特集「短篇小説を読もう」では、当代きっての短篇の名手、川上弘美さんにお話をうかがうことができました。くまが散歩に誘いにきたり、五百年も連れ添いつづける不死の男女が出てきたり、川上さんの短篇には、圧倒的な自由さがあります。
 その原点は、高校時代に愛読なさったアンソロジーにあることが今回のインタビューで明かされています。「全集・現代文学の発見」というシリーズのある巻には、百閒、佐藤春夫、横光利一、牧野信一ら作品が並んでいて、「短篇って何を書いてもいいんだと刷り込まれました」。
 ジュディス・メリルが編者の「年刊SF傑作選」も愛読していたそうです。「もう人生短篇だ! と思っていたんですよね。……アンソロジーは、これもある、あれもあると本当にいろいろで、それがうれしいんです」
 すぐれたアンソロジーには、一人の作家の短篇集とはちがった、組み合わせの妙による倍増的面白さがあります。そこで今回の特集では、すぐれた読み手、翻訳家である米英仏三人の専門家(アメリカ・青山南さん、イギリス・小野寺健さん、フランス・野崎歓さん)と、翻訳小説をこよなく愛する書評家・豊崎由美さんに、いまだこの世にない、理想のアンソロジーを編んでいただこうと考えました。
 青山南さんによると、アメリカの短篇は、「孤独で奇妙な癖を持っている人間たちの心の(押し殺された)叫びがチラッとのぞくのを見る、ないしは、聴く。短篇小説を読む歓びはそれに尽きる」。連作形式の祖シャーウッド・アンダソンから、オコナー、フォークナー、カポーティまで、全8篇を選んでくださいました。
 小野寺健さんは、「イギリス文学では特異な『怖さ』がテーマの短篇が目立つ。その種の天才的作家としてハックスリーにつづけて思い出すのは、イーブリン・ウォーとアンガス・ウィルソンである」。さらにジョイス、ジーン・リース、V・S・ナイポールなどを加えた全9篇。
 野崎歓さんは、フランスの短篇の黄金期はフローベール、モーパッサンらの活躍した19世紀にあったといいます。20世紀になると、短篇は、長篇の影に隠れたマイナージャンルと化し、けれどその環境ゆえに、ウェルメイドからは遠い破格の短篇が生まれていった。バタイユ、ヴァレリー・ラルボー、シュペルヴィエル、マンディアルグそして、88歳の現役作家ロジェ・グルニエ。グルニエが描きつづける「負け犬の感覚、ひりつくような挫折の味こそはフランス短篇の王道であり、真骨頂であるかもしれない」。
 そして、米英仏それ以外の地域の短篇アンソロジーを編んでくださいという無茶なお願いを引き受けてくださった豊崎由美さんは、カフカとボルヘスの両雄のほか、マルケス、リョサ、コルタサルら南米陣、ロシア=ソローキン、ポーランド=ゴンブローヴィチ、チェコ=パヴェル、中国=莫言、さらにユーゴスラビア、イスラエル、メキシコ、カナダなど、上下二冊全16篇をとびきり魅力的に紹介してくださっています。まさに、「世界短篇の旅」。
 短篇特集特別企画、架空アンソロジーをどうぞお愉しみください。