【考える本棚】
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 石田千『唄めぐり』(新潮社)
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荷物にならないおみやげ
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 ゴールデンウィークに どこへも遠出しなかった代わりに、民謡のふるさと25ヵ所をめぐった本書を読んで、旅の気分を味わっていました。北海道から沖縄まで、全国をまたいだ民謡紀行。意外にも、私がこれまでに行ったことのある場所が大半でした。それにもかかわらず、本当に同じ場所を歩いたのだろうかと驚くほどに違った印象を、著者の文章は届けてくれます。それがとても爽やかです。行く先々の、きっと最良のひと時にめぐりあったに違いない充実感と幸福感。鮮度が高くてみずみずしく、その土地の空気や匂いが切ないくらいにジンときます。

〈民謡のなにが好きときかれたら、いちばんは正直。 うれしい、かなしい、たのしい、しんどい。嘘をつかなくていいし、恥ずかしがらない。広い景色を浮かべ、ほんとうのことばにさわる。からだぜんぶを使って歌うすがたに、気づかずおさえつけていた日々のふたがゆるむ。ほんとうだなあと、素直になれる〉

 この思いをそのままに、丹精込めて仕上げた25篇の紀行エッセイ。温かく迎えてくれた地元の人たちに、きちんと応えたいという一途な願いが、言葉の端々から伝わってきます。読み進めるのにとても時間がかかったのは、そういう労作だからやむを得ません。

 もっとも、途中であれこれと、道草を食ってしまったのも事実です。地図を引っ張り出して、土地の風景をイメージしてみる。YouTubeで唄を聞いたり、祭りの映像をチェックしたり……。史実や伝承、関わりの深い人名や、名産品の由来などを調べたり……。

 それというのも、「唄は、荷物にならないおみやげです」と、そこで出会った人たちにたっぷりいただいた「おみやげ」を著者が愛おしんでいるのが分かるからです。おそらくは1回限りの思い出がふたたび還(もど)ることはないだろうと、読み手は感じているからです。だから、ついついその縁に導かれ、そこにもっと長居して、いろいろなことを吸収したくなるのです。さらに言えば、本当に行きたくなるのです。

 私自身にとって民謡とは、長い間の謎でした。ちょうど1年前、佐々木幹郎さんの『東北を聴く』(岩波新書)という本を紹介しつつ、こんな文章を書いていました(No.389)。

〈自分の身体のどこを掘っても「民謡」の水脈にぶつかることはないだろう、と思っていました。そもそも民謡のテーマとなるような自然環境から縁遠い町中に育ちました。民謡のメロディーに親しむ機会もなく、日曜昼の「NHKのど自慢」で民謡をうたう人が現れると、不思議なものを見るように眺めているのが常でした〉

 高度経済成長のまっただ中で、学齢期を迎えます。民謡からもっとも関心が遠のいた時代だったかもしれません。音楽といえば、クラシックかポップス。学校で教わるのはドレミファソラシド。民謡は田舎暮らしのおじいちゃん、おばあちゃんのための懐メロで、やがては時代の波間に消えゆくもの、それも致し方ないと思いこんでいたのです。だから、こういう記述に本書で出会うと、目を丸くするほかありません。

〈高校の授業で西洋音楽を教えていると、生徒さんはつまらなそうにしている。そこで盆踊りをとりいれてみると、みんないきいきと踊った〉

 名曲「会津磐梯山」の地元の音楽の先生だった方が語っています。あるいは、山形県「最上川舟唄」の地元の中学生――。

〈大江町の中学生は、授業の一環として、コーラスで最上川舟唄を習って、修学旅行で東京にいくと、上野公園で披露してくることになっている。ヴォルガの舟唄、ホフマンの舟唄にならぶ三大舟唄に育ちましたねというと、おふたりは、そういってほめたたえるうちに、そういわれるようになったんだと謙遜された〉

 ウワッ、そうなんだ。まるで知らない日本がここにある! そう思って人に尋ねると、日本武道館前で、そういう修学旅行生を見かけたとか、意外な事実が飛び出します。最近は「郷土芸能部」の部活も活発で、民謡ボーイ、民謡ガールも珍しくないというのです。 ともあれ、一度は行った場所がほとんどだったにもかかわらず、私には「見えず聞こえず感じられず」だった世界の扉を、著者が開けてくれました。全身にふるさとをにじませた地元の人の唄に触れ、著者の身体の中を濾過された「詩」を感受する喜びです。

〈民謡の生命力は、草花の種のようにかろやかだった。海の唄、山の唄、祭りの唄。奄美の作業歌には、苦しみのなかに生まれた恋が歌われていた。こころに、唄を抱く。そのときに湧く土地への誇りが、天災や戦のなかもひとを支えた。旅のあいだは、いつも八百万(やおよろず)のいのちと縁に呼ばれて歩いている気がした。ひとの声は風になり、波になり、光となった。全身に浴びた〉

 唄のむずかしさを語る言葉がとりわけ印象的でした。民謡は農作業や漁、牛追い、馬追いなどのワークソング、結婚式など祝いごとの唄、盆踊りに代表される祭りの唄などがありますが、その土地の方言や生活の匂いが染み渡っています。自然の厳しさ、仕事の辛さ、そこに生きる喜び、哀しみ――つまりは風土や歴史や人情の機微が、メロディーや歌詞には奥深い襞として刻み込まれているのです。

〈地元の昔からの歌い方は、地味なんです。……よそから来る方の唄とは伴奏、リズム、節、息の使い方、歌詞も違う。先輩から口伝で教わった伝統の唄を歌えるように、指導をしています。会津磐梯山は宝の山とありますが、これは、山の笹に光がさし、朝露で輝くイメージを伝えるようにしています。会津磐梯山は、信仰の山です。そのありがたい気もちを持って、歌わないといけません〉(会津民謡研究会、鈴木義人さん)

 前は海、後ろは山で、櫓を漕ぐリズムの「大漁唄い込み」。エンヤードット、エンヤードット。東松島市に建つ「民謡碑」の裏には次の言葉が刻まれています。「誰が唄ったのかわからない唄それが民謡だ/民謡は郷土の生活のなかに生まれる自然の声である/その美わしさは郷土の美わしさとともにいつまでも伝承されるであろう」――。

 民謡の普及に尽力したこの地の後藤桃水(とうすい)翁は、『宮城民謡』という著書の序文にこう綴っています。

〈大自然は唄っています。山も川も野も田も畑も、それぞれの節まわしを人間に教えています。(中略)祖先から唄い継がれた唄ですから、祖先の血が流れているということにもなる誠に尊いありがたい唄と云わねばなりません。(中略)ほんとによい唄を唄うと云うことは、民謡は生活の力であると自覚しその唄う民謡の中に、聞く人々に何かを感得させるような力を持つようになることです。この力こそは修練によってのみ大自然から授けられる尊いものです〉

 桃水翁は「大漁唄い込み」を指導する際に、漁師さながらに弟子に櫂をつかませて、「海の作業は危険を伴うから、力いっぱいに歌うように」と熱をこめて語ったとか。どういう唄い方がふさわしく、どのように唄わなければならないか。そこに生活している人たち以上に、怖くて厳しい批評家は世に存在しないのだろうと思います。

「佐渡おけさ」でも、相川金山の鉱山夫だった村田文三さんの威光は衰えそうもありません。衣鉢を受け継ぐ後進にとって、いまだに仰ぎ見る存在です。

〈……佐渡おけさは、だれでも上手に唄える唄ではないです。文三さんの歌いかたは、私と違って、一段一段、下の句がさがった。三橋美智也さんのような大先生でも、佐渡の本当の情緒は歌えない。相川で生まれ育ったものでも、二十年おなじ唄を歌っても、思うようにはならないです〉(立浪会、中村重利さん)

 神話の里、高千穂の正調「刈干切り唄」にも伝説の歌い手、佐藤明さんの令名がいまなお轟きます。

〈……情景が目に浮かび、物語が語られるように、のどかに自然に哀調をこめて歌う。唄で物語ができるように。これが、明節となりました。(中略) 正調の低い出だしは、山の夜明けを表しているので、最初から明るくは歌わない。 最早日暮れじゃ迫迫(ざこざこ)陰る。迫迫陰るというのは、裾野の、自宅のあるところのこと。はやく刈らないと、日暮れまでに家に帰れない。 ……だから明さんは、山も、やーま、とおおきく表現していました。(中略) ……明さんは、歌えば歌うほど声が出て、山が高く、谷が深いように音域があって、それは尺八がついていけないほどでした〉(高千穂民謡保存会、工藤泰宏さん)

 ひとつひとつの民謡に、こうして語り尽くせない秘話があります。ずっと縁遠く思えていた民謡が、膝を突き合わせてやわらかに語りかけてくるようです。盆踊りもまたそうです。3・11後の東北の夏祭りを見た時に、ハッとさせられる何かを感じていたのです。祖先の霊をなぐさめ、無病息災、五穀豊穣を祈るための行事というだけでない、何か――。

〈たとえば相馬は、江戸時代に天明の飢饉にみまわれ、人口が三分の一になってしまいました。その厳しい環境でも、途絶えず盆踊りや祭りを続けてきたんです。声をそろえて歌う、踊ることで心をひとつにする。地域をまとめていくのに欠かせない手段、心の支えと、先祖は感じていたんだと思います。わたしは、今回の震災でつくづく、こういうときこそ郷土芸能をもういちど見直すことが大事だと感じました〉(福島県、懸田弘訓さん)

 いくたの苦難を乗り越えてきた昔の人と出会える場所。いまを生きる人たちが、互いに息を合わせてつながる場所。昔といま、いまと未来がつかの間交錯する幻視のひと時――。日本中のそういう出会いの唄を探訪した著者からの「荷物にならないおみやげ」です。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)