、文化までをも読み解く方法論ともなり、その研究対象は今もなお広がり続けています。

 初期の著書『男と女の進化論』(新潮文庫)でもメイナード=スミスの業績に触れている竹内久美子氏は、昨年、京都賞を受賞したメイナード=スミス氏と語り合う機会を持ちました。竹内氏は、10月18日から刊行のスタートする「進化論の現在」シリーズの訳者であり、またその第一弾として三冊刊行される中には、メイナード=スミスの著書『生物は体のかたちを自分で決める』も含まれています。

 京都賞の受賞記念講演は、メイナード=スミスの生い立ちや幼い頃からの生物学への情熱を語りながら、数学と生物学を結びつけることになった自らの独創的なアイディアについても触れています。講演を堪能した竹内久美子氏は今回、「考える人」のためにその講演を訳出してくださることになりました。

 メイナード=スミスは骨の髄までイギリス人だなあ、と思わずにはいられない興味深い講演の採録はもちろん、竹内久美子訳「進化論の現在」シリーズもぜひご一読いただきたいと思います。