グールドはクラシックの音楽家ではない
 宮澤淳一

 1982年10月4日、50歳の誕生日を迎えてからわずか9日後に、トロントで亡くなってから25年。グレン・グールドの人気は衰えることを知りません。

 この誰にも似ていない、けれど音楽の根源にふれるような演奏をする風変わりなピアニストのことを、日本で初めてはっきりと評価したのは吉田秀和さんでしょう。1963年、「芸術新潮」の連載のなかで、「恐ろしい天才が現われた」と最大の評価をなさっています。

 当時のことを吉田さんは、今号での堀江敏幸さんとの対談(「書く」ことは、「聴く」こと。)で、日本のバロック専門の学者はみな、あんなものはだめだといったと語っておられます。それから20年後、グールドが亡くなった80年代初めには、彼はすでに、クラシックの音楽家としては異例の人気を博す特別な存在でした。ふだんロックやジャズしか聴かないけれど、グールドだけは聴く、という人も少なくありません。このピアニストの何が、これほど人をひきつけるのでしょう。

 日本には、宮澤淳一さんというグールド研究では世界有数の方がいます。グールドの書簡、発言、評伝など多くの翻訳があり、吉田秀和賞を受賞した本格評論『グレン・グールド論』の書き手でもあります。

 その宮澤さんが、「グールドはクラシックの音楽家ではない」というタイトルで、日本でのグールド人気をめぐる原稿を寄せてくださいました。冒頭をごらんください。

「日本ではグレン・グールドのCDや書籍がたくさん出ているそうだが、グールドが日本で人気があるのはなぜか?」――海外に行くと、よくそんな質問をされる。なるほどグールドのすべての商業録音が世界でいちはやくCD化されたのは日本である(一九八九年)。グールド関連の書籍も、雑誌の特集号などを含めればすでに約三十点が出版されていて、この点数はおそらく世界一であるし、これほど多数の本の出ている演奏家は確かにほかにいない。

「しかし、この問いに答えるのは難しい」と続けながら、宮澤さんは、グールド受容の「死後の軌跡」を丹念にたどり、その答えを探ると同時に、グールドという音楽家の本質に迫り、その魅力を再発見させてくれます。

〈グレン・グールドを知るために〉という、おすすめのCD、DVD、本のリストを付しました。あわせてお楽しみください。