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 「ハンナ・アーレント」その2
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*前回に続いて、映画「ハンナ・アーレント」の話を続けます。アイヒマン裁判
を傍聴したアーレントの原稿が「ニューヨーカー」編集部に届いたところからで
す。

〈その原稿をチェックするという骨の折れる作業を担当したのはビル(ウィリア
ム・ショーン編集長・註)だった。彼によれば、これは困難きわまりない作業だ
ったという。というのも、彼女の手に負えないドイツ風の文章をわかりやすく直
さなければならなかったからだ。アーレントはこの記事のなかで「悪の陳腐さ」
という有名な表現を使い、結局、とんでもない物議をかもして、多方面から抗議
を受けることになる。なかでも、撲滅の対象をユダヤ人に決めたナチのやり方に
抵抗しようとしなかったユダヤ人自身も責めを負うべきである、という彼女の発
言に対しては、囂々たる非難が集中した〉(リリアン・ロス『「ニューヨーカー」
とわたし――編集長を愛した四十年』、新潮社)

 ふだんは編集作業のために書き手をオフィスに呼んで仕事をしていたショーン
編集長ですが、この時ばかりは自らアーレントのアパートメントにまで出向いて
いきました。

「ニューヨーカー」という雑誌は、都会的で、お洒落な高級誌のイメージが強く
ありますが、ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』、トルーマン・カポーティの『冷
血』(新潮文庫)、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(新潮文庫)といった
作品は、すべてショーン編集長時代の同誌に掲載されました。ジャーナリスティ
ックな意味でも時代を画する仕事が、ここから生まれていることがよく分かりま
す。

 見終えて夜の町に一歩踏み出した時、ひとつの場面がよみがえってきました。
騒動を引き起こすことを半ば確信していたショーン編集長が、問題の箇所につい
てアーレントを糺す場面です。「一つの解釈だろ」と編集長。「事実だわ」と突
っぱねるアーレント。そこで編集長は口をつぐみます。その時の、彼の胸のうち
を想像します。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)