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 人を動かすスピーチ
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 9月7日、ブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会
での快挙。2020年の東京五輪・パラリンピック招致を実現させた決定打は、高円
宮妃久子さまのスピーチ、そして東京招致委員会メンバーによる最終プレゼンテ
ーションの成功でした。体操競技でいえば、難度の高い大技の連続から、最後に
ピタリと「着地」を決めた感じ。プレゼンター全員の流れるようなチームワーク
の勝利でした。感情表現が不得手だとか、型通りで驚きがない、と言われ続けて
きた日本人のスピーチですが、「やればできるじゃないか」と思いを新たにした
人も多かったことでしょう。

 1964年、前回の東京オリンピックの際には、やはりそれに先立つ1959年5月25日の、ミュンヘンで行われたIOC総会での招致演説が決め手となりました。当時NHK解説委員だった平沢和重氏のそれは、いまだに語り草として伝えられます。直前に登壇したデトロイト商工会議所会頭が、持ち時間の45分をオーバーして1時間も原稿を棒読みしたのに対し、語りかけるような調子で、しかもわずか15分で簡潔にまとめた平沢さんのスピーチは、IOC委員たちの心をとらえました。持ち時間の残りは会場からの質問にあて、それに的確に答えた点も好印象を与えました。なぜ15分で切り上げたのか、と聞かれた氏が、「テレビの解説はいつも15分ですから」と応じたのも有名なエピソードです。

 いまや知る人も少ない平沢さんですが、1977年3月7日、67歳で亡くなった直後、朝日新聞の松山幸雄氏は、その死を悼む文章を書きました。

〈用語の適切さを欠くかもしれないが、この人の場合は惜しみてもあまりある“夭折”であった、と思う。彼の死が今の日本にとってどんなに大きな損失であったか、正しく理解出来る日本人がどれほどいるだろうか。 戦後、日本からずいぶんたくさんの指導層が海を渡ったが、純粋に個人として外国人に強い感銘を与えることの出来た人は残念ながら極めて少ない。……そうした中にあって、平沢氏は西欧知識人並みの論理的思考、発表能力を持ち、またユーモアを愛する明るい、開放的性格で、国際人として「一級品」の評価を得ていた。……平沢氏が日本と米国、欧州の接点に立って奮闘する現場に、私もずいぶんたくさん居合わせたが、そのたびに彼のような人物があと十人いたら、外国人の日本を見る目は一変するだろうに、と思ったものである〉(『日本診断』朝日文庫、絶版)

 その五輪招致のスピーチがどのようなものだったのか――気になって、調べてみました。平明な言葉で書かれた、意外なほどシンプルな内容でしたが、「なぜ東京なのか」という点が明確に主張されています。

〈昨年東京で開催されたIOC総会で、ブランデージ会長は、「IOCは初めて五輪の五つ目の地域のアジアに来た。これでやっと五つの輪がつながった」と話されました。日本国民は次にぜひ東京でオリンピック大会を開いて、真にオリンピックがアジアと手をつなぐときを待ちこがれています。 私がいま手にしているのは、日本の小学校六年生の国語読本です。ここにはクーベルタン男爵の生涯が載っています。日本ではこのように義務教育でオリンピックのことを教えておりますから、オリンピック精神を全国民が理解しています。 私がプレゼンテーションの説明役に決まったことが、新聞に載りましたときに、全国から手紙が殺到しました。若い人はぜひとも東京に招致できるように頑張ってほしいと強い希望を述べ、老人は1940年の東京大会を返上せざるを得なかった思い出をつづり、1964年こそ、この失った栄誉を取り戻すチャンスだと訴えてきました。 西欧の人々は、日本をファーイースト(極東)と呼びますが、ジェット機時代を迎えたいまは、ファー(遠い)ではありません。 国際間の人間同士のつながり、接触こそが平和のいしずえではないでしょうか。 オリンピック大会の運営能力については、昨年五月に開かれたアジア競技大会で立派に証明されていると思います。 西欧に咲いた花を東洋でも咲かせていただきたいのです〉

 翌日、行われた第1回投票で58票中34票を獲得。文字通りの圧勝を収めました。

 今回の最終プレゼンテーションにあたっては、英国人の辣腕コンサルタントの存在が大きかったと言われています。高円宮妃、安倍首相以外の6人のスピーチ原稿に手を入れ、また話をする際の細かい所作の指導――視線のおき方、目配り、ジェスチャーなどのボディランゲージを徹底的に叩き込んだと伝えられます。しかし、その特訓をすっかり自分のものとして吸収し、なおかつ銘々が自らの役割をしっかりと見定め、語りかける相手の存在を的確につかみ、磨きぬかれた言葉で、分かりやすいメッセージをつないだところは、鮮やかなバトンリレーを見るようでした。

 さらに今回の招致説明では、7月のローザンヌの時に比べて、はっきりとした印象の違いが現われました。それは「なぜ東京がオリンピックを開催したいのか」という「WHY」の部分が前面に出てきたことでした。これまではややもすると「安心、安全」な開催能力など、「HOW」のアピールに終わっていたのが、ここで初めて大義や理念が力強く打ち出されてきたのです。パラリンピアンの佐藤真海さんが語った東日本大震災での体験は、その意味で決定的でした。直前に、高円宮妃がスポーツによる被災地支援への謝辞を述べられたことは、その共感のベースを用意しました。

「考える人」最新号の特集は、「人を動かすスピーチ」です。よもやこんなタイミングにぶつかるとは予想もしませんでしたが、実はこの特集を準備している最中に、ローザンヌでのプレゼンテーションの様子を見て、「ああ、これではダメだ」と、特集への意欲を掻き立てられたのですから、皮肉といえば皮肉です。いまや誰も口にはしませんが、4月には猪瀬東京都知事が米紙の取材に語ったという、「イスラム諸国が共有しているのはアラー(神)だけで、お互いにけんかばかりしている。そして、階級がある」との「不適切な発言」が、招致のライバルであるイスタンブールへの敬意を欠く、と大問題にもなっていたのです。 今回の特集に登場してもらった米人コンサルタントのサイモン・シネック氏は、「大事なのはWHYだ」と語っています。すなわち、人々を鼓舞し、活力を与えるリーダーや優れた経営者をもつ企業はみな、「WHAT(何をするか)」でも、「HOW(どのように)」でもなく、「WHY(何のためにそれをするか)」を起点にしている、と指摘します。

「私には夢がある(I have a dream.)」――米公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング牧師が、ワシントンのリンカーン記念館前での演説で、人種の平等を訴えてから、今年で半世紀が過ぎました。8月28日の50周年記念式典には、米史上初の黒人大統領であるオバマ大統領らが列席しましたが、あのキング牧師の歴史的な名演説が、なぜいまなお多くの人々の心を揺さぶるのか、という問いに対して、シネック氏はこのように答えています。

〈キング牧師には、自身がなぜその行動をとっているのか、理由(WHY)が明確だった……加えて、キング牧師には自らのWHYに言葉を与える類稀なる能力がありました〉

〈差別に苦しんだのはキング牧師だけではないし、公民権運動のリーダーは他にもいた。だが、キング牧師が他の人と違ったのは、黒人への差別撤廃のみならず、「すべての人の平等を実現する」という大義が彼の核心に明確に存在し、それを言葉にする力があったことです。だからこそ、半世紀を超えてなお人々を動かす名演説が生まれたのです〉(「インスパイアするリーダーは何が違うのか?」、「考える人」2013年秋号)

 特集では、古今東西の歴史に残る名スピーチの紹介や、悪名高きヒトラー演説の解剖、古代ギリシャ、ローマの雄弁術、文士の弔辞、あるいは福澤諭吉によって西洋の「スピイチ」が「演説」として輸入された当時の物語など、さまざまな切り口でスピーチの歴史、魅力、影響力などを考えます。

 これからの時代は、国内外を問わず、さまざまな価値観を持った多様な人々に向けて、自らの考えを分かりやすく伝え、共感の輪を広げていくコミュニケーションの力が求められます。また、デジタル全盛の時代であればこそ、肉声を通したスピーチ――ダイレクトに届く「血の通った言葉」が渇望されています。

 そういう大きな潮流の中で、いま俄然注目を集めている新しい波が「TEDトーク」です。テクノロジー、エンターテインメント、デザインの3つの分野で価値あるアイデアを紹介し、広めることを目的とした、いかにもアメリカらしいNPO(非営利組織)が、TEDです。そして、この団体が行っているさまざまな活動のうち、もっとも有名なのが、会員だけが参加できるカンファレンスと、インターネットの動画サイトで無料公開されているプレゼンテーション「TEDトーク」です。こちらの人気トークはNHK教育の「スーパープレゼンテーション」という番組でも紹介されているので、徐々に浸透しています。先ほどのサイモン・シネック氏のTEDトークも、すでに1000万回以上がインターネットで視聴され、TEDビデオの歴代高視聴動画第7位にランクインするほどの注目度です。

 このプレゼンテーションの実際の舞台が、どれほど容赦ない厳しい試練であるかというのは、日本人として初めて、2012年の本会議のステージに臨んだ茂木健一郎さんが証言しています。日本のゆるいスピーチ文化を根底から覆す、それがいかに「家賃の高い」会議であるか、と――。

〈TEDは、いわば、“スピーチのオリンピック”のような場所である。まずは、自分の伝えようとしていることが、本当に「広げるに値するアイデア」であるかどうかが問われる。……実際に出席してみるとわかるが、TEDは容赦のない場所である。すぐれたスピーチには、たとえその人が無名でも、聴衆がスタンディング・オベーションする。一方、大企業のCEOでも、有名な教授でも、「まあまあだな」というスピーチだと、儀礼的な拍手をして、「さあ、次」と流されてしまう。……つまり、TEDはアイデアの淘汰の現場であり、苛烈な「美人コンテスト」であり、問われているのは、グローバルな文脈での独創性と、コミュニケーション能力なのだ〉(「TEDという黒船」、「考える人」2013年秋号)

「考える人」では、このTED創設者リチャード・サウル・ワーマン氏にも、ロードアイランドの自宅でインタビューを試みました。結果として、それは思いがけない展開となりましたが、逆にそのことによってTEDの本質がより鮮明に浮き彫りにされた気がします。いずれにせよ、こういう革新的な波が“政界標準”として、ついそこまで押し寄せてきています。私たちがそれにどう伍していくか。語り言葉によって聴衆との間に「精神共同体」(井上ひさし)をつくる営みが、いま一度問い直されていると言えるでしょう。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)