「書く」ことは、「聴く」こと。

 次号「考える人」2007年夏号の特集は、「続・クラシック音楽と本さえあれば」です。「クラシック音楽と本さえあれば」といったとき、真っ先に思い浮かぶ人のひとりが吉田秀和さんでした。

 じつは、しばらく前から編集部では(なんのご了解もなしに勝手にということですが)、吉田秀和さんにお話をうかがいたいという願いをもっていました。
 1946年に音楽誌でモーツァルトについての文章を書きはじめて以来、60年以上にわたってつづけてこられた批評の仕事についてはもちろん、高校時代に中原中也からフランス語を習ったこと、小林秀雄、大岡昇平との交遊、小澤征爾や中村紘子がその一期生だった「子供のための音楽教室」の創設(1948年)に戦後まもなくから尽力したことなどをめぐって、まだまだ活字化されていない興味深いお話もたくさんあるのではないか、と考えたからです。

 聞き手は、堀江敏幸さんにお願いしたい。音楽のみならず、絵画、文学と、幅広い評論活動を手がけられ、さらに批評の文章を文学まで高めてきた吉田さんに、読者として書き手として、二つの立場からお話をうかがっていただくとしたら、それは堀江さんをおいてありません。堀江さんがごく若いころから吉田さんの文章を愛読なさっていたこともうかがっていましたので、この51歳の年のひらきのあるお二人の対話を想像するだけで、わくわくしたものでした。

 しかし、荷風、谷崎、川端など日本文学作品を母国ドイツにみずから翻訳して紹介していらしたバルバラ夫人を2003年に亡くされたあと、しばらく仕事を控えていらしたご様子があり、そのような状況でお話をうかがうことは難しいであろう、と想像されました。
 ところが昨年から、新聞や雑誌での連載が再開し、秋には文化勲章も受章され、元気なお姿、お声に接することができるようになりました。

 さらに、この特集の準備を始めたころ、NHK教育テレビが「ETV特集」で吉田秀和さんの特集番組を制作することになったことを知りました。そのなかに堀江敏幸さんが聞き手となって吉田秀和さんにお話をうかがう企画があると聞き及び、NHKの全面的な協力も得て、今回の特集で、そのロングインタビューの(一部放送部分も含む)完全版をお届けできることになったのです。

 堀江敏幸さんは、吉田さんの著作はもちろんのこと、吉田さんを案内役に1971年から始まったNHK‐FMの番組「名曲のたのしみ」を中学生の頃から愛聴していました。堀江さんの仕事を信頼する吉田秀和さんは、鎌倉の自邸の庭で(収録当日は快晴の素晴らしい一日でした)、熟考しながら、明晰に、朗らかに、そして大いに語ってくださいました。

 吉田さんが音楽批評を始めたきっかけには、一冊の本、一人の書き手がありました。それがなんだったかは、ぜひ本誌をごらんいただきたいのですが、その生き生きとした闊達なお話しぶりには、大学生だった当時、その人の文章に出会ったときの吉田さんがよみがえってくるようでした(後日、吉田さんは、あの話をしたのは初めてです、とおっしゃっていました)。

 堀江さんが学生時代に愛読した長篇評論『セザンヌ物語』をめぐるお二人のやりとりも、非常に刺激的です。吉田さんがこの作品をどんな思いで書かれたか。そして堀江さんはそこに、何をみたか。堀江さんがいった一言は、吉田さんを驚かせたようでした。「どうもありがとう。そう言ったのは、あなたが初めてだ」と吉田さんはおっしゃいました。刊行から20年以上を経て交わされたこのお二人の対話は、読み逃せないスリリングなものです。

「名曲のたのしみ」は批評家・吉田秀和にとってどのような訓練の場所となってきたか、批評にはスタイルが必要なこと、日本語の伝統と文章の新しいリズム、1953年にいらしたアメリカとヨーロッパのこと、「ひびの入った骨董のような」という言葉が大きな波紋を呼んだホロヴィッツ評の真意、グールドのこと、中国生まれのピアニスト、ラン・ランの新しさ……。音楽と書くことの根源的かかわりをめぐるお話を、ぜひお読みいただけますよう。

 次号「考える人」は7月4日発売。NHK教育テレビ 「ETV特集 言葉で奏でる音楽――吉田秀和の軌跡」は7月1日放送です。あわせてお愉しみに。